第14話 魔鳥の羽①

 夥しい鳥の死骸が河川敷を埋め尽くすのを見下ろしつつ、領民の一人が言う。


「ロザリンド様、この鳥どもどうしましょうか? 放置しておくと悪臭を放つので、処分してしまうのがいいと思いますが」

「そうね……ちょっと待って」


 ロザリンドは魔鳥の死骸に近づくと、だらりと力なく垂れ下がる翼を持ち上げ、風切り羽根を引き抜いた。

 陽に透かしてためつすがめつ眺めると、根元が茶色い羽は先端にいくにつれて赤く鮮やかな色合いになっており、見事なグラデーションであった。

 根元を触ってみる。羽の芯は硬く、握っても潰れない。大きさも手頃だ。

 ロザリンドは取り囲む領民一人一人を見渡す。


「ねえ、この羽根を使ってペンを作らない?」

「え……魔鳥の羽根を使って、ですか!?」

「そうよ。魔鳥といえども、鳥は鳥。おまけに私たちは、命の危機は脱したかもしれないけれど、このままだと生計を立てられないわ。羽根ペンの原料となっていた、森に来ていた鳥はいなくなってしまったのだから」

「た、確かに……」

「だが、この鳥は憎むべきいわば仇みたいなものでは」

「利用できるものはなんでも利用しないと、ランカスター領地は没落するだけよ」

「…………!」


 ロザリンドの言葉に、迷っていた領民の気持ちが変わっていくのがわかる。

 かたわらにしゃがみ込んだのは、ミューレだった。翼を持ち上げると、羽根ペンに使う風切り羽根を根元から傷つけないようにそっと切っていく。


「あたし、ロザリンド様の言う通りだと思います。こんなにたくさんの鳥の死骸があるんだから、せめて有効活用しないと」

「ミューレ……」

「お父さんだって、きっとそう言うと思います」


 ミューレの父のランドは、魔鳥との戦いで命を落としている。それでもこうして懸命に、自分のできることをしようと前向きに頑張るミューレの姿に他の領民も心を打たれたらしく、一人また一人と魔鳥の死骸に近寄ってその羽根を切り落とし始めた。


「ロザリンド様、俺、羽根を集めておくための箱を取ってきます」

「なら俺も」

「俺は工房からナイフを取ってきます」

「みんな、ありがとう」


 ロザリンドは目に涙を浮かべつつ礼を言った。唯一この場で羽根ペン作りとは無縁であるディックが手を挙げる。


「なら俺は、鳥の死体を処分します!」

「ええ、お願いするわ」


 そう答えながらロザリンドは、この場にいるはずの人物が欠けていることに気がつく。


「誰かレクスを見なかった?」

「レクス殿なら、先ほど川の下流に向かって歩いていくのを見ました」

「下流に……? ちょっと様子を見てくるから、ここはお願いしていいかしら」

「はい、我らにお任せください」

「っす」


 領民とディックの返事を聞いたロザリンドは、下流に行ったというレクスの姿を探しに行くべく立ち上がった。

 先ほどの白い鳥。あれが本当に神とまで称される伝説の鳥カラドリウスであるならば、王弟アレクシスと無関係とは到底考えられない。

 神鳥カラドリウスはその昔、王国の礎を築いたヴァルモーデン一族と共にこの地を支配していた魔獣に立ち向かい、見事に打ち倒したという。以来ヴァルモーデン王国の王家の紋章にもなっており、神聖視されている鳥だった。

 そんな伝説めいた存在が現れたなどにわかには信じられない話だったが、目の前で起こった奇跡を考えれば納得せざるを得ない。

 ともかく真偽を確かめるため、そしてお礼を言うためにもレクスを見つけなければならない。

 河川敷を下流に向かって歩いていると、もう使ってない古い洞窟の一つから、くぐもった話し声が聞こえてきた。


「ーー大丈夫かのう、おぬし」

「問題ない、このくらいなら……耐えられる」

「しかしのう、やはり無理があるのでは」

「いいんだ。俺がそうしたいと思ったんだがら……うっ」


 レクスの苦悶の声が聞こえ、ロザリンドは訝しんだ。

 先の戦いでレクスは傷を負っていないはずなのに、一体何に苦しんでいるのだろう。そして一体誰と話しているのだろうか。


「わしが力を使えば、代償としておぬしの体を蝕むのじゃ。まして今回はあの数の魔鳥、寿命が縮まるぞ」

「それ、どういうこと!?」

「……ロザリー?」


 話を聞いたロザリンドは、思わず洞窟の中に飛び込んで行って声を上げた。

 レクスは洞窟の壁に背をもたれかけて座り込み、額には玉のように大粒の汗を浮かべていた。いつもかけている色のついたレンズの眼鏡を外しており、右手で左胸の上のシャツをぐしゃりと掴んで、苦しげな息遣いをしている。

 そしてそんなレクスの前には、先ほど見た神鳥によく似た小さな真っ白い鳥がちょんと立っていて、レクスを見上げていた。


「えっ、あれ、レクスが話していたのって……」

「…………!」

「もはや誤魔化すのは不可能そうじゃのう」


 鳥はそう喋ると、ちょんちょんと細い脚を動かしてロザリンドの前まで移動し、翼で自身の胸を指差した。


「いかにも! わしがレクスことアレクシスとおしゃべりをしていた鳥、人呼んで伝書鳩のシロさんじゃ!」

「え……で、伝書鳩!?」

「ポッポー」

「いえ、伝書鳩は喋りませんよね! あの、もしかして、神鳥カラドリウス様では……?」

「おう、そっこーでバレておる。いかにもわしこそが、神と崇められる鳥カラドリウスじゃ」

「カラ様、隠す気ありませんね」


 額から冷や汗を流し続けるレクスは、別の意味で顔色を青くしつつそう言った。


「良いではないか。おぬしの正体も知っているし、何より今のおぬしの状態は……」

「それ以上はやめて下さい」


 レクスがカラドリウスのセリフを遮ると、白い鳥はつぶらな瞳をぱちぱちさせた後にふむぅと唸った。

 レクスは首を巡らせてロザリンドの顔を見ると、声を絞り出した。


「何しに来た?」

「姿が見えないから、探しに……それに、さっきの出来事について聞きたくて。やっぱり神鳥を呼び寄せたのは、レクス、いえ……アレクシス殿下なの?」

「…………」

「いかにもその通りじゃ。わしはこやつに頼まれて、今回力を貸したのじゃ」

「カラ様」

「良いではないか。というかお主に任せると、話が進まんのだわい」


 何も話そうとしないレクスに代わり、神であるはずのカラドリウスが肯定してくれた。レクスは重たい息を吐くと、うっと短い声を上げ、うなだれる。体がずるりと下がっていった。

 ロザリンドは思わず駆け寄り体重を支える。


「先ほどのカラドリウス様のお言葉は一体何なの? 力を使うと、あなたの体を蝕むって」

「詮索はしないでくれ。すぐに治る」


 心臓の上を握り締め続けるレクスの顔を覗き込むと、朝焼け色の瞳にははっきりと拒絶の色が浮かんでいた。どんなにロザリンドが問い詰めても、何も語ってくれそうにない。


「……せめてベッドで寝たほうがいいんじゃないかしら」

「そうじゃよ、レクス。いう通りにしたほうがええ。今回は半日は寝込むじゃろうて」

「そんなに?」

「代償というのは重いものじゃ」

「代償……」


 先ほどの魔鳥を屠った人知の及ばない力の代償がこれだというのか。ロザリンドはゾッとした。

 レクスは動くのもだるそうな様子だったので、ロザリンドは脇から手を回して半身を支え、立ち上がるのを手伝う。


「落ち着ける場所は崖上の領主館になるから、階段を結構上ることになるんだけど、歩けるかしら」


 レクスがわずかに首を縦に振ったので、ロザリンドはグッと支える力を込め、歩く補助をする。

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