第17話 羽根ペン作り②

 ロザリンドはブリキのバケツに水を汲み、ミューレと共に魔鳥の羽根の詰まった木箱を持って自分の工房へと入った。


「ミューレ、お湯を沸かしてくれるかしら」

「はい、ロザリンド様」


 ミューレはロザリンドに言われた通り、工房の窓側に存在するかまどに火をくべ、お湯を沸かし出した。

 羽根ペンを作るには、いくつかの工程が存在する。

 まずは羽根の消毒。羽根には雑菌や汚れなどがついているからそれを綺麗にするために、熱湯に羽根を潜らせて消毒をする。あまり長々と熱湯につけると羽根がダメになってしまうので、さっと潜らせればいい。

 次に、テンパリングと呼ばれる工程を経る必要がある。

 まずは羽根を水に一晩浸して柔らかくする。

 その後、軸を熱した砂の中に入れて、砂が冷めるまでそのまま放置。

 砂は崖下の川から集めてきたもので、ランカスター子爵領で作る羽根ペンにはこの川砂が欠かせない。角が取れていて丸みを帯びている川砂は不純物が少なく、乾かすとサラサラになる。

 熱した川砂を専用の細長い缶の中に詰め、そこに軸を差し込むのだ。

 こうすることで羽根軸の弾力性と強度が増し、滑らかで書きやすい羽根ペンを作り出すことができる。

 ロザリンドとミューレはせっせと羽根を砂の中に刺し、羽根ペン作りに没頭した。


「ミューレ、そのままテンパリングをお願いね」

「はい、ロザリンド様」


 ロザリンドはテンパリング作業をミューレに任せ、次の工程に移った。

 砂が冷めたものから羽根を引き上げ、次にするべきは余分な羽根を取り除くこと。

 ペンとして使うためには、握るための部分を確保する必要がある。

 ロザリンドはナイフを取り出して慎重に羽根を削っていく。

 ただ羽根を落とせばいいというだけではない。

 軸を傷つけないように、かつ握った時に快適なように滑らかにするべく羽根を切り落とすのは至難の業だ。見た目の優雅さも大切なので、利便性を重視するあまり羽根を切りすぎないように気をつける必要もある。

 持ち手部分の羽根を大体落としたら、軸についた僅かな羽根の突起をナイフの腹でこそげ落としていく。繊細さと手先の器用さ、集中力を必要とする作業だった。

 これが終われば最後にして最も重要な工程ーーインクを浸すペン先を作る作業。

 インクを吸って書きやすい形にするため、まずは先端をナイフで斜めに削る。この時、削りすぎても削らなさすぎてもペンとして使い物にならない。

 四十五度未満が良いとされていて、ロザリンドは羽根に合わせて一本一本見極めながらカットしていく。鳥の羽根というのは一つとして同じものはないため、それぞれに合わせて調整をする必要がある。

 ペンの形に削ったら、先端に縦に切り込みを入れる。

 そうしたら最後に、斜めに削ったペン先をさらに内側に抉るように削る。

 なるべく先端を鋭利にしておかないと、インクを大量に吸ってしまって紙に滲んでしまうのだ。

 いくつもの工程と繊細で精緻な作業を経てついに完成した魔鳥の羽根ペンに、ロザリンドはふぅと息を吐き出した。


「出来たわ」

「わあ、見ていいですか?」

「ええ、いいわよミューレ」


 ロザリンドが作り上げたばかりの魔鳥の羽根ペンをミューレがしげしげと見つめる。


「こうして見てみると、あの獰猛な魔鳥のものとは思えないくらい綺麗な羽根ですね」

「そうね。試し書きしてみましょうか」


 ロザリンドは机の上に常備してあるインク壺と羊皮紙を引き寄せると、出来たばかりのペン先にインクを吸わせてから羊皮紙の上に文字を書いてみた。

 書き心地は非常になめらかで、羊皮紙の上を滑るように線が引かれてゆく。細すぎず太すぎず、絶妙な太さの線が描かれる。軸もしっかりしているので持った心地もいいし、少し力を入れたくらいでは潰れる気配がない。


「羽根ペンの素材としては、とても優秀ね」


 ロザリンドはポツリと呟き、ペンを置く。


「他の工房でも、そろそろ試作品が出来上がっているはず。様子を見に行ってみましょうか」

「はい!」


 ロザリンドとミューレは工房の中を手早く片付けると、外に出て崖に沿って存在している他の職人たちの工房を覗いてみることにした。

 とは言っても工房の数は一年前に比べると半分まで減っている。

 元々は十、存在していた工房は今や五まで減っており、さらに言えば中で働く職人たちの数も半数になっている。ロザリンドは中でもベテランの職人の工房を尋ねると扉を叩いた。


「こんにちは、レイチェルさん。魔鳥の羽根はどうかしら」

「ああ、ロザリンド様。ちょうど今しがた出来上がったところだよ」


 赤毛をひと括りにした、四十代の恰幅のいいおばさんがロザリンドとミューレに向けて作り上げたばかりの羽根ペンを見せてくれた。


「これはいい羽根だね。持った心地も書き心地もいいし、文句なしの品になる」

「私もそう思っていたところなの」

「早速作って作って作りまくろうかね」

「ええ」


 レイチェルの後ろでは、職人見習いにしてレイチェルの息子があくせくと働いていた。かまどで熱した砂をすくって缶の中に入れ、そこに羽根の軸を差す。かまどのそばは熱いから、額からは汗が吹き出していた。

 ミューレとさほど変わらない年齢、確か十歳くらいのはずだ。レイチェルは振り返って息子に一喝した。


「もっと優しく丁寧に差し込まないと、斜めになっちまうだろ」

「はい、師匠」


 レイチェルの息子は工房にいる時、母親のことを師匠と呼ぶ。職人として働く以上、師匠として敬っているのだ。レイチェルは再びロザリンドに向き直ると肩をすくめた。


「材料は大量に手に入ったが、肝心の職人の数が足りなくて困っちまいますね。何せ一緒に働いていた夫はもう、いないわけですから」

「レイチェル……」

「ああ、辛気臭い話をして申し訳ありません。さ、仕事、仕事! 一日百本作れるように頑張りますよ」


 レイチェルはわざと明るい声を出し、腕まくりをして笑った。

 ロザリンドはレイチェルの工房を去り、ミューレと共に次の工房へと足を向けた。

 残りの三つの工房でも同じような意見だった。

 魔鳥の羽根は丈夫でしなやか、ペンとして使うのにもってこい。どの工房で作ったものも良い出来栄えで、今まで作っていた羽根ペンに勝るとも劣らない物が出来上がっていた。


「不幸中の幸いというやつかしら」

「え?」


 首を傾げるミューレにロザリンドは言葉を付け加える。


「攻めてきたのが魔鳥ではなく獣の類だったら、きっと子爵領には本当に何も残っていなかったでしょうから。せめて鳥でよかったわ。こうして素材にして、収入源にできる」

「ロザリンド様……」

「この一年、子爵領地に収入はなかったから、作って作って、それから売りに行かないとね」

「はい、ロザリンド様。あたしも手伝います! それから早く父のように立派な職人になって、ロザリンド様と一緒に羽根ペンを作れるように、頑張ります!」

「ありがとうミューレ。一緒に頑張りましょうね」

 

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