第40話 邂逅
「この時間、レナードは寝室にいるはずです。城右手の最上階にある部屋へ行ってください」
「承知じゃ」
レクスの短い指示に従いカラドリウスが飛ぶ。見張りが気付けないような高みから城の内部へと入り込んだカラドリウスは、レクスが言った通りの部屋の一角に近づき、窓を嘴でトントンとつついた。
しばらく待っても反応がないので、もう一度嘴でつつく。
するとカーテンが開かれ、月光に照らされて一人の人物が見えた。
「……おかしいな、レナードなら熟睡していても気がつくはずなんだが」
「レクス、部屋に誰もおらんようじゃ」
分厚いカーテンがかかっているというのに内部の様子がわかるらしいカラドリウスが言う。
「まだ仕事中か? なら、執務室の方に行きましょう」
カラドリウスが旋回して今度は違う部屋の窓辺へと行く。
嘴で叩くと、今度はカーテンが開いた。開いた人物こそが国王陛下レナード・ヴァルモーデンその人である。ロザリンドも一度だけ見たことがあるレナード国王は、カラドリウスに乗って突如現れたレクスを見て青い瞳を見開き、驚愕の表情を浮かべた。
慌てて窓を開くと、夜風と共にカラドリウスが室内へと静かに降り立つ。その様子をレナードは信じられない、といったふうにただただ立ち尽くして見つめていた。
「夜中にすまない」
「いや……アレクシス、本当に君なのか!?」
「ああ」
短く言ったレクスは、夜であろうともかけていた変装用の眼鏡を外してレナードをまっすぐに見つめた。
「緊急の要件があって戻ってきた。俺がいることは、城の他の者には内密にしてほしい。……レナード、今日シュベルリンゲン伯爵からの使者が来ただろう」
「あぁ、来たが……どうしてそのことを知っている?」
「隣にいる彼女は、実はランカスター子爵家の者なんだ」
レナードの困惑した表情がレクスからロザリンドへと注がれる。ロザリンドはひとまずスカートの裾を摘んでお辞儀をした。
「真夜中に突然、申し訳ありません。ランカスター子爵家当主代行、ロザリンド・ランカスターにございます」
「今日使者がレナードに届けた手紙には、こう書いてあったはず。『フィル・ランカスター子爵家当主とヴェロニカ・シュベルリンゲン伯爵令嬢との挙式に王都にある聖教会を使う許可を頂きたい』。違うだろうか」
「違わない、全くその通りだよ」
「まさか許可を与えるわけではないだろう」
このレクスの質問にレナードは片眉をあげた。
「なぜそう思う?」
「聖教会は歴史と伝統を重んじる国で最も格式高い教会。王族の婚姻や即位式など、代々王家に関すること以外の式典には使われない場所だ。そんな場所を、いち貴族の挙式に使用するなど馬鹿げている」
「ふむ……」
レナードは執務机に寄りかかると、顎に手を当てて思案した。
「アレクシス、僕は思うんだが。伝統や格式を守ることも大切だが、もうすこし融通を利かせてもいいんじゃないか」
「何を……」
「まあ、聞いてくれ」
レクスの反論をやんわり制してレナードは喋る。
「聖教会を挙式に使いたい、という話は時々耳にしていたんだ。それら全てを断ってきていたけど、王家で聖教会を独占使用するのも良くないのではないかと思ってね。君が城を出て国々を渡り歩いて報告の手紙を読むたびに、僕は自分の視野の狭さを思い知った。中央で良い顔をしている貴族が、実は領地で悪政を敷いていたり、その逆も然りだ。だから古い考えに固執するのも良くないと思ったんだ。時には革新的な決断も必要となる」
「それと今回の挙式を聖教会で行うことには、何の関係もないだろう」
「いいや、あるよ」
レナードはキッパリと言った。
「挙式を許可すれば、旧式の考えに囚われない革新的な王であることをアピールできるだろう? シュベルリンゲン伯爵家は大貴族、恩を売っておくに越したことはない」
「それにしても、他の貴族の反対も多く出るだろう」
「だろうね。だから反対意見が出る前に、実はもうすでに聖教会には挙式を執り行うように通達してある。今日の昼、伯爵家からの手紙を読んですぐに書状を送った」
「もう!? 早すぎないか!」
「善は急げというだろう」
レナードはにこりと柔和な笑みを浮かべる。対するレクスは、険しい表情で掌を握りしめながら懸命にレナードを説き伏せようとした。
「もっと良く考えてから決めるべきだ。聖教会に撤回を申し入れよう」
「アレクシス、いくら君の頼みでも、それは聞けない。なぜだかわからないがね、これは絶対にやらなければならないことだと本能が告げているんだよ」
「…………」
「ところで君は、しばらく城に滞在するだろう? まさかこの用件のためだけに城に来たわけでもないだろうし」
「この用件のためだけに来た。まだしばらく城には戻れない」
「何だって?」
「また来る。行こう、ロザリー、カラ様」
レクスは短くそう告げると、驚くレナードを置き去りにロザリンドの腰を抱き、踵を返して窓に近づいた。
「もういいのかしら?」
「ああ」
一刻も早くこの場から去りたい様子でロザリンドを横抱きにしてから窓枠に手をかけ、ひらりと飛び降りた。飛んだ先で待っていてくれたカラドリウスの上に器用に着地してからロザリンドを解放する。
「カラ様、とりあえずさっきの公園に戻ってください。そこから歩いて宿へ向かいます」
「了解じゃ」
レクスに言われた通りにカラドリウスが公園に降りると、真っ直ぐ足早に宿へと戻る。レクスは眼鏡を外してテーブルの上に置くと、椅子を引いてロザリンドに座るよう促してくれた後、自身も向かいの椅子に腰を下ろした。
「……とんでもない性能だな。ああも人の考えを変えて行動に移させるとは、もはや洗脳だ」
「ごめんなさい……」
「謝ることなんてない。知らなかったんだからロザリーのせいじゃない」
「わしがもっと早くに気がつくべきじゃった、すまぬのう。『魔の乙女』は確かにトアイユの森の方角へと消えていった。ならばおぬしこそがケーラの血を受け継いでおると」
言っても仕方のない後悔ばかりが押し寄せ、宿の部屋の中は重苦しい沈黙で満たされた。ロザリンドは膝の上で握りしめた拳を見つめ、それから意を決して顔を上げた。
「ちょっと、部屋にものを取りに行ってくるわ」
そうして隣の部屋へと行き、隅に立てかけてあった鞄の留め具を外して中身を出す。羊皮紙とインク壺。魔長の羽根ペンは万が一にも盗まれては大変なので、懐に入れて持ち歩いていた。
それらを持ってレクスの部屋へと戻ると、テーブルの上に一式を置く。
「あのね、レクス。こうなったら、あなたが陛下に手紙を書くしかないと思うの」
「俺が?」
「そうよ。私の作った羽根ペンに力があるなら、その力であなたが陛下を止めることも可能なはず。教会に出した書状を撤回するように手紙を書けば、きっと陛下はそうしてくれるはずよ」
「なるほど、確かに……」
「話がこれ以上こじれて大きくなる前に、止めましょう。多分、私が書くよりもレクスが書いた方が伝わると思うの。なんとなくなんだけど、この力は想いの強さによって変わるんじゃないかなと思って……。魔獣に手紙を書いた時も、カラ様にお願いした時も、心の底から願ったら強い力になった。だからきっと、私よりずっと陛下のことを良く知っているレナードの言葉の方が伝わるわ」
ロザリンドの言葉にレクスが頷き、ペンを手にした。
が、羊皮紙の上にペンを置くと、動きが止まる。
「時間をくれないか」
「もちろん。私は部屋に戻るから、また朝になったら会いましょう」
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