第27話 ニテヒナルモノ
ペッカートの耳ざわりな雄叫びが、競うようにこだまする。
地べたに無造作に転がる肉塊に群がる数体を横目に見ながら、ヒカルとマヒルは軽やかに一歩を踏み出した。
「『ハル』ってばまだかなぁ?」
「早く出てこないと、みーんな死んじゃうよ?」
「「アハハハハッ♪」」
「そこまでです!」
嗤う双子のすぐそばを、風の刃がすばやく駆け抜ける。直後、ペッカートの気配が数体ほど消えた。
笑みをなくしたヒカルとマヒルの足元で、突き刺さった風がふわりと砂煙を巻き上げる。
「これ以上は行かせません!」
自分の背丈ほどもある弓を構えてツカサが叫ぶ。右手はすでに、次の矢をつがえて狙いを定めていた。
「邪魔しないでよ」
「アンタも死にたいの?」
「「じゃあ」」双子の視線が交わる。
「「殺してあげる♪」」
一瞬憎悪にも似た表情を見せた二人だったが、次の瞬間には新しいおもちゃでも見つけたと言わんばかりに目を細めて笑っていた。
直情的な殺意とはまた違った双子のまとう空気は、どこか狂気めいていて、それでいて得もいわれぬ危うさをはらんでいる。純粋であるがゆえに、殺戮をなんとも思っていないのだ。彼らにとってそれは、愉しい遊びのひとつにすぎない。
「悪いけど、あんたたちと遊んでる暇はないわ」
視線をはずさず牽制しあう三人の間に割って入ったのは、もちろんハルとホノカだった。
タイミングを合わせたかのように双子の両脇からいっせいに黒い四肢を伸ばしたペッカートを蹴散らして、ハルとホノカは双子へと切っ先を向ける。
「「あはっ♪ 『ハル』見ーっけ♪」」
スペランツァの攻撃を巧みにいなし、ヒカルとマヒルは目を輝かせた。双子の鋭い爪が、ハルに向かって振りかざされる。
わずかにかすめた爪先が、ハルの頬に小さな傷を作った。ピリピリと引きつる痛みに、彼女は忌々しげに舌打ちする。
皮膚を裂いたわずかな傷は、血がにじむより先に修復されていく。
「あんたたち! よそ見してると後悔するわよ!」
氷の刃が、ハルに再び迫ろうとしていた双子を後方へ跳躍させる。
「しょうがないなぁ」
「アンタも一緒に」
「「遊んであげる♪」」
双子がそろって、にやり、と嗤う。
次の瞬間、ハルとホノカの視界は黒い壁に阻まれた。
「ハルさん! ホノカさん!」
おもわずツカサは構えを解いて声を上げた。
いままでにないほどに密集しているペッカート。その中からハルとホノカの姿を確認することができない。
「この状況じゃ、二人に矢が当たるかもしれない! どうしたらっ……!」
このまま矢を放ちつづけていいものか。
焦るツカサを尻目に、漆黒の塊から火柱が上がり、次いで氷の尾が弧をえがく。
「「ツカサ!」」
一瞬ひらけた視界の向こうから、風がハルとホノカの声を運んでくる。
「後方支援は任せた!」と。
――ハルさんもホノカさんも、わたしを信じてくれてる! だったらわたしも、お二人の信頼に応えたい!
ツカサは覚悟を決めたまなざしで再び弓を構えると、渾身の力で矢を放つ。
幾すじにも分散して伸びていく風の切っ先が、闇の中へと飲みこまれていく。
壁の向こうから聞こえる双子の無機質な笑い声。
混じる奇声。
鼓膜を揺さぶる音すべてが不愉快だった。
何度も何度も打ちこまれる風の矢が、漆黒の壁を薄くしていく。しかし無意味だとあざ笑うかのように、ペッカートはどこからともなく沸いて出る。
――わたしにも近距離攻撃ができれば……!
ツカサは小さく唇を噛んだ。
戦場でツカサの至近距離にまで敵が迫ってきたことはない。それは前線で戦う二人のおかげにほかならないことを、ツカサはおのずとわかっていた。
同時に、自分はまだ、守られる立場を脱していないのだとも。
――ハルさん、ホノカさん、無事でいてください!
数えきれないほど放った矢は、いつしかツカサ自身をも傷つけはじめていた。疲労のせいで安定しない武器の具現化が、容赦なく彼女の手指に切り傷を作る。
――こんなことで、くじけていられない!
ツカサは痛みに歯を食いしばりながらも、なおも矢を放ちつづけた。
しかし、一向に敵の数が減る様子はない。
「あの二人の動きだけでも、止められれば……!」
前線の二人が苦戦を強いられているのは、イレギュラーな存在があるからに違いない。
ツカサはペッカートの海でちょこまかと跳びはねる双子に狙いを定めた。
しかし。
「っな……!?」
急に視界が揺れ、ツカサは世界が反転する感覚に襲われる。
周囲は音を失い、視界が極端にせまくなる。
一瞬、息をすることすら忘れた。
咄嗟にツカサは、膝を軽く曲げて大地に足を踏ん張った。自分の身長よりも大きな弓を地面に突き立て、不安定に揺れる体をなんとか持ちこたえる。
なにが起きたのか、すぐには理解できなかった。
ゆらゆらと揺れる視界に、ツカサは固く目をつむる。
――こんなときに、倒れるわけにはいかないんだから!
異変を訴える体を叱咤する。速い鼓動を落ち着かせようと、肺いっぱいに大きく息を吸う。
「っ……はぁ……!」
ゆっくりと、吸いこんだ空気を吐き出した。
「アンタの血、おいしそうだね」
「ボクらにちょーだい」
「っ!?」
耳元で愉しそうに響く声。
左右から肩や腰に絡みつく腕。
逃げなければと頭では理解していても、体が硬直して動けなかった。自分より幼いはずの手を振りほどくこともできない。
嫌な汗が背筋を伝う。
ごくり、と乾いた空気だけが喉を通過していった。
「な、んで……、どうして、こんなことっ……」
「「同じ人間なのに?」」
「っ……!」
ぽつり、とつぶやいた疑問に続く双子の言葉に、ツカサは無意識に息を止める。
「あはっ、それが同じじゃないんだよねぇ」
「だからあの二人は、ボクたちを攻撃してくるんだ」
「「もしかして、キミってば知らないのかなぁ?」」
いつまでもクスクスと笑う二人の声に感化され、心臓の鼓動が早くなる。
全身から血の気が引いていくような嫌な感覚に反して、ひたいにじんわりと汗がにじんだ。
「あなたたちは、何者、なんですか……?」
言い知れぬ恐怖の中、ツカサは声をふりしぼる。
――やっぱり、どう見ても人間にしか……。
近くで見れば見るほど、ヒカルもマヒルも、自分たちとなんら変わらないように見えた。とはいえ、この二人がペッカートを率いてきたことは、まぎれもない事実である。
疑問と葛藤をかかえたままのツカサの耳に、双子の軽やかな嘲笑がまとわりつくように響く。
「ボクたちはぁ」
「存在を消されたんだよ」
「「人間にね」」
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