第5話 廃鉱山へ

 ミラの性別はどっちなのか? という問題は個人的にはかなり重要なんだが、今はひとまず置いておくとしよう。


 気を取り直して、俺たちは廃鉱山に足を踏み入れた。


 かつては毎日のように煙を吐き出していたであろう工場跡が、長い年月をかけて土と植物によって侵食されている。

 そんな朽ちた石造りの建物の間を進んでいくと、やがてぽっかりと口を開ける坑道の入り口が見えてきた。


 こうした入り口はあちこちに開いていて、そこから魔獣が入り込んだり、中に魔気が溜まって魔獣が発生しちまうらしい。

 魔獣はこういう穴ぐらが好きみたいだからな。定期的に駆除しないと、あっという間にあふれちまう。


「お? こいつは……」


 洞窟の中に入ってしばらく進むと、小さな明かりが見えてきた。

 採光用の穴じゃないな。高い天井に電球がぶら下がってやがる。マジか。


「驚いた? サルヴァヘイヴでは採掘跡の一部を利用して、地熱発電をしてるんだ。蒸気が上がっているのが街からも見えたでしょ? これもその恩恵なんだよ」


 ミラが得意顔で説明してくれる。


 地熱発電ね……仕組みはよく知らんが、電気を作ること自体はそう難しくはないらしい。金属の線を巻き付けたものの近くで磁石を動かせばいいだけだとか。

 ただ、それを継続的に運用するのは大変だと聞いたことがあるが……こうしてきちんと電気が使われているのを見ると、しっかり仕組みが作られてるんだな。どんだけ金がかかるんだろうね。思い切ったことをしたもんだ。


 まあ、とにかくあの街は景気がいいってことだな。

 どうりで夜の街が明るい訳だぜ。


「こんなところにまで灯りを回す余裕があるのか。ここは廃鉱山なんだろ?」


「新人の狩人を育成するためなんだって。道も広いでしょ? 決まった経路の、それもごく浅い部分に限られてるけどね」


 なるほど、そういうことか。


 一定の段階まで魔化が進めば、明かりがなくても暗闇を見通せるようになるが、新人ではそうはいかない。だからこうして手助けをしてやることで、比較的安全に狩りをすることができるって訳だ。

 ズブの素人をそこそこの素人にまで促成栽培するために用意された狩り場ってところかな。


「ここは、実戦に近い訓練場みたいな扱いなのか」


「そんなところ。魔獣の駆除と新人の育成を同時に行えるし、安全に強くなれるっていう噂が広まれば、各地から人が集まってくる。人が増えれば経済も活発になって、街は大きくなっていく……かもしれない」


「ここで育った狩人のうち何割かが定住すりゃ、街の安全性も高まるかもな。よく考えたもんだ」


「ずっと前に町長が新しくなってから、一気に改革が進んだんだって。発電所を作ったのもその人らしいし。彼はやり手だよ」


「ふーん。大したもんだ」


 街の様子を見た限りじゃ、今のところその施策は成功しているみたいだな。今後もうまくいけばいいがね。


 世間話をしながらも、歩く足は止めず、警戒も怠らない。

 魔獣はヒトを襲うのがお仕事だからな。明るいからって気を緩めていいのは自殺願望がある奴だけだ。


 しばらく通路を進むと、結構な大きさの広場に行き当たった。

 一気に暗闇が濃くなる。どうやら電灯のサービスは通路限定らしい。


「ヴァル」


 ミラが口を開くのとほぼ同時に、俺は地面を爆発させる勢いで蹴りつけて跳躍していた。


 わかってるぜ、ミラ。左手の壁沿いに2匹。右奥に1匹だな。俺は多い方をやる。


 一瞬で戦闘態勢に入った頭が、思考を加速させる。空気がドロリと粘度を増したような感覚は、マグマフォージの血が戦いの喜びに震えている証だ。


 壁にへばりついている魔獣は、黒毛蜘蛛に見えるが……やけに小さいな。どっちも1Mマードくらいしかないぞ。幼体って訳でもなさそうだが、魔気が少ないせいかね。


 推察しながらも、体は思考から切り離されたようにしっかりと仕事をする。

 俺の体はひどく前傾し、地面と平行になるような勢いでカッ飛んでいく。

 遠くに見えた壁は一瞬にして目の前だ。

 魔獣どもはようやく俺の存在に気付いたようだな? だがそれじゃあ遅すぎるぞ。


 両手を地面につき、慣性を利用して脚を振り回す。音の速度を超えた足先が空気の壁を打ち破り、その破裂音が坑道に響き渡った時には、すでに2匹の魔獣は原形を留めていなかった。

 響いた音は一度きりだ。

 風車のように、右足と左足を振り回し、同時に二匹の魔獣を打ち据えてやった。


 小さい見た目通り、脆い敵だ。これじゃあ準備運動にもならねえな。

 そのまま空中で回転して勢いを殺してから着地し、さてミラの方はどうかなと様子をうかがう。


 ミラは懐から取り出した弾弓で、右奥の魔獣に向けて二発撃ったところだった。

 あっちの魔獣は腐れ袋だな。背中が異様に膨らんでいる、でかい蛙みたいな奴だ。

 ちょっと珍しい魔獣だが、出会って嬉しい敵じゃないことは確かだ。

 名前の通り、クセーんだよな、アイツ。

 背中の袋には毒液が詰まっているんだが、それがじわじわと染み出して体を覆っていて、とんでもない悪臭を放ちやがる。


 ミラの放った弾があの魔獣を貫いて、腐った毒液がそこら中に撒き散らされ、坑道いっぱいに最悪な臭いが充満する……そんな未来を想像して俺は顔をしかめていたのだが、幸いなことにその予想は外れた。


 二発の弾が直撃した腐れ袋が、一瞬にして凍りついちまったからだ。


「スゲーなおい。ありゃ魔術か?」


「うわっ、ヴァル。一瞬で距離を詰めないでよ。びっくりするじゃないか」


 俺が声をかけると、ミラはビクッと肩を震わせてから非難の眼を向けてきた。


「わりーな、体がまだ戦闘態勢なもんでよ。死んでんのか? あれ」


「うん。鉛の弾に魔術を仕込んで撃ったんだ。体の奥深くまで貫いたところで凍ってるから、間違いなく死んでるよ」


 自信満々に言うところを見ると、ミラが腐れ袋を狩るのは初めてじゃなさそうだ。

 迷いなく氷の魔術を使ったってのも、手慣れてる感じがするね。


「そんな魔術の使い方は初めて見たぜ。何よりアレの臭いを封じながら倒せるってのは最高だ。やるじゃねえか」


「……キミの動きを見た後だと、微妙に褒められてる気がしない」


 あれ、おかしいな。俺的には最高の賛辞を送ったつもりなんだが。

 つーか、俺の動きをしっかり眼で追いつつ自分の仕事をしてる時点で、十分すごいと思うけどな。


「ヴァルの蹴りはとんでもない破壊力だね。グチャグチャになってるけど、ちゃんと証明部位は残ってるの?」


「そこは抜かりない。手加減してるからな」


 俺は黒毛蜘蛛の残骸から取ってきた長い牙を二組、ミラに見せてやる。


 魔獣を倒した証として死体の一部を持ち帰るのは一般的だが、どこを証明部位とするかは狩人組合で定められている。

 当然ながら魔獣によって証明部位は違うので、そういう知識を頭に叩き込むという頭脳労働も狩人には必要だ。

 まあ、事前に魔獣の情報を仕入れておくのは狩人の基本だからな。未知の敵と出会ったらまず逃げろと教えられるくらいだ。


「仕事も早いね……なんだか、自信なくすよ」


「そうか? お前さんも十分強いと思うぞ。少なくとも、こんな場所で狩りをしているようなレベルじゃないことは確かだ」


「そうかな。それなら、ボクがそろそろこの街を出ようと考えてたのも、間違いじゃなかったってことだね。よかったよ」


 そんなことを話しながら、俺たちは氷の彫像となった腐れ袋の元に歩いていく。

 おお、すげえ。臭いがほとんどしないぞ。こんな倒し方もあるんだな。俺には真似できないが、勉強になるぜ。


「でも凍ってると、舌を切り取りにくくねえか?」


「ちょっとね。でも、ほら。丸まってるから、持ち運びは便利だよ」


「ほお。こうやって口ん中に収納してたのか」


 腐れ袋の証明部位は、長く伸びる舌だ。

 本来ならこの魔獣は舌を使って攻撃してくる。毒は防御用だな。

 ただ、コイツは存在自体が罠みたいなもんだが、舌と毒にさえ気をつければ、かなり弱い部類の魔獣だと言える。単独で現れた場合は、だが。

 他の魔獣との混成で出てくると面倒くせえんだよコイツ。うっかり攻撃に巻き込んだりすると、毒袋が破裂して戦場がめちゃくちゃになる。


「……おいミラ、舌は取っただろ? なんで魔術なんぞを使ってるんだ?」


「ん、ちょっとね」


 腐れ袋の舌を切り取った後、ミラはそのまま指先に氷の魔術をまとい始めた。

 何をするのかと見ていると、なんと氷の刃で腐れ袋の袋部分を切りやがった!


「おいおい! なにしてんだよ!」


 毒液まで凍りついているらしく、臭いが漏れてくることはなかったが……普通、腐れ袋の毒袋を切開しようなんて狩人はいねえぞ。

 俺がミラの奇行に眉をひそめていると。


「ちょっと待って……あ、あった!」


「ん、なんだそりゃ」


 ザクザクと魔獣の死骸を切り刻んでいたミラは、何かを見つけたらしい。

 その手には、黒光りする石のようなものが握られていた。


「結石……みたいなものかな。腐れ袋の毒液が結晶化したものなんだって」


「うへえ、なんでまたそんなもんをほじくり出したんだ?」


「これはねえ、魔術具を作ってる人に高く売れるんだよ」


「聞いたことねえな、そんな話」


「こんなこと、ほとんど誰もやらないからね。腐れ袋の中に必ずあるわけでもないし。ボクも一度だけ組合で依頼を見つけて、その時初めて知ったんだ」


「いくらくらいになるんだ?」


「この大きさだと、大銀貨5枚くらいかな」


「嘘だろ!? ちゃんと旧帝国貨幣でか?」


「当たり前でしょ」


「マジかよ、全然知らなかったぜ」


 ちなみに、今狩った黒毛蜘蛛2匹と腐れ袋の証明部位を持ち帰った場合の報酬は、相場にもよるが旧帝国銀貨2枚ってところだ。

 二人でメシでも食ったら消えちまう程度の金額だな。

 そう考えると、腐れ袋の結石を探すのはかなり美味いように思えるが……いや、やっぱ駄目だな。ミラみたいに氷の魔術でも使えねえと、割に合わねえ。

 お気に入りの服が臭くなって、しばらく着れなくなっちまうからな。


 嗅覚も狩人にとっちゃ生命線だ。

 火を使う魔獣なんかは遠く離れていても独特の臭いがすることが多いし、探索中に最初に異変を察知するのは案外、鼻だったりする。

 だからこそ、腐れ袋っていう魔獣は厄介なんだよな。


 しかし、ミラが高い酒を飲んでたり、質のいい装備を身に着けてたりする理由がこれでわかったぜ。こうやってコツコツ小遣い稼ぎしてやがったって訳だ。

 ついでに追放術師としての依頼もあれば、更に稼げるしな。

 こう見えて、結構な金持ちなのかもしれん。


「待たせたね。それじゃあ行こうか」


「おう……ところで、こんなカチコチになってても掃除屋クリーナーは片付けてくれんのか?」


 掃除屋ってのは、世界中どこにでも生息している生物だ。

 粘度の高い水みたいな体でどんな場所でも自在に動き回り、どこからともなく現れて、魔獣でも動物でもヒトでも見境なく食っちまう。

 つっても、食うのは死体専門だけどな。

 生きてるモノに対しては基本的には無害だ。

 無機物はあまり好まないらしく、たまに魔獣の素材とかヒトが身につけてた服とかが、半透明の体の中に浮いてたりする。


「そうみたいだよ。今まで残ってたことはないし」


「そうか、それならいい」


 掃除屋は強烈な臭いのする毒も、凍ったデザートも好き嫌いしない、と。

 まったく、助かるぜ。








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発電:

旧帝国時代には電気が大々的に使われ始めていたが、大崩壊によって技術は衰退した。ただ仕組みは単純なので発電自体はやろうと思えばできる。奴隷に棒を回させて発電している国もあるとかないとか。


黒毛蜘蛛:

ふさふさの黒い毛が生えたでかい蜘蛛っぽい魔獣。標準的な体長は2Mくらい。肉は脂が乗っていて美味いが見た目が悪いので好き嫌いが分かれる。(そもそも魔獣を食べることに拒否感がある者も多い)


腐れ袋:

動くトラップとも呼ばれる嫌われ者。正式な名前は「臭袋獣」だが、もっぱら通り名で呼ばれている。

魔獣の中では最弱に近いが、とにかく臭い。移動速度は遅いので遠くで見かけてもスルーした方がいい。


掃除屋クリーナー

スライムみたいなやつだが、魔獣ではない。狩人の中には掃除屋を水筒に入れて持ち運ぶ者もいる。野外で用を足した後に排泄物をすぐに処理できるし、いざという時は煮沸すれば飲み水の代わりにもなる。ただし不味い。


弾弓:

いわゆるスリングショット。パチンコとも。

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