第19話 拝啓 親愛なる弟へ
先日はランカスター子爵領地へ行ってくれてありがとう。
実を言うと子爵家のロザリンド嬢から直々に手紙が届くまで、魔鳥が国の西部に出ていたなんて知りもしなかったんだ。魔鳥は東部を生息域としているから、東部に住むものならば対処方法を知っているだろうけれど、急に西部に出没すれば民の恐怖と狼狽も大変なものだっただろうと推察する。
やはり国の中心にいると、端々まで目が届かないものだね。
日々の訴状には目を通しているのだが、どこまで僕の意見が通っているのかは定かではない。
国を動かす人間は僕だけではなく、様々な人の思惑が絡んでいる。
人の上に立つ貴族が清廉潔白な者たちばかりではないということも、理解しているつもりだ。
だから君のように身軽に動ける信頼できる人物がいるととても助かるよ。
三年前の即位式の後、急に君がいなくなって驚いたが、今になると君の考えも一理あると思えるようになった。
僕は城で、君は民の中で。
そうして政治をしていけば、きっとより良い国になるだろうと、そう思えるようになった。
ただ、たまには城に顔を出してくれると嬉しい。
あれから三年。
毎日顔を合わせていた君に会えなくなって、それだけの期間が過ぎたということだ。
君と僕とは同じ父親を持つ者同士、実の兄弟のように過ごしてきた。
武芸も勉強も、共に切磋琢磨し合った日はかけがえのない日々だったし、君がいるからこそ僕は王としての自覚と責任感を持てるようになった。
僕は今でも君を誰よりも信用しているし、頼りにしている。
城から遠く離れて旅をしている最中、何か不便があるなら伝えてほしい。できる限りのことはする。
国王となった僕と、王弟となった君と。
立場は違えど国をより良く導きたいという思いは同じであると言い切れる。
兄と弟。
その関係性を大切に、これから先もずっと君は、僕の唯一無二の兄弟として僕のことを支えて欲しい。
君の兄より
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「兄と弟」
レクスは手紙に出てくる一文を抜き取り、声に出して呟いてから眉を顰めた。
兄と弟。国王と王弟。
レナードとアレクシスの関係性を端的に表す言葉。
レナードは永遠に兄であり、アレクシスは永遠に弟だ。
そんなことはわかっている。アレクシスが生まれた時から決まっていたことだ。
いや、もしかしたらーー生まれる前から。
かつてアレクシスはこの関係性を誇りに思い、誉れと考えていた。
兄を支え国王を支えることこそが自身の定めだと思っていた。
今となっては、自身を縛る途方もない呪いだと思っている。
だとしても今更覆しようのない、どうしようもない事実。
「…………」
レクスはレナードからの手紙をぐしゃりと握りつぶすと、蝋燭に灯った火に近づけ、燃やす。チリチリと煙が立ち上り、上質な羊皮紙に書かれた手紙はどんどんと小さくなっていった。
彼の書いたこの手紙も、自分がそうしたようにやはりロザリンドが献上した羽根ペンで書かれているのだろうか。
国王の即位式で、ロザリンドは二つの羽根ペンを献上した。
一つは黄金色に輝く金鷲のもの。
もうひとつは冴えた青色のサファイアミミズクのものを。
二つを見たレナードは、サファイアミミズクの羽根ペンをアレクシスへと差し出した。
『君の髪の色に似ているね。これは君が使うといい』
そう、笑って言ったのだ。
「のう、レクスや」
「なんですかカラ様」
思い詰めた表情で燃えゆく手紙を見つめているレクスに、たまりかねたように窓辺にとまったカラドリウスが声を掛ける。
「おぬし、これからどうするつもりじゃ」
「……ひとまず、子爵領地が再興するのを見守ります」
「ぬぅ。おぬしは責任感のある男じゃ、見捨てられないのはわかる。じゃがのう……」
「わかっています。結局は、逃げているだけだと」
ロザリンドとの出会いは、レクスの心に少なからず影響を及ぼしている。
ありし日の自分に似た、民を背負う責任の強さ。
そして未だ城で政治の中心にいる兄。
しかし今の自分に、一体何が出来ると言うのだろうか。
「俺は……俺の中の世界が一度壊れました。今はまだ、壊れた世界の中を彷徨っているだけです」
灰になっていく手紙を見ながら、言葉を選んで紡ぐ。
「けど、ロザリーに会って、少しづつ変わっていっている気がします。だからこそ、そばで見ていたい」
「……あいわかった。今しばらく付き合おうぞ」
「ありがとうございます」
王弟としての輝かしい将来を疑ってもいなかった、数年前の自分。
今となっては過去の出来事だ。
ただ。
ロザリンドといれば、何かが変わる気がする。
過酷な運命に懸命に立ち向かう彼女を、側で支えたい。
そう、レクスは思ったのだった。
+++
これにて第一章魔鳥討伐はおしまいです。
第二章は執筆中ですので、公開まで気長にお待ちください。
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