第13話 魔鳥討伐②
夜が明け、日が暮れ、夜が暮れ、二日経った日。
魔鳥の声は日に日に強くなり、明らかに苛立った様子の鳴き声が崖の下にも響いてくる。
もはやアイオロスの笛で抑えておくことは不可能だと、領民たちは皆薄々勘づいていた。
ロザリンドは、レクスとディック、そして戦える領民たちと共に崖下の河川敷に集まり、陣を敷いていた。
「笛の音を止めよう」
レクスの短い声かけに、その場にいる全員が笛を振り回すのをやめ、河原の砂利に笛を置く。
束の間の静寂。
数十秒後に鳥の羽ばたく凄まじい音がして、森の木々が揺れた。
大気を揺らして魔鳥たちが飛翔する。
赤茶色の羽根を持つ鳥が空を埋め尽くし、まるで指向性を持っているかのように真っ直ぐに崖下に集うロザリンドたちに向かって飛んできた。
不快な鳴き声と羽ばたく音が耳に届き、どんどん姿が近づいてくる。
戦闘の音頭を取っているレクスが、短く的確な合図を出した。
「ーー射れ!!」
直後にロザリンドも矢をつがえていた弓弦をひき、狙いを定めて魔鳥の腹めがけて矢を放った。
何本もの矢が音を立てて唸り、魔鳥に向かって飛んでいく。
果たしてロザリンドの目論見通り、狭い崖下の河川敷に誘き寄せられた魔鳥たちは、逃げ場を失い弓矢の餌食となった。
「もたもたするな、次だ!!」
魔鳥から目を離さずにレクスが号令を出し、ロザリンドも矢筒から次の矢を抜き出して即座につがえた。
あれほど討伐に苦戦していた魔鳥たちが、空間という利点を失い、首や腹に矢尻を食い込ませてぼろぼろと落ちてゆく。嘘のように簡単に討伐されていくステュムパリデスだったが、ロザリンドたちが圧倒的有利かといえばそうではない。
魔鳥は数が多く、ロザリンドたちの持つ矢数には限りがある。
ジリジリと彼我の距離は詰められて、魔鳥がロザリンドたちに近づいてくる。攻め込まれれば、ひとたまりもない。
ロザリンドは黙々と弓弦を引いて矢を射り、一羽でも多くの魔鳥を倒すべく奮闘した。
他の領民たちも、号令を発するレクスも、公爵領よりやって来たディックも然りだ。
誰も彼も瞳は上空の魔鳥に向けられており、背中に背負った矢筒にぎっしり詰まった矢を消費しつつ、一本も無駄にしないように魔鳥討伐に集中する。
ロザリンドにとって鳥とは子爵領地に欠かせない資源であると同時に、この峡谷で共に生きるかけがえのないパートナーだった。
羽根を得るために罠にかけても、二、三枚の羽根を貰えばすぐにまた空へと放してやる。こんなふうに憎しみを込めて、命を取るために武器を向けるようなものではなかったのだ。
……なのに。
どこからやって来たのかはわからないが、魔鳥たちはたった一年のうちに子爵領地の生活を一変させてしまった。
森に住む生き物をことごとく退け、木々を荒らして卵を産みつけ、人間を餌と定めて食い散らかす。
これを憎まずして、なんだというのだろう。
迫り来る魔鳥を睨めつつロザリンドは心の底から願う。
返してほしい。平和な暮らしを返して欲しい。
父を、母を、そして命を奪われた領民たちを、返して欲しい。
右手の矢筒に回した手が空を掴む。矢が尽きたのだ。撤退しようと思ったが、魔鳥の速度のほうが速そうだった。
ついに目の前までやってきた魔鳥に、ロザリンドはこれまでの記憶が走馬灯のように駆け抜ける。
楽しかった日々も、辛かったこの一年も。
全部全部をひっくるめて、ああ私はもうここで死ぬんだわと思ったその瞬間。
ーー奇跡が、起こった。
空を覆う、未だ多くの魔鳥の上に、白い鳥が飛ぶのが見えた。
鳥はロザリンドが見たこともないほど大きく、両翼を広げて飛翔する様は神々しい。鳥が上空を旋回し、そして魔鳥の群れの中に突っ込んで行く。
白い鳥が魔鳥の中を飛び回ると、ただそれだけでぼとぼとと魔鳥は力を失い地面へと落ちて行く。河原に落ちた魔鳥を見れば、瞼のない虚ろな目を見開いたまま絶命しているのがわかった。
ロザリンド同様、誰も彼もが立ちすくんで眼前の光景を見つめている。
ふと隣にいるディックが、わずかに口を動かして声を漏らした。
「……カラドリウス……」
「え?」
「あれは、神鳥カラドリウスに違いないです」
「神鳥、カラドリウス……? この国を作った? まさか、伝説の生き物がこんなところにいるわけ……」
言いながらロザリンドは、はっとある事実に気がついた。
ここには、正体を隠した王弟アレクシス殿下がいる。もしかしたら彼が、神鳥を遣わしてくれたのではないだろうか。
そう思ってロザリンドがちらりとレクスを見ると、彼は上空の様子を見つめたまま微動だにしていない。薄青色の眼鏡の奥の瞳は見えず、何を考えているのかはわからなかった。
白い鳥が舞うように優雅に飛翔すると、魔鳥は命を失い続ける。
すでに数は一割にまで減っており、残る魔鳥が危機を感じて逃げ出そうとしても、もう遅かった。
最後に残った一羽までもが地に落ちると、白い鳥はくるりと輪をかいてからどこかへ飛び去ってしまった。
数拍の静けさが訪れ、徐々にざわめきが河川敷に広がる。
「……助かった、のか……?」
「俺たち、死んでない……?」
今しがた起こったことが理解できず、互いに確認を取る。
ロザリンドもにわかには信じられなかったが、河川敷にうずたかく積み上がった魔鳥の死骸が、何よりの証拠だった。
絶えず聞こえてきていた魔鳥の鳴き声が、今は全く聞こえない。
集団で襲いかかってきた魔鳥全てが命を散らし、河原の上に物言わぬ死体となってうずたかく積み上がっている。
「か、勝った……」
「勝ったんだ!」
「魔鳥は、いなくなった!」
「もう怯えなくていいんだ!!」
人々が歓声に湧く。
食糧庫に隠れていた領民たちも聞きつけたのだろう。重く固く閉ざされていた扉を開いて、人々がなだれ込んできた。
「ロザリンド様!」
「ミューレ!!」
ロザリンドの元に真っ先にかけて来たのは、工房で見習い職人をしているミューレだ。
「魔鳥、いなくなったんですか!? 勝ったんですか!?」
「ええ、そうよ、ミューレ!」
ぎゅうとミューレを抱きしめて、ロザリンドは言う。
「じゃあ、もう、あいつらに怯えなくてもいいんですか……!?」
「ええ!」
そこかしこから人々の歓喜の声が聞こえてきた。
一年間領地を苦しめ続けてきた魔鳥は、ついにその身を地に横たえ、動かぬ骸と化かして峡谷を吹き抜ける風に晒されるがままとなった。
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