第11話 公爵領の兵……?

 翌日、目が覚めたロザリンドは身支度を整えるとマールバラ公爵家の使用人に連れられて、食堂へと向かった。

 そこには既にレクスが来ていた。色付き眼鏡は外されて胸元のシャツの間に差し込まれており、朝焼け色の瞳が顕になっていた。

 朝の日差しを受ける瞳は夜に見る以上に美しく、神秘的な光を帯びている。まるで宝石のように輝く瞳にロザリンドが思わず見惚れていると、レクスが不思議そうに首を傾げた。


「どうした?」

「いえ、なんでもありません」


 ロザリンドは両手をぶんぶん振ってから席に着く。

 すぐにマールバラ公爵がやって来て、揉み手をしながら愛想よくレクスへと話しかけた。


「昨日はよくお休みになられましたでしょうか」

「おかげさまで。フィル殿はどうなった?」

「容体は安定していると医師より報告を受けております。兵士の件ですが、現在手配をしておりますので、準備が整い次第出発できます」

「迅速な手配、ありがとうございます」


 ロザリンドが頭を下げると、公爵の冷ややかな声が飛んできた。


「この貸しは高くつきますぞ」


 う、とロザリンドは声をつまらせる。マールバラ公爵家にとっては、ランカスター子爵家など塵にも等しい存在だ。これから先、何かにつけて恩を着せるような発言をされてもおかしくない。

 しかし公爵の発言に、レクスがこれまた冷静に切り返した。


「昨夜も申し上げたが、これは公爵領地を守るために必要な措置でもある。子爵領も魔鳥の被害者だ、マールバラ大公爵ともあろう方がそんなこともわからず、恩着せがましい発言をするなどとは思いたくもないが」

「…………ぬぅ」


 首をすぼませて反論の言葉を探していた公爵は、昨夜同様に何も言い返さず、黙って朝食の席に着く。

 出された朝食は子爵領地で食べるものより数段豪華で種類も豊富であったが、気もそぞろなロザリンドはろくに味わいもしなかった。

 マールバラ公爵はレクスの様子を伺いつつ、食事の合間に疑問を投げかけてきた。


「それにしてもアレクシス様は、一体どのような理由でランカスター子爵領地を訪れていたのですか? ランカスター子爵領といえば、森に覆われた辺境の地。目的もなく立ち寄るような場所ではないと思いますが」

「機密事項だ」

「……門番から聞いた話では、色付き眼鏡をして瞳を隠していたそうで。その服装も、とても王族のお召しになる格好とは思えない。……レナード国王陛下即位後の三年間、何をしていらっしゃったのですか?」

「申し訳ないが、質問に答えることはできない」


 レクスの声はかたく、これ以上の問答は許さないという雰囲気を言外に滲ませていた。公爵もそれを感じ取ったのであろう。諦めて朝食を取りつつ、その後は当たり障りのない会話に終始した。


 朝食を終えると、ロザリンドとレクスの二人はフィルが寝ている客間へと案内された。ベッドに近づいてみると兄は目を開けており、ロザリンドの顔を見ると口元を緩く綻ばせる。


「お兄様、お加減はどう……?」

「おかげさまで随分いいよ。公爵様には感謝してもしきれない。それに、レクス殿にも。いや、王弟アレクシス殿下とお呼びした方がいいですね」

「レクスで構わない。普段は身分を隠して放浪している」

「ではレクス殿、改めてありがとうございます」

 レクスはフィルの言葉を受け、短く頷いた。

「フィル殿はまだまだ全快には程遠い。ゆっくり休んだ方がいいだろう」

「お言葉に甘えたいところですが、子爵領地が気がかりです。両親が死んだ今、僕はランカスター家の当主。安全な場所で一人休んでいるわけには……」

「お兄様、大丈夫よ。私が何とかするから」

「ロザリーが?」

「ええ。レクスが公爵様に交渉して、援軍を出してもらえることになったの。マールバラ公爵家の軍勢なら、魔鳥くらいあっという間に倒せるわ。だから私がというよりはマールバラ公爵家の私兵がなんとかしてくれるのだけれど、とにかくお兄様不在の間、子爵領地がうまく回るように私が差配するから」

 フィルはロザリンドの顔とレクスの顔を交互に見つめる。

「……その話は、事実ですか?」

「ああ。公爵殿が約束してくれた」

「であれば心強い。何から何までありがとうございます」

「だからお兄様はゆっくり体を休めていて。回復して戻って来た時には、今度は領地の復興に力を入れなくちゃならないんだから」

「わかった。お言葉に甘えて休ませてもらうよ」


 フィルが笑いを漏らしたのを見てロザリンドは安堵した。

 顔色も良くなっているし、熱も引いたようだ。ひとまずは安心してもいいだろう。

 ロザリンドとレクスはフィルのいる客間を出て、早速子爵領地に戻ろうとマールバラ公爵家の外に出て兵を待つ。

 しかし武装してやって来たのは、たった一人の青年だった。


「どうも、この度はランカスター子爵家に同行することになった、ディックです!」

 ディックと名乗った青年はハキハキと自己紹介をしたが、ロザリンドは嫌な予感がした。ロザリンドはためらいつつもディックへと問いかける。

「もしかして、公爵様がお出ししてくださった兵士って……貴方だけ……?」

「はい! 自分一人いれば大丈夫だと、命じられました!」


 ロザリンドは思わずレクスを見た。既に色付き眼鏡を装着しているので全体的な表情はわからないが、眉間に皺が寄っており、口がへの字に曲がっている。


「公爵殿にどういうことか聞きに行こう」

「公爵様はご予定があるとのことで、もうすでに馬車でどこかへ行ってしまったと聞いています」

「何?」


 レクスの短く、鋭い質問にも、このディックという青年はたじろがず元気いっぱいに言った。


「お二人に同行し、子爵領の人と共に魔鳥を殲滅して来いと仰せ使っております! 実戦は初めてですが、お役に立てるよう精一杯頑張ります!」


 その時ロザリンドは、レクスの体がふらりとよろけて二、三歩後ずさるのを確かに見た。実戦経験皆無の若手兵士ディックは、現状をわかっていないのか、やる気に満ち満ちた顔で「では行きましょう!」と言ったのだった。


***


 一行は馬に乗り、ランカスター子爵領を目指した。

 事態の深刻さがわかっていないディックは、明るい声で話しかけてきた。


「ランカスター子爵領地に出た魔鳥って、俺、見たことないんですけど、どんな見た目でどんな攻撃手段を持ってるんですか?」

 ロザリンドはこれに対して淀みなく答えた。

「……体長二メートルはある、大型の猛禽類よ。真っ赤な嘴と鉤爪が鋼のように硬くて、人体なんて軽く貫通する。生まれたばかりの雛の餌にするために、人間に襲いかかって攫っていくの。おかげさまで何人もの領民が犠牲になったわ」

「げっ、なんか俺が聞いていた話と違うんですけど。もっと簡単な討伐だと思ってました」

「…………」

「けど、俺、精一杯頑張るんで! 任せてください!」

「ありがとう、ディック」


 ロザリンドはディックへと微笑んだ。彼に悪気はないし、どちらかというと人身御供のように子爵領へと派遣される彼は、被害者側だろう。

 手綱をぎゅっと握り締めながら、ロザリンドは思考を巡らせる。


(今ある手札で、魔鳥を倒す方法を考えなくちゃいけない。何とかなるはずよ)


 状況は最悪を脱したはずだ。

 王弟アレクシス殿下、それにディックも新米とはいえ兵士なのだから、戦いとは無縁な自分や子爵領の領民たちよりよほど戦力になる。

 あとはアイオロスの笛を使えば、どうにか……。

 その時ロザリンドの脳裏にある考えが閃いた。

 領民に危険が及ばず、魔鳥を退治する方法。

 しかしそれには、もう少し戦力が要る。


(そうだわ、シュベルリンゲン伯爵家にもう一度助力を乞えば、なんとかなるかも知れない)


 彼らは想像以上つ獰猛な魔鳥にあえなく撤退していったが、伯爵家は戦力を整えて再び戻ってくると約束してくれていた。作戦を伝えれば、きっと助けになってくれるに違いない。

 ロザリンドがそう思っていると、横並びになって馬を歩ませていたレクスが詫びてきた。


「すまん、ロザリー。どうやら俺は公爵を見くびっていたようだ。三年も行方をくらませていた俺に、政治的利用価値はないと判断したのだろう」

「いいえ、アレクシス様のせいではありません。公爵様が兄を助けてくれたのはアレクシス様のおかげですし、これ以上を望んでは贅沢だったのです」

「だがこのままでは、魔鳥共を退治できない」

「そこに関しては、私に少し考えがあります」


 アレクシスはロザリンドの顔を探るようにみる。


「……ならそれに期待しよう。あぁ、それと、俺は普段身分を隠している。ロザリーもディックも、子爵領についたら俺をただの放浪者レクスとして接してくれ」

「わかりました」

「了解です!」


 ロザリンドとディックは揃って頷いた。

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