第42話 失踪

 ロザリンドが部屋でしばらく待っていると、部屋の扉がノックされてレクスがやってきた。


「準備が出来た、行こう」


 短く告げられた言葉に頷きロザリンドは部屋を出る。


「今日はどうやって行くの?」

「流石に日中にカラ様に乗って行くと目立ちすぎるから、城の裏口から入る。顔見知りがいるし、騒ぎを最小限にして内部に侵入できるはずだ」

「侵入ね……自宅に帰るだけなのに、大事なのね?」

「まあ、自宅といえばそうだが……家と呼ぶには王城は規模が大きすぎるだろう」

「確かにね」


 肩をすくめて相槌を打つ。大通りではなく脇の小道を進んでいき、大きくぐるりと王城を迂回して裏へと回った。

 裏とは言っても城なので見張りの兵が当然のように立っている。レクスは特に気負いした様子もなく、裏門に近づいて行った。


「何者だ」

「俺だ」


 レクスが短く一言告げて眼鏡を取るだけで、兵士たちは顔色を変え、驚きも露わにかしこまる。


「ま……まさかアレクシス王弟殿下でいらっしゃいますか!?」

「訳あって戻ったことをあまり公にしたくない。内密に頼む」

「もちろんでございます! 後ろにいるご令嬢は……」

「連れだ。身元は保証する」

「はあ……」


 まさか一介の兵士に王弟の行動を咎められるはずもなく、ロザリンドもそのまますんなり門をくぐって入城した。

 裏口とはいえ城の内部には人が行き交っており、皆突如帰還した王弟の姿に驚き足を止め、お辞儀をしたり何か言いたそうな視線を送ってきたりする。当然隣を歩くロザリンドにも視線は集中しており、居心地の悪さを感じた。

 とはいえレクスはそうした視線を意にも介さず、どんどんと城の中を進んでいく。人目があるので話しかけるのもはばかられ、とにかくロザリンドもレクスの後をついて行った。

 階段を上って上階に行き、一際大きな扉の前で止まる。扉をノックして返事を待つが、中からは何の音もしなかった。レクスが首を傾げる。


「……この時間はいつも執務室にいるはずなんだが……昨夜遅くまで働いていたようだから、予定が変わったのか?」

「どうやら中には誰もおらんようじゃ」

「とすると、レナードが他にいそうな場所は……」


 レクスが執務室の前で腕を組んで考え出したところで、慌ただしい足音と共に数人の人物が現れる。貴族であろう初老の男と白い騎士服に身を包んだ人物がレクスの姿を見るや否や、その場に膝をついた。


「城にお戻りであるという話を聞き、急ぎ参上いたしました……!」

「宰相殿に、近衛騎士団長か。ちょうどいい、レナードを探しているんだがどこにいるか知らないか」


 話しかけられた初老の男は首を横に振った。


「誰も存じ上げておりません。国王陛下は昨夜未明、城を抜け出していなくなってしまわれたようでして!」

「!」


 言われた言葉に衝撃を受け、ロザリンドとレクスは目を見合わせた。宰相の言葉を引き継ぎ、レクスが騎士団長と呼んだ男が口を開く。


「陛下は昨夜、外出するとおっしゃって護衛を連れて出かけました。行き先は告げずに……ですが朝になってもお戻りにならず、同行した護衛ともども行方知れずの状態です。現在、近衛騎士団が中心となり総出で行方を探っているところでございますが、手がかりが全くないので困り果てておりまして」

「向かった方角はわからないのか?」

「馬車で南に向かったと門兵が申しておりました」

「南といえば、真っ先に思い浮かぶのは聖教会だな」

「はい。ですが聖教会に問い合わせたところ、陛下はお越しになっていないとのことでして」

「…………」


 レクスはしばしの間考え込み、不意に口を開く。


「俺は俺で探してみる。騎士団も引き続き捜索を頼む」

「ご助力、ありがとうございます!」

「ロザリー、行こう」


 レクスは踵を返して廊下をさらに奥へと進んだ。誰もいなくなったところでロザリンドはレクスへと話しかける。


「国王陛下が行方不明、って……」

「居場所は聖教会で間違いないだろう」

「やっぱり?」

「ああ。昨夜のレナードのあの態度、急な外出、そして失踪……聖教会に呼び出され、そこで何かがあったと考えていいだろう」


 レクスは長い廊下の端で止まると、壁と色が同化している扉を開ける。内側はかなり狭く、木造の螺旋階段が上に向かって延びていた。


「足元が急だから気をつけてくれ」


 レクスについて階段をぐるぐると上って行く。かなり階段の傾斜が急で、おまけに円が小さいためにのぼっているとめまいがしてきそうな作りだった。上りきったところにある扉を開けると、視界に青空が広がり風が吹き付ける。

 出たところは小塔の天辺のようだった。

 幅のない円形のバルコニーからは王都が一望できる。かなりの高さにいるが、最近カラドリウスに乗ってあちらこちらに移動しているので、これくらいの高さならばさほど気にならない。

 レクスは風に青い髪を靡かせながら、肩に留まったカラドリウスに話しかける。


「カラ様、聖教会にレナードがいるかどうかわかりますか」

「姿までは確認できんが、気配はするのう」

「やはり」

「ねえ、レクス。教会の人間はどうして国王陛下を閉じ込めるような真似をするのかしら。挙式に使うのを反対するのはわかるけど、それにしてもやりすぎな気がするわ」

「今の教皇はノア・ノーフォークという人間で、実はレナードをあまり快く思っていないんだ。何かにつけて俺と懇意にしようとしていた。実際、何度も聖教会に招待されていて、話をするたびにレナードよりも俺の方が国王にふさわしいと言っていた。そういう人だから、レナードから突拍子もない命令が来て腹を立てていてもおかしくはない。聖教会は独自の武力組織を持っているから、教会使用に関して話し合うためと呼び出してレナードを監禁するのも容易い」

「そんな理由だけで監禁するかしら」

「以前、ノア教皇が一度だけ俺に言ったことがある。『歴史に名を消された魔の乙女と、民のために命を捧げた王弟こそが国を統べるにふさわしい』と」


 レクスはロザリンドを見る。


「聖教会は歴史の真実を知っている……王弟の俺を正当な国王にしたいのだろう」

「…………」


 魔の乙女、王弟、そしてカラドリウス。

 歴史に翻弄されている人々がそれぞれの思惑で動いている。


「ひとまず教会に行ってみるのが早い。カラ様、教会に着いたら内部の様子を探ってもらえませんか」

「お安い御用じゃ」


 王都に数回しか来たことのないロザリンドでも知っている。聖教会は王城の隣にそびえる巨大な建造物だ。

 城が完全な左右対称で円柱の建物を有する優美な作りであるのに対し、聖教会は何本もの尖塔を持つ様式の建物だ。壁という壁、窓という窓に彫刻が施されており、建国の神話を今に伝えている。その威容は執念すら感じるほどのものである。


「乗るが良い」


 カラドリウスに促され、ロザリンドとレクスは乗り慣れた神の背中へと再び身を預けた。 

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