第15話 魔鳥の羽②
「なら、行きましょうか」
「ロザリーとやら。外に出たらわしのことは伝書鳩のシロさんと呼んでくだされ。神鳥がうろついていると知られたら、騒ぎになるからのう」
「わかったわ」
レクスとシロさんを伴って洞窟から出て、ともかく体を休めるために領主館までレクスを連れて行く。
途中、河原で魔鳥の処理をしている領民とディックに行き合い、ただならぬ様子のレクスを見てギョッとされた。
「あれ、レクスさんどうしたんですか」
「さっきの戦いで無理をしたみたいなの。領主館に連れて行って休ませるわ。申し訳ないけど、ここはお願いしてもいいかしら」
見渡して言えば、領民たちからは頼もしい返事が返ってきた。
「はい、任せて下さい」
「ロザリンド様はレクス殿をどうかよろしくお願いします」
「ありがとう」
レクスを支え、崖の上にいくべく階段を一歩一歩踏み締める。上って行くのも辛そうだったが、震える足を動かしてゆっくりと進み、何とか館の一室だけある客間へと運び込んだ。
ベッドに身を横たえたレクスのために、ロザリンドは飲み水を汲んだり汗を拭ったりと世話をし、レクスは何も言わずにされるがままになっていた。よほど苦しいと見え、呼吸は浅く、荒い。話しかけるのも憚られるほどの状態で、本当に治るのかしらと不安になる。
シロさんはレクスとロザリンドの様子を、ベッド脇のサイドテーブルの上に乗ってじっと見つめている。
しばらくすると少し落ち着いたのか、苦しげな様子が収まり、代わりに寝息が聞こえてきた。ロザリンドも肩の力を抜いて、ふぅと息を吐く。魔鳥との戦いは朝早くから始まったはずだが、いつの間にか日が暮れかけており、西日が部屋に差し込んできていた。
「思ったよりも負担がかかったようじゃのう」
「シロさん」
レクスが眠りについたのを確認すると、それまでずっと見守っているだけだったシロさんが声を発した。サイドテーブルに乗る白い小さな鳥をロザリンドは見つめる。
こうして見てみると、先ほど魔鳥から助けてくれた鳥よりも遥かに小さく、可愛らしい見た目からはさほど力を持っているようには見えない。しかし喋る鳥など見たことも聞いたこともないし、レクスも認めたのだから神の鳥に違いないのだろう。
「あの、さっきの……シロさんが力を使えば代償にレクスの体を蝕むって、どういう意味なんですか?」
「ふむぅ。レクスが話す気はない以上、わしからは教えられなんだ」
シロの返答にロザリンドは肩を落とす。
「私たちの領地を助けるためにレクスの負担になるようなことがあったのなら、申し訳ないわ」
「気にするでない。全てはレクスが決めたこと」
「でも……」
「命を捨ててでも領民を救いたいと願う、おぬしの心に打たれたのだろう。レクスは色付き眼鏡で顔も隠れておるし無口だしでわかりにくいが、いつもこの国の民のことを思うている。領民のことを思うおぬしと変わらぬ」
ロザリンドは眠るレクスの顔に視線を移す。人形のように整った顔は青ざめて血色が悪く、呼吸を確認しなければ生きているのか死んでいるのかもわからない有様だった。
(民のことを思うなら、なぜ城を出て放浪などしているのかしら。なぜこんな、小さな領地のために、自分を犠牲にするような真似をするのかしら……)
ロザリンドが聞いた話では、レナード殿下とアレクシス殿下は共に聡明で仲も良く、幼少期より互いを支え合っていたということだった。成長するにつれてますます頭脳に磨きがかかり、レナード殿下が即位した暁にはきっとアレクシス殿下の補佐の元、より良い国になるのだろうと、誰もが期待していたのだ。
それなのに、なぜその地位を捨てて、国の各地を彷徨っているのだろう。
真実は何もわからない。
ロザリンドは立ち上がり部屋のカーテンを閉めた。
「明日の朝には普通に起きてくるじゃろう。すまぬがこやつの朝食の用意を頼むぞ」
「ええ、もちろん。そういえばシロさんも、何か口にする?」
普通の鳥ではなく神の名前を冠するような生物が何を食べるのか、ロザリンドには見当もつかない。
「パンの一つでももらえれば十分じゃ」
「わかったわ。朝には用意しておくから。それと今日は、窮地を救っていただきありがとうございます、神鳥カラドリウス様」
「何の! わしは伝書鳩のシロさんじゃよ」
白いふわふわの胸を張ってそういう神鳥は伝承めいた存在であるはずなのになぜだか親しみやすく、ロザリンドはくすりと笑った。
「おぬしも少し休んだ方がええ。一年、ずっと気を張っていたことじゃろう。魔鳥共は全滅とまではいかないが、もうこの地を荒らすほどの数は残していない。安心して眠りたまえ」
「ありがとう。お言葉に甘えてそうさせてもらうわ。レクスに異変があったら、教えてくれる?」
「お安い御用じゃ」
「じゃあ、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
最後にもう一度だけレクスの顔を見て、毛布を胸元まで掛け直し、それから部屋を出る。
パタリと扉を閉めてから自分の部屋へと向かった。
窓から月が見えている。瞬く星も見える。穏やかな夜空には、魔鳥の声は木霊していない。
「終わった……いえ。ここからが始まりだわ」
ロザリンドは一人、呟く。
魔鳥の脅威はひとまず去った。
しかしそれは、始まりに過ぎない。
ロザリンドには壊滅した子爵領地を立て直さなければならないという使命があった。
(お父様もお母様もいなくなった。当主となったお兄様の傷が癒えるまで、私がしっかりと領地を守って復興に力を入れないと)
ロザリンドはぎゅっと両手を痛いほどに握りしめた。
(まずは、明日……! 魔鳥の羽の状態を見るところから始めましょう。一歩ずつ。一歩ずつ前に進むのよ)
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