第2話 追放師

 いったい、どこのどいつが有能な戦士を追放しやがったんだ?


 俺は街の狩人組合に併設されている酒場で、安いシビレ酒をあおりながら、そこらを歩いている奴らをジロジロと眺めていた。

 今のところ、見覚えのある顔は一つもない。

 そりゃそうだ。俺はこの街に来たばかりだからな。


 つーかその辺のことは覚えているんだよな。

 この街は確か、サルヴァヘイヴとかいう名前だったか。

 銀の鉱山の近くにできた街で、昔は相当賑わっていたらしいが……まあ、そんなことはどうでもいいか。


 ともかく、この大道沿いの街に俺たちのパーティがたどり着いたのは、昨日か一昨日くらいだったはずなんだ。そこで何かがあったんだろう。

 喧嘩でもしたか?

 わからんが、とにかく我らがパーティリーダーは、組合に依頼してこの俺に追放師をけしかけやがったというわけだ。


 追放師。

 俺も実際に見たことはないが、追放術とかいう特殊な術を扱う奴だという噂くらいは知っている。

 この追放術を食らうと、パーティメンバーの記憶や、それらと関わりがある一連の記憶を失うらしい。


 するとどうなるか?


 自分がどのパーティに所属していたかも分からず、一人で放り出されるわけだ。

 今の俺みたいにな。


 登録されたパーティのリーダーだけが、組合に対して追放の依頼を出せる。そして組合から連絡を受けた追放師が、こっそりとターゲットに忍び寄るって寸法だ。


 気まずい話し合いは不要、逆恨みの心配もない。後腐れなく別れられる。

 パーティ追放の外部委託ってわけだ。便利だね。


 ただし、それなりに依頼料がかかるらしいから、ホイホイ気軽に追放師を使うことはできない。

 逆に言えば、高い金を払って追放師を使ってくれたということは、それだけ尊重されてたってことでもある。

 本当に気に入らない奴相手に、無駄な金なんて鉄貨一枚も使いたくないもんな。


 あるいは……追放したら逆ギレされて何されるかわかったもんじゃないという、恐れがある場合だな。パーティの中で突出して強くなっちまった奴とか。


 ……俺、その可能性あるな。


 おごりでもなんでもなく、客観的な事実として、俺は結構強い。

 強いってのはつまり、魔化が進んでるってことだ。

 魔化ってのは、魔獣をしこたま狩ってきたという証だな。魔獣をぶっ倒すと、奴らが内包している魔気を吸収して体が強化されていく。要は、少しずつバケモノになっていくってことだ。

 狩人の強さってのは言っちまえば、どれだけ魔化が進んでいるか。これに尽きる。


 この世界には、三百年前に大陸の真ん中にでけえ穴が開いて以来、魔獣が我が物顔でうろついてやがる。

 それを狩るのが俺たち狩人。わかりやすいね。


 さて、ざっと見たところ、この組合を行き来してる奴らの中で俺に傷をつけられそうな奴はほとんどいない。

 これは比喩じゃなくて、魔化に差がある場合、刃物を使ったって簡単には皮膚を切り裂くことすらできなくなるんだ。

 魔化が進んだ地上種ニンゲンってのは、もはや別の生き物とすら言えるな。


 だからまあ、そんな強い俺が気に入らなかったパーティリーダーが、自分で言うのは怖いからこっそり追放の依頼を出したってのは……十分あり得る話だが。


 ちょっとショックだぜ。俺、そんなに嫌われてたのか?

 まあ、考えてもわからん。


 仕方ないから俺は、やけ酒を浴びるためと、ついでに俺のことを知ってる奴がいないか観察するために、昼間っから酒場に顔を出したってわけだ。

 魔化が進むと毒が効きにくくなるから、酔うこともできねえんだけどな……


 ともかく、初めて来た街で俺のことを知ってる奴ってのはつまり、元パーティメンバーってことだ。俺の姿を見て不自然な態度を取るやつがいれば、とっ捕まえて話でも聞けたらと思ったんだが……


「おい、ニイちゃん。さっきから何ジロジロ見てんだよ」


 こういう変なやつが引っかかっちまうんだよなあ、酒場ってのは……


「別に見てねえけど。おっさん、俺のこと知ってんの?」


「ああ? 知らねえよ。喧嘩売ってんのか?」


「売ってねえよ。つーか、飲み過ぎじゃねえの? 絡むなら相手をよく見てからにしろよ」


「男の体を眺める趣味はねえってんだよバカヤロー」


 駄目だこりゃ。完全に酔っ払っちまってる。

 シラフで俺に喧嘩売ろうなんて奴は、そうそういないだろう。

 なにせ俺は、見た目からしていかつい。

 巨身族タイトス共通種サピナスの混血だから、身長は2Mマードと30Cセーシュはある。

 しかも結構な筋肉質。

 眼の前の太った穴蔵族ドルスらしきおっさんとは見た目からして違う。

 つーかそもそも、それなりに魔化が進んでる奴なら、その眼で見れば相手の力量くらいは理解できるはずなんだが……わかんねえってことはつまり、こいつは狩人じゃないんだろうな。

 まあ、穴蔵族は無類の酒好きだから、酔えなくなるなら死んだ方がマシだっつって狩人になりたがらない奴がほとんどらしいけど。


「おい、何黙ってんだよ。怖気づいちまったか?」


「どっか行けよおっさん。弱い者いじめはしたくねえんだ」


「なんだとこの野郎! 俺を誰だと思ってやがる……!」


 知らねー。誰だろね。

 もし有名なヒトだったとしても、俺この街に来たばっかだから知ってるワケねえんだよな。


 面倒くせえなと思いつつ、ぐいっとシビレ酒を呷る。

 舌がピリピリするこの安っぽい味、たまんねえな。

 どうせ酔えないからいいんだけどさ、ちょっと水で薄めすぎじゃねえか?


 そんなどうでもいいことを考えながら木のコップを下ろすと……不思議なことに、もうそこにはおっさんの姿はなかった。


「ねえキミ、相席いいかな」


「ん、おお……」


 代わりにいたのは、フードを被った小柄な奴だった。

 見れば、さっきのおっさんは向こうで壁とキスしてやがる。

 こいつがやったのか。結構やるな。


「はじめまして。ボクはミライ。追放師だ」


 ……あぶねえ、危うく酒を吹き出すところだったぜ。








――――――――――――――――――――

大道:

狩人組合の前身となった組織が整備した道。大陸の外周、比較的弱い魔獣しか現れない地域を通り、ぐるりと大陸を一周する。


シビレ酒:

薄いビールのような酒。安い。ピリピリする喉越しが狩人に好まれる。


地上種ニンゲン

知性と文化を持ち、言語などによるコミュニケーションを可能とする、二足歩行の生物の総称。様々な種族が存在する。略してヒトと呼ばれることも。


Mマード

白光結晶と呼ばれる石に光の魔術を当てると、術者と石の距離や石の大きさを無視して全て同じ大きさの光の円が投射される。旧帝国ではこの性質を利用し、光の円の直径を1Mマードとした。1Cセーシュはその100分の1の長さ。

ちなみにこの白光結晶に魔気を流すと振動する。この振動1回の長さが1秒と定められている。

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