終話 そして二人は

「くるのに時間がかかってすまなかった」


 カラドリウスから降りた彼をまじまじと見つめてしまった。

 胸元まであった青い髪はこざっぱりと短くなっており、着ている服も放浪していた時の軽装ではなくきちんとした身なりとなっていた。瞳を覆い隠していた薄水色の眼鏡もなく、朝焼け色の瞳がまっすぐロザリンドに向けられている。

 何も言わずに見つめ続けるロザリンドを不審に思ったのかレクスは小首を傾げた。


「どうしたんだ?」

「あ……いえ、別人みたいだと思って」

「あぁ」


 レクスは自分の服を見下ろし、肩をすくめた。


「似合ってないか?」

「よくお似合いです」


 なんだか以前の砕けた口調で話しかけるのが憚られ、そう答えるとレクスはちょっと顔を顰めた。


「口調を改める必要はない」

「ですが、やっぱり王弟殿下であらせられますし……私なんかが対等に接していいお方ではないかと」


 そう言うと、レクスはため息を一つつく。背後のカラドリウスが顔をだし、嘴を動かした。


「ほら。やはりわしの言うた通りじゃったろう。その服装は人をたじろがせる」

「ですが、カラ様。時間も惜しかったし、何より前の服装だとあまりにも……誠意を示せないと言いますか」

「形にこだわるのう」


 なんの話をしているのだろう。

 ぼうっと二人のやりとりを聞いていたロザリンドだったが、我に返ってから耳にした噂について話題に出した。


「そういえば、近々婚約者を披露する夜会が城で開かれると聞きました。おめでとうございます」


 そうしてお辞儀をすれば、頭上から苦笑が降ってくる。


「この手の噂は出回るのが早いな。……実を言うと、まだ肝心の婚約相手から了承を得ていないんだ」

「?」

「つまりだな、俺の婚約したい人物は……」


 そう言ってレクスが膝を折る気配がし、続いてロザリンドの視界に手が差し伸べられる。


「……君なんだ、ロザリー」

「え……」


 言われた言葉の意味がよくわからず、思わず顔を上げると、片膝をついて柔らかく微笑むレクスが。


「本当はもっと早くに申し込むはずだったんだが、城での立場を回復するために色々と動いていたら一年も経ってしまった。すまない」

「あの……」


 ロザリンドは差し伸べられた手とレクスの顔とを交互に見比べる。

 どう言葉を返していいのかわからない。

 王弟殿下が婚約者を披露するというのは事実で、そしてその婚約相手に申し込まれているのがロザリンドで。それはつまり。だから。

 黙り込んだままでいるロザリンドに不安に思ったのか、レクスは美麗な顔立ちに若干不安の色を浮かべた。


「……ダメだろうか? ロザリーがこの手をとってくれないと、婚約披露の夜会はもれなく失恋記念のパーティーになってしまうんだが……」

「……ダメなわけ、ないわ」


 ロザリーがおずおずと手を重ねると、ぐいとひっぱられて抱き寄せられる。両腕で強く抱きしめられると、懐かしい彼の匂いでいっぱいになった。


「良かった」

「…………!」


 安堵の息と共に吐き出された言葉に、胸の内に徐々に喜びが込み上げる。


「君が『魔の乙女』の末裔だとか、そんなことは抜きにして、君自身のことが好きなんだ」

「レクス……」

「愛してる。ずっと君だけを見ていたい」

「ありがとう……」


 その身に背負った神の生贄という宿命から解き放たれたレクスは、世にも晴れやかに笑う。

 ロザリンドはレクスの背中に手を回し、そっと言った。


「私もあなたを、愛してるわ」


 ーー二人の幸せは、きっと、ここから。


+++

後日談を後一話投稿予定です。


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