第37話 魔の乙女と神鳥カラドリウス

「『魔の乙女』は、その名の通り魔を冠する生物と心を通わせることができた」

 レクスはゆっくり歩きながらロザリンドに話し始める。

「彼女が望む望まないに関わらず、確かに魔に連なる生き物は彼女に惹かれたらしい。ですよね、カラ様」

「左様。ケーラの持つ不思議な力が、魔獣や魔鳥を誘き寄せたのじゃ」

「じゃあ、この前聞かせてくれた話で、『魔の乙女』が街に来た途端、魔獣の襲撃が増えたっていうのは……」

「それは事実じゃった。ケーラが呼び寄せたわけではないのじゃが、ケーラに惹かれて魔獣と魔鳥が押し寄せた。しかし誤解しないでほしいのじゃが、ケーラは人間に危害を加える気はなかった……むしろ彼女は人間社会で生きたいと願っていたのじゃ。しかしケーラがいる限り、街に安寧は訪れない。そこでエドワードとヘイデン、ケーラは魔獣と魔鳥を駆逐しようと考えたのじゃ」

「それが歴史に伝わる『建国の戦い』ね?」

「左様」


 カラドリウスがコクリと頷いた。

 建国の戦いは歴史書に書かれている、ヴァルモーデン王国の最初の出来事だ。

 初代国王エドワードと王弟ヘイデンが神鳥カラドリウスの力を借りてヴァルモーデン王国に巣食う魔獣や魔鳥を駆逐し、人間の住める土地にした……というものである。たとえ庶民であっても知らない者はいない、ヴァルモーデン王国に住む人々にとっては常識のひとつだ。

 レクスが言葉を引き継ぐ。


「実際には『建国の戦い』を率いたのは『魔の乙女』と言っても過言ではない。……戦いに先立って彼女は街の見張り櫓に登り、一羽の獰猛で強力な魔鳥を誘き寄せ、そして言った。『貴方は今より神の鳥。人々の手となり足となり、人々のために戦い尽くせ』。すると鳥が返事をする。『我の力を借りたくば、代償を寄越すがいい』。魔の乙女は自らの命を引き換えにしようとしたがーー押し留めたのは恋人のヘイデンだったという。ヘイデンはケーラの代わりに自分の命を差し出し、魔鳥はこれに応じた。契約によってヘイデンの左胸には紋様が浮かび上がり、魔鳥は人の味方となる。生と死を司る魔鳥の力は絶大で、敵には死を与え、味方の傷は癒した。戦いは人間側の勝利に終わったが、犠牲も払った。魔鳥が力を使う度、ヘイデンの命が削られて、戦いが終わる時にはヘイデンの命が尽きた。そしてヘイデンの死を悲しんだケーラはその場を離れたのだという……『神』の名前を冠する魔鳥を残して」


 レクスが言葉を切り、カラドリウスに視線を向けた。


「神となった魔鳥は、人間たちのことを思いのほか気に入り、これから先も力を貸そうと約束したという。これを受けてヴァルモーデン王国の王家では、代々の王弟が神鳥カラドリウスと契約を結んでいるーーつまり、己の命と引き換えに、カラドリウスの力を借りるという」

「……え……」


 立ち止まったレクスが、シャツのボタンを外しておもむろに肌を晒す。そこには確かに、左胸にくっきりと黒い紋様が刻まれていた。ランカスター子爵領で魔鳥を退けた後、崖下の洞窟でロザリンドが見た紋様だ。

 足下が抜け落ちたかのような衝撃。耳から入った情報を、脳が理解するのを拒んでいるかのような感覚。


「俺の命はカラ様の力を使う度に削られる」

「そんな……カラ様は、味方だって思ってたのに……!」

「味方じゃよ。じゃが、強すぎる力を欲するなら、代償が必要になるだけじゃ。本来ならばこの力はわしの寿命と引き換えになるのじゃが、王弟の命を代わりに使うことでわしはリスクがなく力を使うとるだけじゃ」

「最終的に王弟は、カラ様の寿命を延ばすために命を差し出し死ぬことになっている……これも契約の一部だ。カラ様が死んでしまっては、国の損失だからな」

「…………!」


 末恐ろしすぎる事実に、ロザリンドは足がふらついた。


「レクスは、それでいいと思ってるの……!?」

「国の安寧のため、俺一人の命で奇跡の力が行使できるなら安いものだ」

「じゃがの、ロザリンド。今回良いことが起こった。おぬしの出現じゃ」

「私の……?」

「左様。おぬしはつい今しがた、わしの力を何の代償もなしに使った。五百年誰もなし得なかった事じゃ。それこそ、ケーラでさえも……。おぬしがいればレクスの命は救われよう」

「本当に?」

「ああ。『魔の乙女』の力が失われておらずよかったわい。血が絶えない様、うまく隠れておったんじゃな」


 ロザリンドは指先が白くなるほど強く両手を握り合わせた。

 レクスはシャツのボタンをつけなおすと、荷物を背負い直し、まっすぐに王都を見つめた。


「……早ければもうレナードに手紙が届く頃だろう。正式にレナードから聖教会に話が行く前に、何とか止めなければ」

「……そうね、そうだわ」


 そういえば、伯爵家から国王陛下に宛てた手紙を食い止めるためにここまで来ていたのだった。この短時間に色々起こりすぎて、頭から飛びかけていた。色付きの眼鏡をかけ直すレクスを見て、ロザリンドはおずおずと口を開く。


「あの……城へ行くの?」

「そうする以外に方法がない」


 口調からも表情からも、何も思考が読み取れない。

 ーー彼は今何を考え、どういう思いで王都に向かっているのだろうか。

 こんなふうにして戻って果たしていいのだろうか。

 全ての思いを飲み込んで、ロザリンドはレクスとカラドリウスと共に、王都へと一歩一歩近づいて行った。



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