第4.5話 穴蔵族のウィリー

 穴蔵族ドルスのウィリー・スニークルはいつものように、日が高いうちから取り巻きを引き連れて酒場の一角を占拠していた。

 うつろな目で酒を浴びるように飲み、大声で騒ぐ彼らの姿を見ても、誰も咎める者はいない。


 ここサルヴァヘイヴの街において、スニークルの名は絶大な力を持つ。

 かつては銀の採掘で活発だった街は資源の枯渇によって寂れ、荒れ果ててしまっていた。そんな所にやってきたのがスニークル一家だった。

 家長のピーター・スニークルがサルヴァヘイヴの町長になると、彼は私財を投じて廃鉱山にメスを入れ、大規模な投資と改革を行った。

 彼の大胆な政策により街は生まれ変わり、再びヒトが集まる場所となった。

 ヒトが集まれば街は大きくなっていく。金も流動する。

 彼が町長になってからわずか十数年の間に、サルヴァヘイヴは大陸西側では指折りの大きな街へと成長した。

 街の広場にはピーターの彫像が設置され、誰もがスニークルを称えた。今なお町長を続けるピーターはもちろん、彼の息子たちもそれぞれの商売において目覚ましい活躍を見せていたからだ。


 ただし、末っ子のウィリーただ一人を除いて。


 スニークルの名を冠する優秀な父親と、その血を継いだ優秀な兄弟たち。

 その中でウィリーはただ一人の落ちこぼれだった。

 商売に挑戦しては失敗し、親に尻拭いをしてもらう。それが何度も続くうちに、彼はやる気を失っていった。


 街の発展に多大な貢献をした偉人とて、その根本は一人のニンゲンであり、一人の父親である。

 つまるところ、ピーターは息子のウィリーに大甘だった。

 出来の悪い子供ほど目をかけてしまうもの。

 ウィリーがいい大人になってからも、何度失敗を繰り返しても、ピーターは小遣いという名の多額の仕送りを続けていた。

 それが逆に、失敗続きでやる気を失いつつあったウィリーに残された成長の芽を摘むことになるとも知らずに。


 黙っていても親が定期的にくれる過剰な小遣いと、そのおこぼれに群がる取り巻きたち。

 いつの間にかすっかりいい年齢になってしまったウィリーにとっては、何もかもが気に入らなかった。

 一日中酒場に入り浸り、その辺の狩人にちょっかいを出す。

 それでも彼が痛い目に遭わないのは、彼の親がこの街で一番の権力者だからだ。

 彼にとってはそんな事実もまた、気に入らないのだが。


 その日彼は、最近この街にやって来たであろう赤髪の男を見つけた。

 巨身族タイトスらしきたくましい肉体に、鋭い眼光。確かな自信をうかがわせる顔つきは、歴戦の狩人を思わせる。

 気に入らない。

 そう思った彼はいつものように、ふらつく足で男のテーブルまでわざわざ難癖をつけに行った。


「どっか行けよおっさん。弱い者いじめはしたくねえんだ」


 ところが男は、ウィリーのことを歯牙にもかけなかった。

 それどころか同情さえしているようなその目つきはまさしく、取るに足りない小物を見るような目。


「なんだとこの野郎! 俺を誰だと思ってやがる……」


 思わず、スニークル家の名前を出しそうになる。

 心の中に自分に対する嫌悪感が広がりそうになったその瞬間、ウィリーの意識は酒場の壁際までぶっ飛んだ。


 数分後、ウィリーは取り巻きに揺り起こされて、意識を取り戻す。

 一体何が起こったのか。尻と顔がやたらと痛い。

 ふと見れば、さっきの赤髪の男と、フードを被った狩人が楽しそうに飲んでいた。


 あのフードの狩人は、ウィリーも知っている。

 男だか女だか分からない奴で、一度確かめてやろうと尻を触ろうとして、ゴミ虫を見るような目で見られたことがあった。


 あいつに蹴られたのだと、取り巻きが言う。

 痛みと衝撃を忘れるほどに、ウィリーの心の中に激しい怒りが込み上げてくる。

 だが、ここで拳を振り上げても、狩人には敵わないだろう。


 だからウィリーは、酒場に取り巻きの一人を残して、退散することにした。

 街中で事を荒立てては、親父に何を言われるか分からないという事情もあった。

 だが、街の外なら?

 明日、奴らは組合の依頼を受けて街の外に行くつもりらしいという報告を受けて、ウィリーの顔に暗い笑みが浮かぶ。

 狩人は確かに強い。だが、倍以上の数の同業者に襲われたらどうだ?

 金の使い所だ、とウィリーは呟く。


「裏の依頼を出せ。奴らにはキッチリと落とし前をつけさせてやるぞ」








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