第45話 全ての真実
「ぬぅ、やりすぎたかのう」
カラドリウスののんきな声がロザリンドの耳に届く。
「やりすぎなんてものじゃないと思うわ」
「カラ様、怪我人が出ますよ」
ロザリンド、レクス、そしてカラドリウスは鐘塔の一室へと侵入した。
あたりには粉微塵になった窓ガラスの破片が散らばっており、室内にいた人々は何が起こったのかわからずに呆然としている。
その中に、椅子に縛りつけられた国王の姿を見つけ、ロザリンドの後ろに乗っていたレクスが動いた。
「レナード」
「アレクシス……一体これはどういうことなんだ?」
「レナードが行方不明と聞いて探しにきた」
レクスは喋りながらも何が起こっても良いように左腰に帯びた剣に手を置き、油断なく周囲に視線を送り続けている。ロザリンドはレクスに続いてカラドリウスから降り、邪魔にならないようにカラドリウスに身を寄せた。
ガラスまみれの小部屋の中、最初に動いたのは銀髪の人形のように整った顔を持つ青年だった。青年は床に膝をつくと、恭しくお辞儀をする。
「アレクシス王弟殿下、お久しぶりでございます」
「ノア教皇。国王を幽閉とはなかなか大胆なことをする」
青年を「ノア教皇」とレクスが呼んだことにロザリンドは驚く。教皇といえばヴァルモーデン王国に広く散らばる教会の総本山、この聖教会の頂点に君臨する方だ。まさかこんなに若い方だなんて思ってもいなかった。
ノアはレクスの言葉に顔を上げ、苦笑めいたものを浮かべる。
「仕方がなかったのですよ。それに、これは殿下にとっても良い話だと思います。僕たち教会の目的は、王弟殿下を王座に就かせる事なのですから」
「…………」
「あなたは、今のままでいいと思っているのでしょうか。ただ後から生まれてきたという理由だけで心臓を握られ、国のために命を捧げる運命を良しとしているのでしょうか。アレクシス殿下は王になるにふさわしい器であると僕は思っています。幼少期より聡明で、武勇にも優れ、臣下の話を聞く若きアレクシス様はきっと王となっても国を良い方へ導いてくださるでしょう」
「その話は以前にもお断り申し上げたはず」
「ですが今でも王位を欲していないのですか? 見たところ……『魔の乙女』を連れているようですが」
ノアは抜け目なくロザリンドに視線を走らせた。
「教会の古い書物には、乙女が力を使った時の記述が残っています。曰く、天を割り白い光が降り注ぎ、カラドリウスの力を使って人々を癒したと。それは王弟の命を糧に使う力とは桁違いで、そして神々しいと書かれていました。昨日、王都外でそっくりそのままの光景が広がっていたようですが……果たしてそれは偶然なのでしょうか。殿下が連れているその方こそ、『魔の乙女』の血を継ぐ者なのではないですか」
そうしてノアは、ここぞとばかりに言葉を重ねる。
「不当にも歴史の影に追いやられた乙女の存在をつまびらかにし、王弟こそが国を救った英雄だと訴えれば、誰も反対はしないでしょう。アレクシス殿下と『魔の乙女』の末裔は、堂々と表舞台に立つことができ、そして誰もが二人の婚姻を祝福する。その時こそ、我らが聖教会は快く挙式に応じます。新たな歴史の幕開けになりましょう」
痛いほどの沈黙が落ちた。
ノアの言葉にひとつ嘆息したレクスは、非常に静かな声で言う。
「教皇殿は勘違いをしている」
「勘違い?」
「ああ。聖教会の真意が王弟を王位に就けることであるならば、それはもうすでに叶っている。なぜならば、レナードこそが第二王子で、俺が第一王子だからだ」
そうしてレクスは、自身の胸の内に秘めていた最大の真実を打ち明けた。
そもそもこの不幸の発端は何だったのであろうか。
アレクシスの母シャーロットは身分はあまり高くはなかったが、傾国の美姫と謳われる美貌の持ち主で、その美しさ故に第二妃の座へと迎え入れられた。
王、つまりアレクシスの父は正妃よりも第二妃を愛し、傾倒したと言われている。そうして正妃と同時期に身籠り、正妃がレナードを産んだ一日後に第二妃がアレクシスを産んだ。
「だが実際には、先に生まれたのは俺だったそうだ」
アレクシスの母シャーロットは四年前に病で亡くなっているが、今際の際にアレクシスを呼び寄せて言ったのだ。
「アレクシス……可哀想な子。本来ならば王位に就くのはあなたで、その忌まわしい契約紋を刻まれるのはレナードのはずだったのに」
シャーロットの出産は、王城の離宮の一室で秘密裏に行われた。本来ならば第一王子の出生は華々しく報じられるはずなのに、祝いの笛は鳴らず、誰も王子の顔を見にやって来ない。不審に思いながらも疲れていたので使用人の世話に任されて眠りにつき、そうして翌日に笛の音を聞いた。
やっと王子の出生が報じられたのね、と思ったのも束の間、やはり誰も客が来ない。
一体なぜなのだろうと考え、もう一日が過ぎた時に初めて理由がわかったのだ。
笛の音で起こされたシャーロットの元に、高官がやって来た。
「シャーロット様、おめでとうございます。第二王子がお生まれになったとか!」
「第二王子……?」
「ええ。昨日、正妃様が第一王子様をお生みに。そして本日はシャーロット様が第二王子をお生みになったと。城の中は二人の王子のご誕生の話で持ちきりです、いやぁ、めでたい!」
何を言われているのか瞬時に理解できなかった。シャーロットは震える手でドレスの裾を握りしめる。
「大臣、わたくしが王子を産んだのは今日ではなく、」
「いやいや、我々も少々気を揉んでいたのですよ。どちらが先にお子をお産みになるのか、生まれた子が王子か姫か。しかし天はいつでも我らの意見を聞いてくださる。正妃様の子が第一王子、そして第二妃であるシャーロット様の子が第二王子。これはきっと神となった初代国王の思し召しでございましょう」
「…………!」
諮られた、と思った。
国は、出生順をごまかすつもりなのだ。
正妃の子を王太子としてゆくゆくは王位を継がせる。
そして第二王妃である自分の子を王弟にするつもりだ。
確かに政治的なことを考えれば、その方が都合がいいだろう。身分も教養もある正妃の子が王太子になったほうが余計な火種は生まれない。
生まれて間もないシャーロットの子供は、すでに運命が決められていたのだ。
そしてシャーロットには、とある懸念があった。
ーー代々の王弟殿下は短命だ。
不自然なほど、ある日突然に命を散らす。理由は病気だったり事故だったりとさまざまだが、必ずと言っていいほど若くして亡くなっている。
不安に思ったシャーロットが夫である国王を問い詰めたところ、夫は国の根幹に関わる重要事項を暴露した。
つまり、王弟は伝説の神鳥カラドリウスと契約を交わし、命を国のために使うこと、そして第二王子が十歳になる時に契約を譲渡し、そのタイミングで神鳥に命を捧げることが決まっているのだと。
あんまりな事実にシャーロットは目の前が真っ暗になった。
もしも正妃の子が姫であったり、あるいは生まれるタイミングがごまかしようがないくらい離れていたならば、自身の子は間違いなく王になれたのだ。
たった一日。その差でごまかせると踏んだ周囲により生まれた順序が逆であるとされてしまった。あれほど自分を愛してくれた夫もこの意見を飲んだのだ。政治に私情を持ち込まないーーその原則を夫は王として守った。
一体誰に話せると言うのだろう。
離宮から城へと戻った時にはすでに正妃の子レナードが第一王子、シャーロットの子アレクシスが第二王子であるという話が浸透しており、今から真実を告げたとしても到底信じてもらえるとは思えない。
城にシャーロットの味方は少なく、何を訴えても「嫉妬だ」と断じられるのが目に見えていた。
「……母は……ずっと言えない真実を隠したまま、死に際に堪えきれずに俺に本当のことを打ち明けた」
そしてその事実はアレクシスを苦しめた。
自分が兄で、レナードが弟だった。
たった一日違い。それが運命をわけたのだ。
兄は国王になり、弟は神鳥に命を捧げるこの国において、この一日の差は途方もなく大きい。
それは、王弟としての思想教育を受け続けたアレクシスの根底を揺るがす出来事だった。足元に急に穴が開き、無間地獄へと落下していくような感覚。目の前が真っ暗になったような衝撃。
どうすればいいかわからないままに時が過ぎて父が死に、そうしてレナードの即位の準備が着々と進められる。
若干の緊張感を伴いながらも晴れやかな顔をして即位準備をするレナードに、どう接していいかわからなくなった。
身の内から湧き出るどうしようもない衝動をぶつけられる人物などいない。唯一、自分とずっと行動を共にして来たカラドリウスにだけ思いを吐露した。
カラドリウスは静かに話を聞き、嘴からため息を漏らす。
「難儀なものじゃ……言っておくがのう、全てはお主ら人間が望んだことなのじゃぞ」
わかっている。
カラドリウスはもはや、邪悪な魔鳥ではなく神の名を冠する聖なる鳥だ。
性根は善で穏やかな鳥は、別に人間の命を吸って生きながらえたいと思っているわけではない。
カラドリウスの力を欲して、その寿命を延ばそうとしているのは人間の方だ。
貴重な力を失わないために王弟の命を捧げ続けーーカラドリウスを不死の鳥へと変えている。その力を、永久に人間に都合のいいように使うために。
感情がぐちゃぐちゃになったアレクシスは、もう王城にはいられないと結論づける。こんな気持ちを持て余したままレナードのそばにいて、彼を支えるなど不可能だ。
かと言って自ら今すぐ命を断つほどの勇気もない。
結局のところ、臆病なのだと思う。
何もかもを捨て去って、王弟としての地位を捨て、国を放浪することに決めたアレクシスは、レナードが即位したその日の夜に城を出た。
王弟ではなく、放浪人レクスを名乗り、あてもないままにあちらこちらを旅した。道中に死んでしまうのならば、それでもいいと思いながら。
「…………」
アレクシスは視線を、目の前にいるノアと未だ椅子に縛られているレナードとに交互に走らせた。
「いっそ、レナードが暗愚な人間だったら良かったと思う時もあった。そうすれば俺は心置きなくノア教皇の誘いに乗り、嬉々として歴史を明るみに出して王位を奪い取れるだろう。だが……それはできない」
震える息を吐き出す。
誰よりもそばでずっと国王になるべく努力するレナードのことを見ていたからこそ、アレクシスには王位を奪うことなどできはしない。
レナードは誇り高く気高い。王になるのにふさわしい人格者。勤勉で努力家で、人の心もわかる聡明な人物。
だからこそ今回の騒動で、血迷った行動をとって欲しくないと思った。
「……聖教会の目的が王弟を王位に就けることなら、もうとっくに叶っているんだ」
聖教会の鐘塔、その小さな部屋の中で、アレクシスがずっと抱えていた秘密が暴かれた。
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