第10話 公爵館とレクスの正体②

 レクスはマールバラ公爵よりあてがわれた部屋の中で、手紙を書いていた。

 羽根ペンを置き、インク壺の蓋を閉めてから、羊皮紙に細かな文字で書き連ねた手紙を読み返す。

 そうしていると、開け放たれていた窓から、一羽の鳥がレクスの元へと飛んで来た。

 肩に乗るほどの大きさのその鳥は純白で、体全体が淡く発光している不思議な鳥だった。

 ベッド脇の棚の上に止まって羽を休めた鳥にレクスが話しかける。


「カラ様」

「ブッブー。今は『シロ』じゃよ」


 鳥はつぶらな黒い瞳をレクスの方へと向けると、嘴を開いてレクスの呼びかけに対してそう答えた。レクスは鳥にすまなさそうな表情を向ける。


「申し訳ない、シロさん。……国章にもなっている神鳥カラドリウス様をシロという名前で呼ぶなんて、どうにも慣れないな」

「いい加減慣れなされ。お前さんに同行しているワシは、神鳥でもなんでもなく、鳩のシロじゃ」

「鳩にしては白すぎるような……」

「白い鳩もいるじゃろう」


 レクスは胸を張って言い張るシロに、曖昧に頷いてみせた。


「それよりも、上空から見ていたのじゃが、ランカスター子爵領地はひどい様子だったのう。魔鳥共が我が物顔で森に巣食っておったぞ」

「ええ。木に産み付けられている卵の数が尋常ではないため、殲滅するには森を焼き払う以外に方法はない」

「じゃのう」

「しかしマールバラ公爵殿の軍が救援に来れば、今よりはマシになるはず」

「おぉ。あの堅物を動かしたのか」

「公爵殿は権力に弱い。正体を明かしたら、すんなりと救援の手を差し伸べてくれた」

「ほー。おぬしが正体を明かすとは、珍しい。どういう心境の変化じゃ、んん?」


 神鳥カラドリウスのシロはベッド脇の棚からレクスがいるテーブルに移動すると、ぴょんぴょん跳ねながら「好奇心いっぱい!」という態度を隠そうともせずに尋ねた。レクスはインクが乾いたことを確認し、羊皮紙をくるくると丸めて小さな筒の中にいれながら答えた。


「……子爵令嬢の決意に心が打たれた」

「ほう!」

「髪を切り、ろくに握ったこともない剣を手に、前線で魔鳥に立ち向かっていた」


 レクスは出会った時のロザリンドを思い返した。

 セピア色の髪はざんばらで、自分で切ったのが一目でわかる状態だった。

「王弟」アレクシスとして二十年間城で暮らしていたレクスは、令嬢にとって髪がどれほど大切なものなのかよく知っている。

 それをバッサリと切って、ドレスを脱ぎ捨て、剣を持ち敵に向かう姿は端的に言ってアレクシスの心を動かしたのだ。

 絶望的な状況を前に逃げない、領主一家としての責務を果たそうとする決意。


「……俺とは、大違いだ」


 吐き捨てるかのように言ったレクスに、シロはふむぅと唸る。


「あまり自分を卑下しなさるな。おぬしもようやっておると思うぞ」

「俺は自分の責任から逃げた」

「そうではなかろう。現に、レナード殿の要請を受けてランカスター子爵領の様子を見にいったわけだし、その前もそうじゃ。おぬしはヴァルモーデン王国で起こるさまざまな事件を解決して回っておる。城にいたら決して出来ないことじゃろう」

「…………」


 シロの慰めにレクスは返事をしなかった。

 結局のところ、レクスがやっていることなど、ただの逃げに過ぎない。

 王族たる自分は各地を放浪して小さな事件を解決するのではなく、もっと万人が幸せに、平和に暮らせるよう城でレナードを補佐しつつ策を考えるべきなのだとわかっている。

 責任を放棄して城を逃げ出したのは、他ならない自分だ。

 シロは返事をしないレクスに対して少し目を細めて「やれやれ」という顔をしてから、右足を突き出した。レクスは細い鳥の足に筒を括り付ける。


「なんと書いたのじゃ?」

「子爵領地の被害が甚大なため、しばらく様子を見る。魔鳥討伐が終わるまでは留まるつもりだ、と」

「相わかった」

「伝書鳩のように使ってしまって、申し訳ない」

「何、好きでやってることじゃ。わしはおぬしら兄弟を好ましく思っておる。のう、魔鳥の件が落ち着いたら、一度城に戻ってレナードと話してはどうかのう」

「いくらシロさんの頼みでも、それは出来ない」

「強情じゃのう」


 筒がしっかりと括られたのを確認したのち、シロは翼をはためかせ、飛翔した。


「一日で戻る」

「馬でも十日以上かかる距離を一日とは、さすが神鳥カラドリウス様」

「ちっがーう、わしは伝書鳩のシロじゃ!」

「……では伝書鳩のシロさん。よろしく頼んだ」

「お安い御用じゃ」


 神鳥カラドリウスこと伝書鳩のシロは、再び窓から部屋を出て去って行く。

 夜空に消えたシロを見送ったレクスは、もう寝ようと窓を閉めた。

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