第3話 ソロからペアへ

「はじめまして。ボクはミライ。追放師だよ」


 白く短い髪をフードの隙間から覗かせる、やたらと綺麗な顔をしたそいつは、出し抜けにそんなことを言った。


 ……追放師ってのは、要は暗殺者みたいなもんだと、俺は理解していた。

 ターゲットに気取られずに追放術をかける必要があるからな。


 誰だって嫌だろ? 「あんたを追放しろって依頼を受けたから、今から追放術をかけますね」っつって面と向かって術を練られるのはよ。

 追放かー仕方ないねって大人しく受け入れる奴がいるか?

 俺だったら先手を打ってぶん殴るね。


 だったらそんなリスクを負うよりも、影からこっそりと術を使った方が断然、仕事が成功する確率は高いはずだよな。追放師側としては。


 つまり顔が知られてちゃ、仕事になんねえってことだ。

 それなのにコイツは……いきなり自分で追放師だと名乗りやがった。

 一体何考えてんだ?


「……ご丁寧にどーも。立ってないで座んなよ」


「うん。お邪魔するね」


 木のコップを持ったまま、自称追放師は向かいの椅子に座る。

 香りからして中身は果実酒か。いいもん飲んでるね。


「ありがとよ。助かったぜ。あのおっさんに絡まれて困ってたんだ」


「……それって皮肉? キミならあんなの、片手で相手できたでしょ」


「俺は平和主義者なんだよ。今日はな」


「ふーん」


 しかしこいつ、ずいぶん落ち着いてやがるな。心拍、体温も正常だ。

 座るときの重心移動を見るに、役割ロールは斥候か?

 いや、でも追放師ってんなら術師のはず。なら兼業マルチか。


 一つだけ気になる点としては、声を聞いても骨格を見ても、男か女か判別がつかねえってところだな。

 フードに隠れているが、白い短めの髪と、異様に整った顔立ちをしている。

 この特徴だけじゃ種族もよくわからん。

 見た目はガキっぽいんだが……それは俺から見たらそうってだけであって、種族によっては見た目と年齢が釣り合わないなんてよくあることだしなあ。


「お前さん、追放師なのか?」


「うん。そう名乗ったでしょ」


「俺の記憶違いじゃなけりゃ、追放師ってのは自分の正体を隠そうとするはずだが」


「基本的にはそうだね。仕事がやりにくくなるし、逆恨みされるかもしれないし」


「じゃあどうして俺に正体を明かした?」


「信頼を得るため、かな」


「ほお」


 なかなかどうして、堂に入った喋りだ。

 自分は嘘をついていない、信じてくれ、と。そう言っているのがよく分かる。

 普通なら自分のことを追放師だとか言う奴なんざ、冗談が下手な奴か詐欺師かのどちらかだと思っちまうが、コイツの場合はどうやらマジっぽいな。


「てことはアレか。俺に追放術をかけたのはお前さんだな?」


「そうだよ」


 やっぱそうか……

 つーか本人の前にノコノコ出てくるってのは、よっぽどの理由があるのか、それともただのアホなのか。


「なんか俺、ゴミ捨て場で寝てたんだけど」


「あっ……えっと……キミの宿が分からなかったから……その辺にポイッと」


「なるほどな。そんな仕打ちをした相手に正体を明かしたら、ぶん殴られるとか思わなかったのか?」


「あー……ごめんなさい」


 うーん、ただのアホかもしれんなこいつ。

 しっかりしてるようでどこか抜けてる感じがする。


 しかしまあ、追放術を食らったってことは、俺はまんまとこいつにしてやられたってことなんだよな。

 マグマフォージの戦士が相手の腕の一本も取らずにやられたってのは、ちょっと信じられねえが……

 いくら魔化が進んで感覚が鋭くなってても、遠距離から殺気のない攻撃……つーか攻撃ですらねえ魔術を撃たれたら、食らっちまうかもしれねえか。


「まあ、それはいい。話を戻すが、用件は何だ?」


「うん……キミは知らないかもしれないけど、追放術を使うためには、魂力ソウルっていうものが必要なんだけど」


「確かに知らんが……何の話だ?」


「魂力っていうのは、魔獣を倒すと得られるエネルギーみたいなものなんだ。魔気とは別にね」


「回りくどいな。結論を言えよ」


「せっかちだなあ。つまりさ、ボクはキミに追放術をかけた際に、これまでコツコツ貯めてきた魂力を全部使っちゃったんだ。信じらんないよ。どれだけ抵抗レジストするんだって感じ。割に合わないにも程があるよね」


「知るかよ。そりゃお前さんの腕が悪かったせいだろ」


「言ってくれるなあ……あのね、おかしいのはキミの方だから。ボク以外の追放師だったら、まず失敗してたからね。キミ、精神力がおかしいんだよ」


「褒めても何も出ねえぜ」


「でもね、ボクは考えたんだ。こんな規格外の戦士が追放されて、今まさに単独ソロになったばかりだ。これはチャンスだって」


「ふん? 読めてきたぞ」


「どうだろう、ボクとパーティを組んでくれないかな? これまでずっと単独でやってきたけど、いい加減、限界が見えてきてさ」


 嘘じゃねえな。だが、全部が本音って訳でもなさそうだ。

 何か隠してるみたいだが……悪い気配はしない。


「俺は別に、この街に留まるつもりはねえぞ。少ししたら北へ行く」


「うん」


「パーティを組むってのはまあ、別にいいよ。俺もこれから仲間を集めようと思ってた所だからな。だが、お前さんはどこまで一緒に来る気だ?」


「じゃあ契約成立ってことで、その辺も踏まえて詰めていこうか」


 相手にペースを握らせようとしないか。

 まあ、それくらい肝が据わってる奴の方が好感が持てる。


「俺の予定としては……とりあえずこの街で買い物と情報収集をして、金になりそうな依頼があればひとつふたつ片付けて、それから北へ向けて出発って感じだな」


「……何も、聞かないの?」


「あん? 何をだ?」


「キミを追放したパーティのこととかさ。情報源が目の前にいるんだよ?」


「あー……まあ、最初はそれを探るために酒場に来たんだが……よく考えたら、知ったところで今更どうにもならんしな。それよりは、せっかく腕の立つ奴が仲間になってくれるってんだから、そっちを優先する」


「へえ、合理主義者なんだ」


「俺は長耳族ルノスじゃねえからな。単純に時間が惜しいだけだ」


「急ぐ目的があるんだね」


「知りたいか?」


「いや、お互い知り合ったばかりだしね。もう少し段階を踏んでからにしよう」


「紳士な奴だな……いや、お前さん、男か? それとも女?」


「キミは紳士じゃないね」


「あいにく、血と暴力と仲良しなんでな」


「それは怖い」


 そんな風に苦笑して、追放師……ミライは、絶妙なタイミングで酒を呷る。

 うまくかわされちまったな。

 まあ確かに、心配りデリカシーに欠けた問いかけではあった。つっても別に、改めようとは思わねえけど。


「組合にパーティの登録をする前に、お互いできることとできないことをすり合わせておきたいかな。一応明日からは、命を預ける仲間になるんだからね」


「そりゃそうだが……お前さんこそ、先に俺から聞いておくべきことはないのか?」


「先に?」


「例えば、名前とか」


「ああ、それなら知ってるよ。依頼を受けた時に聞いたから。ヴァルリー・マグマフォージでしょ? 愛称はヴァリー」


「そうだな。そんで、そりゃ偽名だ」


「へえ?」


「本名はヴァルカン。ヴァルカン・マグマフォージだ」


「仲間に偽名を名乗ってたってこと? 組合にも?」


「そうだ。覚えてねえが、用心してたんだろう。邪術には名前を使うものもある」


「今は本名、教えちゃっていいの?」


「今の俺には偽る理由がない」


「……まあ、あの抵抗力を見せつけられたら、そりゃそうかって感じだね」


 魔化が進んだ今となっては、名前を起点とした邪術や呪いの類なんざ、警戒にも値しない。

 そう考えると、俺が所属してたパーティは、俺が駆け出しの頃に入ったってことだろうな。

 ここまで鍛えさせてもらったってのに、追放なんて結果になるとはなあ。


 困惑や苛立ちはもうない。元のパーティメンバーに申し訳ないとすら思えるぜ。


「それじゃあボクはキミのこと、ヴァルって呼ぼうかな。短い方がいいでしょ?」


 こいつ、単独でやってたとか言ってた割に、わかってるじゃねえか。

 呼び方が短い方がいいってのは、戦闘中の話だ。一瞬で形勢が変わる戦いの最中では、呼吸一つぶんの無駄が死につながることもあるからな。


「じゃあ俺はお前さんのことを、ミラと呼ぼう」


「ふふ、たった一文字を削るの? いいけどさ」


 ミライ、改めミラは、面白そうに笑った。

 なかなか魅力的な笑顔だな。

 もしコイツが女だったら、と期待しちまうくらいには。








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長耳族ルノス

頭の上から長い耳がびよーんと伸びているのが特徴的な種族。非常に長命で、独特の価値観を持つ。他種族と関わることを嫌う性質があり、めったに出会うことはない。


穴蔵族ドルス

低い身長とがっしりとした体型が特徴的な種族。金と酒が好き。数字に強く、商才がある者が多い反面、落ちぶれる者も少なくない。


巨身族タイトス

体が大きい種族。成人の身長は平均して3Mほど。力に重きを置き、戦いを好む傾向にあるが、好戦的というよりも求道者のような価値観を持つ者が多い。


共通種サピナス

これと言った身体的特徴のない種族。ただし、ほぼ全ての他種族と交配できる。他種族との間に生まれてくる子供は必ずしも両親の特徴を半分ずつ受け継ぐ訳ではなく、どちらか一方の特徴のみを備えることも多い。

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