第39話 王都

ヴァルモーデン王国王都は白亜の都として有名だ。

 建物のほとんど全てが白で統一されており、都のそこかしこには月桂樹が植えられている。

 国のシンボルであり神であるカラドリウスが白い鳥であることから、白が災いを退ける神聖な色として使われたのが始まりだとされている。また、初代国王エドワードがカラドリウスの頭に月桂樹の葉を編んで作った冠を載せたとこから、月桂樹が大切に扱われていた。

 白と緑で統一された都はヴァルモーデン王国随一の美しさを誇っており、国の中心に位置する王城もまた惚れ惚れする美しさだった。

 ロザリンドが王都に来たのは、これで三度目だ。

 一度目は社交デビューの時。

 二度目は国王陛下の即位式の時。

 まさかこんな形で三度王都に足を運ぶなんて予想もしていなかった。ロザリンドは横を歩くレクスをちらりと見た。彼はいつもかけている薄青色の眼鏡でしっかりと瞳を覆い隠し、青い長髪をなびかせながら王都の通りを歩いている。肩には鳩サイズのカラドリウスが留まっており、一見すると今までの旅路と何ら変わりがない。が、ここまで行動を共にしてきたロザリンドには、彼がいつになく緊張しているのがわかった。

 早足なレクスの隣を小走りでかけながら、ロザリンドはためらいがちに声を掛ける。


「レクス、あの……色々と大丈夫?」

「ああ」


 短く答えたレクスは、通りを歩きながらロザリンドに耳打ちをした。


「時間が惜しいから、このまま城に向かおうと思う。が……」


 頭ひとつ高いレクスがロザリンドを見下ろし、閉口する。


「どうしたの?」

「いや……」

「もしかして、私が城に行くのはまずいかしら」


 ただの子爵令嬢が三年間行方知れずの王弟とともに城に戻ったらあらぬ噂になってしまうだろう。そう思い至ったロザリンドだったが、レクスは首を横に振る。


「ロザリーにも関係のある話だから、むしろ同行してほしいが……」

「が?」


 歯切れの悪いレクスにどうしたのだろうと思ったが、むっつりと黙り込んでしまったのでなんともしがたい。そのまま待っていると、レクスは自分の中で何か折り合いをつけたらしかった。


「何でもない、行こうか」

「え、ええ。ところで、すぐに行くのかしら」

「いや、夜になるまで待とう。闇夜に乗じてカラ様に乗り、まっすぐにレナードの部屋に向かう」

「正面から堂々と入ればいいんじゃないの?」

「そういうわけにもいかない。俺が戻ると大騒ぎになる」

「まあ、そうよね」

「騒がれるくらいならこっそり戻りたいし、可能ならばそのままこっそりまた城を出たい」

「そうなの?」

「……まだ、正式に城に戻る気になれないんだ」


 レクスは言って息をついた。


「弱いと思うか」

「いいえ」


 ロザリンドは首を横に振る。


「レクスが何を迷っているのは知らないけど、ここまでしてくれているあなたが弱いとは思えないわ」

「……ありがとう」


 ふわりとレクスの口元に笑みが浮かぶ。が、それはすぐに引っ込められ、すぐさま足早に歩き出した。


「宿で少し休もう。乾いたとはいえ雨に打たれていたわけだし、それにずっと野宿だったからそろそろベッドで眠りたい頃だろう」

「ええ」

「王都の宿なら目星がつく。行こう」


 レクスの案内によって二人は王都にある一軒の宿に滞在することになった。

 四日間、まともに休んでいなかった体はやはり相当疲れが溜まっていたようで、ベッドに突っ伏すとすぐに眠りに落ちてしまう。目が覚めたのは部屋の扉を控えめにノックする音が聞こえたからで、まだだるい体を起こしてロザリンドは扉へと近づいた。


「疲れているところすまないが、もう夜だからそろそろ行こう」

「わかったわ」


 眠い目を擦って何とか意識を覚醒させると、レクスについて宿を後にする。

 王都は夜だというのに明るく、宿に面している大きな通りには人が行き交っていた。


「こっちだ」


 レクスはどんどんと通りを進み、やがて王都の中心部付近にある公園へと入って行った。流石に夜の公園には街灯もなく真っ暗で人気もない。普通の鳥ではないカラドリウスの体が白くほのかに発光しているので、かろうじて足元がわかる程度だ。木が林立する場所まで来て、ようやくレクスは足を止める。


「カラ様、元に戻ってくれませんか」

「あいわかった」


 カラドリウスが鳩サイズから元の大きさに戻る。レクスはロザリンドに手を差し伸べるとまず最初にカラドリウスの背へと乗せてくれ、続いて自分も乗る。


「準備できました」


 カラドリウスはばさばさと翼をはためかせ、飛翔した。王都の街並みがどんどん小さくなり、一番高い建物ーー王城へと一目散に向かっていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る