猫の思い出
てると
猫の思い出
かつて私は猫を飼っていた。名前はリオンと言った。環境がコロコロ変わり苦労も多い猫だったと思うが、そもそも私はリオンの来歴もまともに知らない。どこからか取次ぎをする猫カフェに預けられてきて、そこから別居していた私の母親の手に渡り、母親の病気によって私の部屋に来た、というのが実情である。
私は元々犬や猫のことが好きだったが、さすがに唐突に猫と告げられずに荷物のように内側の見えない檻を渡され、開けたら黒猫が飛び出してきたので狼狽したことを覚えている。しかしそこは私の、誰も入れたくない部屋だったので、ともかく逃げる猫と追う私で、部屋の中の存在二体でお互いおろおろしていた。私は猫についてよく知らなかったこともあり、なにか攻撃でもしてくるんじゃないかと思い怖かったのである。そうしていていも埒が明かないので、仕方なくベッドで寝ることにした。
翌日、といっても当時は引きこもりニート生活で昼も夜もない生活を送っていたのであるが、起きると、棚の上から猫が見下ろしていた。とりあえず攻撃してこないことを信じることができたので、日課のPC作業に打ち込んだ。そうしていると猫がなにやらこれまた母親から渡されていた砂場でゴゾゴゾとやり始めたので、何事かと怖かったのを覚えている。何のことはないトイレだったのだが、それを理解するのにかなりの時間を要した。
とりあえずいるものは仕方ないので、餌を与えることにした。さて、与えた時のことは覚えていないが、食べてくれたことに相違ない。多分、だいたいそのあたりから猫は私から触れられることを許してくれるようになったと思う。かなり早く打ち解け、いつからか猫は座っている私の膝の上や机の上に乗ってくるようになった。私は猫を愛したと思う。
堕落し続けるニート生活の只中で、猫と私はひたすら同じ部屋でゴロゴロした。私の鈍った頭で発案する奇妙な遊びに、猫はいつもよく付き合ってくれたと思う。私は、猫が餌を求めれば餌を食べさせ、撫でろと言えば撫で、私が寝れば猫も私の布団の中で寝たので、いつしか猫は太り気味になった。そんな猫を見て、癌で闘病中の母であれ、或いは昼間働きに出ている父であれ、猫の体型の変化を心配していた。私の愛、優しさ、或いは甘やかしと言っていいかもしれない、それは、いつも「ここまで」という区切りをつけない際限のない与えなのである。それは自分自身に対してもいつもそうである。それは飢えた愛、とでも言おうか、たとえ飢えのないときでも過剰にさえ与えるものであって、言うなれば欲望的である。
猫が来て1年とちょっと、母親が死んだ。昼間私が寝ていた時に2階の奥の私の部屋の扉に向かって父親が「お母さんの死なしたぞ」と告げたことを記憶している。だから、私の母との別れの記憶はいつも、父の声とその時に想像された扉の向こうの父の姿である。さて、猫だけが取り残された。父は結局最後まで犬派を貫き通したので、やっぱり猫と一緒に遊ぶのは私だけだった。その頃になると猫は家の中では飽き足らず、ベランダから外にも出していたので、近所にも繰り出していた。帰ってくるときはいつでも外から鳴いたので、必ず私がベランダを開けていた。
それから1年経って、出ていった猫が帰ってこなかった。私はだいたい1日で、ああ、猫はもう帰らないんだと思った。実際にそうなった。
今思う。リオンがいてくれてよかった。リオンが私の遊び相手になってくれてよかった。今もあの猫はどこかでいい人に拾われて健気にやってるんじゃないかと思わなくもないが、望みは薄いだろう。そうだとすれば、むしろ私は甘えさせ放題甘えさせてよかったと思う。
人生のひとときにふらっとやって来てふらっと去っていった猫の追憶であった。
猫の思い出 てると @aichi_the_east
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