第28話 羽根ペンの謎
ロザリンドはヴェロニカとともにテレステアのカフェを訪れていた。
カフェといっても高級店に部類されるそこは、ヴェロニカが姿を現すなり個室を用意してくれ、今ロザリンドとヴェロニカは二人でカフェの一室で向かい合って座っている。
提供された紅茶は芳醇な花の香りがするのだが、ヴェロニカの心は少しも安らいでいないようだった。美しい顔に眉根を寄せて紅茶を一口飲んだ後、青い瞳でロザリンドを見つめて話を切り出す。
「急にこんな場所に来てもらってごめんなさい」
「いいえ、ヴェロニカ様のお誘いならばいつでも喜んでお供いたします」
レクスとカラドリウスは置いて来た。ヴェロニカは城に何度も足を運んでいるし、王都で催される夜会や舞踏会といった社交界にもよく顔を出しているので、レクスの正体に気がつきかねない。
「……今日、お父様にお会いしたのよね。どうだったかしら」
「子爵領に惜しみない援助をお約束下さいました。それに……ことが落ち着いたら、お兄様とヴェロニカ様の婚約を進める、とも」
「……やっぱりそうなのね……」
ヴェロニカは長年の願いが叶ったというのに浮かない表情をしている。愛する人と結ばれる人間のする顔ではない。戸惑いと少しの恐れのようなものが見え、ロザリンドは一体どうしたのだろうと思った。
「あのね、ロザリー。実はわたくし、あなたにもらった羽根ペンを使って、お父様に手紙を書いたの」
「手紙を?」
「ええ。お父様は最初、子爵領地に援助を出す気などなかった。見捨ててしまわれるつもりだったのよ。フィル様もいっそ死んでしまえばよかったのだと、そうはっきりと断言していたわ。だからわたくしは、魔鳥の羽根ペンを使って思いの丈を綴った。ロザリーの作る羽根ペンには、不思議な力があるでしょう? 藁にもすがる思いでペンを手に取り手紙を書いてお父様に渡したの。そうしたら、お父様……いきなり態度を軟化させて、援助とフィル様との婚約を約束して下さった」
ここでヴェロニカは言葉を切り、ふぅと息を深く吐き出してからロザリンドを見た。
「ねえ、ロザリー。あの魔鳥の羽根ペンはこれまであなたが作ってきたものとは違う。何かすさまじい力が働いているわ。そうとしか思えないの」
そうは言われても、ロザリンドとしても戸惑わざるを得ない。
確かにロザリンドの作る羽根ペンは、書いたものが現実になるという評判があった。だからといって何でもかんでも実現するわけでは当然なく、願いが叶う一助になる、おまじないのようなものとして考えられていた。
今回の件が本当だとすると、おまじないなんてレベルで収まるものではない。場合によっては取り扱いに非常に慎重にならなくてはいけないーー危険な代物だ。
「……でも……伯爵様の考えをそこまで変えてしまうほどの力が? どうして……」
「わからない。ねえロザリー、あなたが作った羽根ペン、わたくし以外の人にあげたり売ったりしていない?」
「してません。昨日イベリス商会に行ったんですけど、売ったのは領民が作ったものばかり。私が作ったものはお得意様にお売りするから取っておいてあるんです」
「ならいいんだけど。売るのも少し待ったほうがいいかもしれない。もう少しきちんと、羽根ペンの持つ力を調べるべきだと思うわ」
「調べる……」
「一体どのくらいの力を持つものなのか。読んだ人の考えを変えてしまうほどの威力を秘めているのだとしたら、それは普通に売るには危険だわ」
「確かに……」
ロザリンドは頷く。そうしてヴェロニカに向けて微笑んだ。
「教えていただきありがとうございます、ヴェロニカ様」
「わたくしとあなたの仲だもの。何か協力できることがあったら言ってちょうだいね。わたくし、なんでもするから」
「はい」
ヴェロニカとカフェの前で別れてから、ロザリンドは一人テレステアの街を歩きながら考える。
シュベルリンゲン伯爵の考えを百八十度変えてしまったという手紙。
本当にそれがロザリンドの作った魔鳥の羽根ペンの力なのだろうか?
ヴェロニカの真心に伯爵が心を打たれた……ということはないのだろうか。
そのほうがしっくりくる気がする。愛娘の切々とした訴えが、ついに父親の気持ちを変えたのだと。
(だとしても、一度試したほうがいいのは確かね。宿に戻ったら、レクスとカラ様に相談しましょう)
レクスは国中を見て回っているから博識だし、カラドリウスに至っては創国の時から生きている伝説の鳥だ。頼りになることこの上ない。
相談相手がいることに感謝しつつ、ロザリンドは宿に戻るべくテレステアの街を歩いた。
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