第4話 パーティ登録

 翌日、俺とミラは組合の受付前で待ち合わせていた。

 昨日はあの後、日が落ちるまで話し合いをするつもりだったんだが……何故か飲み会になっちまった。結局あんまり話し合いができてねえ。

 まあ、そのおかげで多少は打ち解けられたと思ったんだが……


「やあ、ヴァル。……気のせいかな、格好が昨日と同じように見えるけど」


「ようミラ、遅かったじゃねえか。俺はこれで準備万端なんだよ」


 腕を広げて見せる俺に対して、ミラの視線が若干冷たいような気がする。

 冗談で言ってるんじゃねえんだけどな。俺は基本的に、いつでも軽装だ。


 まあ、ミラの気持ちもわからんでもない。

 これから組合にパーティ登録をした後、お互いの動きを確認する意味を込めて、簡単な依頼を受けることになっている。それなのに、相手が散歩にでも出かけるような格好をしてたら「なんだこいつ」と思っちまうのも仕方ない。


「……まあ、キミがそれでいいなら、いいんだけどさ」


「そう心配すんなって。この後、嫌でもわかる」


 実際に戦ってるところを見れば、それなりに実力のあるミラなら理解できるはずだ。この辺の魔獣が弱いからって、俺が手を抜いてる訳じゃねえってことがな。


「ま、さっさと最初の用事を済ませちまおう」


 俺は受付のカウンターを覗き込むようにして、身を乗り出した。

 荒くれ者の狩人から手を出されないようにするためか、小さな窓越しに話す形になってるからな、ここの受付は。


「……悪いね、騒がしくて。パーティの登録をしたいんだが」


 さっきから俺たちのやり取りをうかがっていた受付の職員に、用件を伝える。

 目の前でごちゃごちゃやられても表情に出さないのは、この仕事によく慣れている職員の証拠だな。


「かしこまりました。では、まずメンバーのお名前を……」


 共通種サピナスらしき女性職員は完璧な笑顔を浮かべながら、淀みなく仕事に取り掛かってくれる。


「ヴァルカン・マグマフォージだ」


「ミライ」


 俺たちが告げる名前を、職員は専用の魔術具で打ち込んでいく。

 育った環境や種族によって、識字率はまちまちだからな。組合では記入が必要なものは大抵、こうして代わりにやってくれる。


 しかし、ミラは家名や二つ名がないのか。

 あるいは隠しているだけか……

 俺が前のパーティで偽名を使っていたことからも分かる通り、組合への登録はかなり適当でも問題ない。というか、登録すらしなくたって、別に怒られやしない。

 ただし、登録しないと依頼を受けて報酬を貰うことができないから、よほどの理由がなければ登録しておくのが一般的だ。

 ちなみに、単独ソロで登録していた奴がパーティで登録し直すと、自動的に情報が紐付けられて更新されるらしい。組合が持つ謎技術のひとつだな。


「よろしければ、役割ロールの申告をお願いします。これは任意ですので、お答えにならなくても問題ありません」


「戦士だ」


「斥候」


 役割ロールってのはそのまんま、パーティ内での役割のことだな。

 最前線で敵を引き付けて戦うのが戦士。

 実にシンプルでわかりやすいが、実力がそのまま生死に直結する。一瞬の判断ミスで死にやすい役割だ。

 斥候は先行して敵を発見したり、道を調べたり、罠を仕掛けたり解除したり……とにかくやることが多い。

 戦闘になれば後衛を守りつつ、前衛の援護をしたりもする。はっきり言って一番忙しい役割だが、それだけにパーティに斥候がいるのといないのとでは、安定感が段違いだ。

 他には魔気を操り奇跡のような現象を起こす術師や、信仰の力で傷を治す癒し手なんかが代表的なところで、需要も多い。


 ミラは追放師だから、本業は術師なんだろうが……斥候との兼業というのも別に珍しい話じゃない。単独で魔獣狩りをする場合は、どうしても一人で複数の役割をこなす必要があるからな。

 ともあれ斥候の技術を持っている仲間が最初に加わってくれたのは、幸先がいい。

 俺の持論だが、パーティには斥候が必須だからな。


「……はい、ありがとうございます。では最後に、血判をお願いします」


 必要な情報を伝え終わったら、受付に用意されている針で指先に傷をつけ、魔術具に血の判を押せば登録は完了だ。


 ……余談だが、ある程度魔化が進むと、簡単には針で皮膚を貫けなくなるから、血判を押すのに苦労する。今の俺みたいにな……

 仕方なく自分の歯で指先を噛み切る羽目になった。


 こうして登録した情報は、どういう仕組みかは知らんが、一瞬で世界中の組合に共有される。

 だから登録は一回で済むし、新たにパーティメンバーが加わった時に、わざわざ最初に登録した街まで戻る必要はないってことだ。

 非常に胡散臭い謎の技術だが、便利なことだねえ。


「さて、登録も済んだことだし、適当に依頼を見繕うか」


 晴れて正式なパーティとなった俺たちは、受付から離れた場所にある掲示板の前にやってきた。

 ここには朝イチで様々な依頼が貼り出される。狩人たちはその内容を吟味しつつ、早い者勝ちで受注するって寸法だ。

 だからまあ、のんびりやってきた俺たちの前には、大した依頼は残っちゃいない。

 残っているのは割に合わないもの、難し過ぎるもの、そして……


「これでいいんじゃない?」


「廃鉱山の魔獣駆除か」


 恒常的に貼り出されている、街からの依頼だ。


「基本報酬なし。駆除した魔獣の証明部位を持ち帰り、時価により報酬を算定……よくあるやつだな」


 街の近くに現れる魔獣のように定期的に駆除する必要があるものは、こうして無期限の依頼として特別枠で貼り出されている。

 こうした依頼はほとんどの場合、かなり安く設定されているものだ。

 その代わりに期限もノルマもないから、今夜の宿代もないような食い詰め者の小遣い稼ぎや、新人なんかが力試しに受けるのにうってつけってわけだ。


「判断はリーダーに任せるよ」


「うん……まあ、いいだろ」


 リーダーか……何か変な気分だな。

 昨日の話し合いの時点で決まってはいたものの、俺みたいな自己中心的な奴がリーダーで本当にいいのか? という気持ちがある。

 つってもまあ、今のところメンバーは二人しかいないからな。増えたらまたその時に話し合えばいいか。


 そんな訳で俺たちは、廃鉱山へと向かうことにした。

 この依頼に限って言えば、組合の受付に話を通す必要はない。フラッと鉱山に入って適当に魔獣を狩り、証明部位を持ち帰ればいいだけだ。

 もちろん、知識と余裕があるならば、価値のある魔獣の肉や素材なんかも持ち帰って、換金したっていい。自分で食っちまってもいいしな。

 そのへんは基本的に自由だ。


「ヴァル……一つ聞いてもいいかな?」


 組合を後にして、街を出た辺りで、ミラは変な顔をしながら聞いてきた。


「なんだ?」


「キミ、武器は?」


 問われた俺は、何も持っていない。手ぶらだ。

 そう言うミラも一見すると武器を持っていないようだが、フード付きのコートの下に短刀か何かを忍ばせているんだろう。


「俺の武器は、これだ」


 そう言って俺は、握り拳を突き出した。

 ミラは怪訝な顔で見つめてくる。


「……えーと? つまりキミは格闘師だってこと?」


 昨日の打ち合わせじゃ、俺は戦士だってことしか話してなかったからな。

 ミラの疑問はもっともだ。


 一口に戦士と言っても、扱う武器によって色々ある。

 両手剣を振り回す剣士、片手剣と盾で戦う剣士、槍使い、投げ槍使い、槍剣使い、片手斧と盾、両手斧、長柄斧、片手棍棒と盾、両手棍棒、変わった所じゃ鎌や鉄球、両手に盾なんて奴もいる。そして素手での格闘と……数え出したらキリがねえ。

 他の役割についても同じだ。一口に術師っつっても色々いるしな。


 そんな訳で、戦い方なんか口で説明するよりも直接見た方が早いんだから、事前に申告しなくてもいいだろ……

 ……とか面倒くさがっちまうような性格だから、追放されたのかねえ、俺。


「別に格闘専門って訳じゃねえんだけどな。結果的に、そうなった」


「結果的に?」


 俺はこれまでに、様々な武器を扱ってきた。

 剣、槍、鈍器、斧……一般的なものは大抵、人並み以上に扱える。弓はいまいちだったけどな。

 しかし、どの武器にも共通して言える欠点があった。それは、どんな武器だろうと、いつか必ず壊れるってことだ。

 そしてその「いつか」は戦闘中であることが圧倒的に多い。当然だよな。

 極限の集中力で挑んでいる戦闘中に武器が壊れるってのは、死に直結する非常事態だ。はっきり言って悪夢だぜ。

 魔化が進んだ怪力で振り回されれば尚更、武器の寿命も凄まじい勢いで縮まる。

 そんな信頼できないものに命を預けられるかっつーと、無理だよな。俺は無理。

 だから俺は自然と、武器を使わなくなった。

 武器より自分の肉体の方が頑丈だからな。格闘術に落ち着いたって訳だ。


「キミの馬鹿力に耐えられる武器がないってこと?」


 ミラはどうやら俺の短い言葉から、そういった事情を汲み取ってくれたらしい。


「簡単に言っちまえばそうだ」


「じゃあ防具も似たような理由で?」


 おっ、突っ込まれると思ってたぜ。

 なにせ見た目は普段着だもんな、俺。


「いや、この服が防具代わりなんだよ」


 そう言って俺は、袖をつまんで見せる。

 黒のパンツに黒のジャケット。ちょいと地味だが、質は良い。


「へえ? 特別な素材でできてるとか?」


「その通り。火吹き蜥蜴トカゲの亜種の革をなめして重ねた特注品だ。よく見てみなよ。刃物は通さねえし、熱にはめっぽう強い」


 普通の針も刺さらねえもんだから、仕立て屋にめちゃくちゃ文句言われたけどな。

 おかげでずいぶん高くついたが、俺にピッタリの防具になった。マグマフォージの血は、燃えるほど熱いからな。


「火吹き蜥蜴の、亜種だって!? 珍しいなあ、近くで見てもいい?」


「もちろん」


 愛用してる装備を自慢できるってのは、なかなか悪くない気分だな。

 ミラは俺の胸に顔を近づけて、黒い革の服をしげしげと観察してる。


 ……うーん。やっぱ妙だな。

 これだけの至近距離なのに、女の匂いも男の匂いもしねえぞコイツ。

 どっちなんだ? 気になる。確かめてえー。

 今、ケツとか触ったら怒られるかな? 怒られるだろうな。

 パーティ結成したその日に解散なんてことにもなりかねん。それはさすがにちょっと、恥ずかしい。

 仕方ない、今は自重しておくか……








――――――――――――――――――――

狩人組合:

魔獣を駆逐するために旧帝国の生き残りが立ち上げた組織。いわゆる冒険者ギルドみたいなもの。大陸中に存在し、互いの情報を凄まじい速さで共有できるという謎の技術を保有している。現在、大陸のほぼ全ての地域で言語や通貨、時間や距離や重さの単位が統一されているのは、この狩人組合の働きによるもの。


火吹き蜥蜴:

六足の巨大な蜥蜴のような魔獣。体長は3~8Mくらい。真っ赤な体が非常に目立つ上に群れを作らないため、腕に自信のある狩人たちからはよく狙われる。その名の通り口から火を吹く。亜種は体色が黒いため目立たず、めったに見つからない。


亜種:

何らかの原因により変異した魔獣のこと。通常の魔獣より強力な場合が多い。

変異と進化、亜種と近似種についての研究はあまり進んでおらず、明確な基準がないため、狩人たちが個人の感覚で適当に呼んでいる。

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