夢モノ語

@asahi2763

第1話

虹色の帽子をかぶった人が誰かに言いました。

「きょうはおとぎ話を話してあげるね」

【むかしむかし、この世でもあの世でもないところにひとつの王国がありました…勇者は夢の国を守るため、再び旅に立ちました】

「この話はこれで終わりだけど、どうだったかな。きみも勇者になりたいと思ったのかな。でも気を付けてね。夢を見るのをあきらめると勇者さんではいられなくなるよ」

夢という単語が大好きなひとりの少年はある日、不思議な夢を見ました。

目を開けてみると自分が広くて果ての見えない草原にいたのです。

はじめてのところで迷子になってしまったと思った少年の心には不安が広がっていきました。

その時、どこからかふと人の気配が感じられました。

不安と孤独から逃れるべく、彼はただただ気配の感じられた方向へ進んでいきました。

どれぐらい歩いた時だったでしょう。

やっと少年は自分以外の人らしきモノを見つけたのでした。

そのとても背の大きいモノとの距離は段々近くなっていました。

ただ、その距離を縮めようとしていたのは少年ではなく、向こうの正体の知らないモノの方でした。

少年もやっと出会えた人に近づきたく、一歩を踏み出した時、彼は驚きました。その人のかぶっていた帽子の色が虹色だったのです。少年がその帽子のことで少し困惑し、歩みを止めていた間にそのモノは少年のすぐ近くにまで来ていました。

それに気づいた少年はそのモノに聞きました。

「あなたの名前はなに?」

少年は自分の名前を言いました。そして、少年はふとあることが気になり、それについて聞いてみようと思いました。

そして口を開きかけたとき、少年はある問題にぶつかりました。目の前の人が女性なのか男性なのかわかりづらいということでした。

少年は考えはじめました。

まもなくして、その人の着ている衣装がいわゆる背広と呼ばれるものであることに気づきました。少年は目の前の大人は男だと確信しました。ようやく聞きたいことが聞けるようになった少年は意気揚々とした様子でその人に聞きました。

「かっこいいおじさん。おじさんの名前は何なの?」

少年の問いかけに虹色の帽子をかぶっていた人はこう言いました。

「本当は教えちゃだめだけど…勇気のある勇者さんだから特別に教えてあげるね。わたしの名前はユメというの」

「ユメ…綺麗な名前…」

「ただ…ひとつだけちょっと言いたいことがあるけど聞いてくれる?」

少年はうんと答えました。

「ありがとう。わたしが言いたかったのは、わたしはおじさんじゃないということ。それだけ。お願いとしてはちょっとがっかりしちゃうものだったかな?」

「ううん、いいよ。じゃ…おばさんなの?」

「ううん、違うの。わたしはおじさんでもおばさんでもないの」

少年はうなり声を出し始めました。

するとその横でユメは言いました。

「わたしはね。男でも女でもないの。さらにいえば、勇者さんが知っている性別という言葉からかけ離れた存在でもある」

「難しい…」

「確かに、勇者さんの年ごろだと難しいかな。そうだね…ユメはユメ。そう思ってくれないかな。性別は重要ではないの。ただ、わたしはわたし。それが大事」

「…よく分からないけど、わかった!」

「ふふ…勇者さんはえらいね」

少年は先から自分を勇者だということが気になりました。

「わたしは勇者なの?」

「そう。きみは勇者さんなの」

「魔王とかの悪い人を倒す勇者さんなの?じゃ、魔王はどこにいるの?」その言葉にユメは少し笑い、答えを返しました。

「ううん、ここに魔王はいない。でも、きみは勇者さんなの。しかもをも凄く強いの」

「ぼくが誰かのヒーローになるってこと…?」

「そうそう。ヒーローになるの。でも、誰のヒーローになるかは勇者さん次第かな?」

「ユメさん…と呼べばいいの?」

「うん。それでいいよ」

「じゃ…ユメさんはどうしてわたしがヒーローになれるってわかるの?」

ユメはその問いを聞くと、なにかについて考えている様子を見せました。少年はその姿を見て不思議だと感じました。

少年が何かに悩んでいる時、そして考え事をしている時のそれとは違って、とても楽しいことをしている時の表情をしていたからです。

そして、その表情は少しの後に思いっきりの笑顔になりました。

それまでは帽子の派手な色のせいでよく見えなかった顔がこの時にようやく、少年にはっきり見えました。

かつて少年はとある物語を読んだことがありました。

その物語の主役であった神はとても優しく、人々が明日を生き抜くための勇気を授けました。少年はその神に憧れに似た感情を抱いたことがあったのです。

彼はその神の名前を忘れていましたが、それに対して抱いていた感情はまだうっすらと覚えていました。

そのもやもやしていたのがユメという人によってはっきりとした輪郭のあるモノになって、少年を驚かせました。。

ただ最近になっては彼も、神の実在に対しては半信半疑といった感じになりつつありました。。

物語の神がいると信じるには、少年から見てもこの世の中はそんなに笑顔の溢れるようには見えなかったのです。

ですが、その少年は今、もしかしたらこのユメさんという存在ははその神なのかもしれないと思うようになっていました。

「…だいじょうぶ?」

少年は急に声が聞こえたことに少しの驚きを覚えました。

それから自分が思っていた以上考え事に気を取られていたということに気づき、少し恥ずかしくなりました。

少年は考え事をしていたせいで聞こえなかったと言い、ごめんなさいと謝りました。。

ユメは気にしなくて良いと言ってから、さっきの話の続きを語り出しました。

「では、今から勇者さんの質問に答えていきたいと思います。勇者さん、準備はいい?」

「うん。準備できているよ」

「よろしい。何故わたしはきみがヒーローになれると分かっているかということだったよね?」

そう言いながらユメは少年に視線を移しました。

少年は自分に反応を求めていることに気づき、ゆっくりと頷きました。

「そうだね…実は、勇者さんとの以外にもヒーローになれる子はたくさんいるの」

それを聞いた途端、少年は正直少し落胆しました。特別なモノになれるとどこかで期待していたからです。

「それはね…勇者さんもだけど、人はみんな素敵な夢をもっているからなの。そして、わたしはそういうキラキラ光る夢を幾千も見てきたんだよ、凄いでしょ?」

頷いた少年でしたが、実のところ、幾千の夢を見るというのはどんな気持ちにさせるのかの方に気を取られていました。

「機会があれば勇者さんにも見せたいぐらいだった。夢の星雲と勝手に呼んでたりしてたね。でもそういう星々は時間が過ぎていくにつれて輝きを失っていくの。何故かわかる?」

少年は聞かれて、真剣に考えました。

そして、父が語ったとある話を思い出しました。

なぜ、父がそれを急に言い出したのかは未だ彼はは理解できていませんでした。

でもその内容だけは覚えていました。父はその日、手に取ることのできなかった昔の夢について話してくれたのです。

その時に少し悲しい表情を浮かべていた父を忘れられなかったから、少年の頭の片隅でその記憶はずっと息をしていました。

ユメの話を聞いてその日を思い出した少年は答えました。

「むかしに抱いていた夢を叶えられなかったから…?」

「残.念だね。完全に間違っているわけではないけど、少し違うかな。正確には夢を見ることをどんどん手放してしまうからなの。無論、それは間違いではない。彼らだって自らそうしたくてしたわけではないから」

ユメはどこか遠いところを見るような目でまた言い出しました。

「でも、夢はそんな優しくはないの。いや、生ぬるいわけではないという方が合っているかな?理由がどうであれ、木の実を取りにきてくれない人に木は自分の実を渡せないの」

「…わたしもいつかはそうなるのかな」

ユメは頭を左右に振り、言いました。

「ううん。今の時点だと勇者さんはそうならない。そうでないと勇者さんにはなれないよ?」

「ほんと?」

「うん。本当よ。で、わたしは何故それが断言できるのか。それは、私が数多の夢が花咲く木の管理人だからね」

理解できないといった表情をする少年を見るとユメはまた言いました。

「少し難しかったかな…じゃ、夢を管理する人ということでいいよ。そしてそういう管理人にはちょっと特別な能力があってね…」

そういうとユメは自分の服についていた左ポケットの中から一枚のカードを出して見せました。そのカードはユメのかぶっている虹色帽子同様虹色をしていました。

「このカードで夢の実の寿命が分かるの。このカードを寿命の知りたいと思う木の実に触れさせれば色でそれを示してくれるといった感じかな?」

それを聞いた少年は自分の夢の実はあったのか、そしてあったというならばそれに触れたカードがどんな色をしていただろうかというのがきになりました。

「わたしの実はどんな色だったの?」

ユメは満面の笑みを見せてから言いました。

「すっごく綺麗な虹色だったよ。だから、勇者さんは夢を叶えてヒーローになれるの。でも、安心しちゃだめよ?」

「どうして?」

「前にね、勇者さんと同じくすごく綺麗な実をもっていた子がいたの。それを言われた時にその子は喜んで帰っていったよ。でもそれからその子と再び会うことはなかった」

「…」

「運命というのは残酷だよね。決して褪せることはないだろうと思った虹色は次第にその輝きを失っていったの。その子は夢見る心を段々手放していったから」

「…」

「その子が直面した難関は誰もが直面するものなの。つまり、今の勇者さんもいずれにせよそれと向き合うことになる」

「難関…」

「そう。凄く難しいよ。そこでどんな選択を重ねていくかによって、自由奔放な子どもの心を失くしていくと勇者さんも…その時は勇者さんではなくなる」

「そうなると、ヒーローにはなれないの?」

少年は上目遣いに聞きました。

少年の目を見返しつつ、ユメは言いました。

「ううん。勇者さんがどんな道に進んでも誰かのヒーローにはなれるよ。ただ、その誰かは勇者さんの進む道によって変わってくるかな」

「そうか…」

「ずいぶん長くなってしまったけど、これで答えになったかな?」

少年は頷きかけて、頭を振り、口を開けました。

「もうひとつ聞いてもだいじょうぶ?」

「いいけど、流石にそれで最後かな?」

「また…会えるの?」

少年の最後の質問にユメは少し驚いた表情を見せました。それからまたその光輝く満面の笑みを浮かべてからいいました。

「そうだよ!と言いたいところだけど、わたしも約束は出来ないかな?でも、それもまた勇者さんの願いであり、夢であるならば一つプレゼントをあげるね」

そういったユメはついさっき見せた例のカードを一枚だしました。でも、左ではなく右ポケットから出されたそのカードは虹色ではありませんでした。

黒に染められたその色はなにもかも飲み込めそうなブラックホールのそれではなく、まるで夜空を中に凝縮したかのような黒でした。

そのカードを片手に持ち、腰に手を当てながらユメは言いました。

「このカードはね、わたしの予備のカードなの。だから黒の色をしている。でも、勇者さんが手に持つと今は虹色に輝くよ。どう?いま触ってみる?」

少年は頷いたりする代わりに、右手でそのカードを持ちました。

すると本当にそれは次第に虹色にかわっていきました。

驚く少年を見ながらユメは続きを言い出しました。

「わたしは嘘をつかないからね。とにかく、そのカードの色が虹色である間はいつかきっと会えるの。それがいつになるかは…ごめん。分からないかな。でも、ひとつだけ約束してあげる」

そういったユメは今までずっとかぶっていた虹色の帽子を脱ぎ、少年のすぐそこのところまで歩いていきました。

少年が2,3回歩き出したらぶつかりそうなところまで来た時、ユメはしゃがんで片手の小指を出しました。

「勇者さんが夢を叶える瞬間になるまではきっと会える。ほら、約束をするにはこうするのが決まりなんでしょ?」

少年はそのまだ小さくて肌白い小指をユメの小指に引っ掛けました。

その時、少年はユメと名乗る人の顔を間近でもう一度見ました。

また会う時までこの記憶を覚えておきたいという心があったのことでした。

入念に見て出来るだけ記憶に残そうとしていた時、ユメの口が動きました。少年にはだが、その口からどんな言葉が漏れたのかわかりませんでした。その言葉を拾おうとした時、彼はそのところから離れて自分の部屋に戻ったからでした。

あまりにも生々しい記憶に、少年は少し興奮気味に母へその出来事をまくしたてました。

母は少年の話を聞き終えて言いました。

「凄く長い夢だっただろうね。出来るならお母さんもそのユメという人に会ってみたいわ。うちの子がお世話になりましたと、感謝の言葉を伝えないと」

「…いいよ。そんなの別に」

「あら、そうなの?何故お母さんはダメかな…もしかして、佑ちゃん一目ぼれでもしたのかしら」

「違う…‼!」

「ごめんごめん。お母さんの冗談よ。こういう時の佑ちゃんの顔って凄く可愛いからね。やめられないんだよね~」

「…」

「お母さんが悪かったよ…ほら、そんな顔してると折角の可愛い顔が台無しじゃない…これから、お母さん買い物行くから一緒に行きましょう。お母さん準備するから、佑ちゃんも早く、ね?」

そういって、母は部屋に戻っていきました。少年も自分の部屋に行こうとしていた時でした。少年はふと履いていた寝間着から何か床に落ちる音を聞きました。

何が落ちたんだろうと辺りを見回っていた少年に一枚の黒いカードが見えてきました。

少年は驚きつつ、それを拾って大事なもののように両手に持ちながら部屋に戻りました。

そしてその時、心の中で少年はこう誓いました。

【必ずヒーローになる】

「…っけ…ゆう…け…佑介!」

誰かの呼ぶ声に目を開けた。隣に座っていた友人が彼のノートを指さしていたのでノートの方に書いてあった文字に視線を移した。

(さっき、教授が試験とか課題のこと話してた。要点はメモしといたけど教えてやるからあとで飯奢って)

確かにありがたいとは思いながらも、まさか今後奢ってくれと頼むためだけに起こしたのかと呆れかえるような思いもしたので例の文章の下に返答を書き入れた。

(奢るのは良いけど、そのためだけに貴重な睡眠時間を取らないでくれ)そう。今日だってたかが3時間ぐらいしか寝れてないのだ。無論、それも自分の未来のためにやったのだから別に今更そんな生活をやめたいとは思わなかった。

それは、そのことが夢をかなえるためには必要な労力の一部だからである。それは、そのことがとある存在と再会するために必要なことだからである。もう10年も過ぎたとある日のことに思いを馳せていると講義の終わりを知らすチャイムが鳴った。

隣を見ると、ぼくのまじめな友人である桃城一輝がゆっくりと教室を出る準備をしていた。たとえ直後に授業があってもいつも彼はその調子であった。

彼も、わたしもこの後は授業がなかった。少し余裕をもってお話でもするかということになり、ふたりでコンビニに立ち寄っては適当にお弁当を買って近くの公園に向かった。

空いていたベンチに座って各自のお弁当を開けた。箸でものを掴み、口に放り込んだ一輝が急いでそれを飲み込んで話しかけた。

「…ちょっと待ってくれ。まだちゃんと飲み込めてない。よし」

「お前なぁ…あとで大惨事になっても俺は分からないぞ」

「大丈夫、だいじょうぶ。わたしからお腹の丈夫さを除くと何もないと言えるぐらいわたしの消化器官くんたちは状態が非常にいいから」

「はぁ…それで何か聞きたいこととかあるわけ?」

「そう。いっつも気になっていたけど、お前財布出す度にちらっと見えるやけにまぶしいそれはいったいなんだい。目が眩むぐらいだぞ」

「あ…これのことかな」

そういって私は一枚のカードを出した。最初にこのカードを貰った時から何回か色が変わった時期はあったが幸い、また今は虹色になっていた。

「っつ…合ってるけど、まぶしいからすまないがしまっといてくれ」

「あ、すまん」

例のものを財布にしまっておき、わたしはまた口を開いた。

「まぁ。ある人からもらったお守りみたいなものさ。会って随分時間が経つけど嘘はつかない人だったから…交わした約束はきっと守ってくれると信じてあのお守りをずっと大事にしているというところかな」

「意外だな…」

「…?何がだ」

「いや、お前いつも黙々とやることやっているし。そんなロマンティックなものとは程遠い感じだったから。そういう意味で意外だったというか…」「あぁ。分かった、分かったよ。でも、間違ってないよ。むしろ合っている」

「え。でも、さっき…」

「とある約束を交わしたといったでしょ 」

「それと関係あるのか。へぇー。何だろうな…バカみたいに努力し続けるとか?一途に」

「バカは言わなくてもよかったがな…概ね合っているけど。正確には夢を見る心を忘れずということだったかな」

「約束にしては何だろう。ド偉いことのように思えてくるけどな。で、その約束をお前は愚直にずっと守ってきているというわけか」

「そういうこと」

「安い昼飯食いながら聞くような話じゃなかったかもしれねぇ…まぁ…羨ましいな。そういうのを守り続けることが出来るなんて」

「夢は追い続けるうちには綺麗に見えるけど、いざ手にした時も同じく綺麗であるだろうとお前は断言できると思う?」

「急になんだい、その質問らしくない質問は。そうだな…まぁ、わからないじゃないかな」

「そう。わからない。だから、、別に羨ましいと思うことは何一つない。お前が進んでいるレールの先にあるゴールが私の見ているものより良いものかもしれない」

「ほんとに変わった慰めのお言葉だな。そういう時は回りくどい言い方せずにお互い頑張ろうとかいうんじゃないのか?」

「そんなありふれた言葉を言われるより変わった言葉の方が記憶により残るだろ」

「…付き合いが決して短いはずではないだろうけど、未だに何を考えているのかさっぱりわからんな…」

「知りたいと思うか?」

「…いや、結構」

「ノートありがとう。明日返すよ」

「オッケー」

「お疲れ。すまないが、ここで先に帰るよ」

「お疲れ、あ」

「?」

「受け売りの言葉ではあるが、一言だけ言っておく」

「…」

「夢を謳い踊る蝶、其の奏でし調べ喰らうは踊り子」

「如何にもそれっぽさに満ち溢れているな」

「まぁ…要は夢を愛するのはいいが程々にしなさいということさ。本当にこの文章通りに魂まで正体の知らないものに喰われるのかは分からないけど」

「わかった。気を付けるよ。じゃ、またな」

帰ろうと一歩を踏み出した。

一歩を踏み出した時、どうしても先言われたものが気になった。

(本当に受け売りの言葉なのか…?)

気になるものが出来た時、今時の世の中はとても便利だった。

すぐにスマホを取り出してネット検索をしてみた。

「…」

単語ひとつひとつに関係する多くのものが画面に表示された。

だが、文章まるごと一致するものは見当たらなかった。

だったら、一輝の知人の誰かがそういうことを口にしたことになる。

そんなのを口に出して伝える人がこの世にいるのだろうか。

善意からの言葉がいつもの道を歩いている両足にいくつかの錘をつけた。

調子の狂った足取り。

その足が踏む道には、昨日となんの違いもない。

住宅の連なり。

横を通り過ぎていく自転車。

その自転車が奏でる滑走のリズムを時々いとも容易く切る自動車。

そんなのには関心がないようにただ己の道を行くわたし。

指揮者の忙しなく動く手に乗せられて通っていく道には、自分が選ばなかった数々の選択肢を内に秘めた命たちが踊っていた。

見慣れた場所をくぐり抜けて一番なじみのある空間にたどり着き、癖のようにスマホを取り出して時間を確認した。

約20分の時間が過ぎていた。

帰宅にかかった時間も昨日とそこまで差はなかった。

なのに、今日はどこか違う気配を漂わせているかのように感じられた。

日本には言霊信仰というのがあるとはいわれているが、今私の中で起きているのもそれの影響なのだろうか。

いつもと同じ自分はいつもと同じく靴を脱いで、下駄箱にそれを入れてから2階に向かった。

2階に上がり、一度曲がってからの右方向に位置している部屋。そこが自分の部屋だった。

門を開けて入った途端、床に鞄を置き、ベッドに向かった。

着替えてから寝なきゃと思いつつも、何故か襲い掛かる睡魔に勝てずに

瞼はどんどん重くなっていった。

無意識に開いた目に飛び込んできた風景はいつの日か目にした懐かしいものであった。

周り一帯広がる草原。

ここが例の場所だということを気付かせてくれたのは、遠くに見える高く聳え立つ一本の木だけだった。

はじめてここに来た時、まだ小さい頃だった。

だから、周りを良く見れてなかったから記憶にごく一部のことしか残ってないのだと思っていた。

だが、今になってはそれが合っていたとしか思えなかった。

一応例の木に向かって進もうとした時、木の方より近づいてくる人影らしきものが見えた。

最初こそよく見えなかったものの、次第にそれは帽子らしきものをかぶってるというのが見えてきた。

それは忘れられない色の帽子だった。

「お久しぶりだね。勇者さん」

「あの…」

言わないと。

「あの時は、本当にありがとうございました」

「…?ああ、その時のことね。いいの、いいの。それより、お疲れ様」

「…ありがとうございます。」

ユメさんは思いっきりの笑顔を浮かべた。

そう。この表情が自分は大好きだった。

「その間、色んなことがあったでしょうね。ゆっくりと話すといいよ。全部聞いてあげる」

「…ではまずひとつ、お聞きしたいことがあります」

「いいよ。何を聞きたいの?」

ほんとうなら他に聞きたいことが色々あるはずだった。

でも、生憎最初に思い出されたのは一輝の言葉であった。

何時間前に耳にしたその言葉を、間違ったりはしないだろうかと心配しながら目の前の相手に伝えた。

「久々に聞くね…それ。それがどういう意味なのかはもちろん教えられるよ。でも、その前にどうしてそれについて知りたいのかをわたしに教えて欲しいけど…大丈夫?」

一瞬、心の中に迷いが生じたのを感じた。

嘘をつくべきなのか、本当のことをそのまま伝えるべきか。

一輝のことをいわないといけなくなることが妙に引っかかった。

ユメさんは一輝を知らないだろうというのは間違いのないはずなのに、何故か迷っていた。

思い悩んで、本当のことをいうことにした。

これまた理由は分からなかったが、その場で思いついた嘘を口にしたらすぐ見透かされるだろうという、そういう気がしたからであった。

「とある友人が忠告するために口にしたのです。ただ、彼は普段ならそんなふうに回りくどい言い方なんてしないはずなので…」

「もしかしたら裏とかがあるかもしれないと思ったということよね?」

「…」

「ただ、一つだけ言わないといけないことがあるの」

「…?」

「勇者さんの友達は管理人と会ったことがあり、またその記憶をまだ持っているだろうということよ」

「それっていったい…」

「その表現は私たち管理人にだけ代々伝わる表現だからね。しかも、私はその言葉が好きじゃなかったから口にしたことがないんだよね…」

「…ということは…」

「勇者さんの友人はこっち側の出身であったという可能性があるということ。まぁ、そうはいっても多分前世のことかな?」

「それより例の言葉の意味は…」

「ああ。言葉その通り。夢の見過ぎには気を付けなさいということ。とあるおとぎ話で出るのよ」

「おとぎ話ですか…?」

「そうそう。簡単に言えば、夢を喰う夢食いを、夢の国を守るために一匹の蝶に化した勇者が倒すという内容。ただ、終盤に勇者は夢に執着し過ぎたあまりに彼自身が夢食いになりかけるの。だから彼は自らをとある木に封印し、夢の国の平和を守ったという話」

よくある物語のテンプレートに少しアレンジを加えただけの感じだった。ただ、まだ何故彼が自分にそういうことを口にしたのかがはっきりと理解できなかった。

ただの偶然にしては、ユメさんの言葉が嘘でもない限り、あまりに出来過ぎているかのように思えた。

「…今回はわたしも星雲は見れるのでしょうか」

ユメさんは嘘をつかない。

だが、例の言葉への引っかかりが自分でも嫌だなと思う疑う気持ちを駆り立てていた。

だから投げかけてみた問いであった。

「星雲ね…この前も綺麗だったね。でも、今の勇者さんには見れないよ」

「それは…どうしてですか」

「理由はどうあれ、子供の心を失えば、元には戻れないと言ったでしょう」

「…」

「誰を信じるの?」

「…」

「友【現実】と私【ゆめ】…どっち?」

青年はユメを見ながら答えた。

「私は…」

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