魔法使いにはいろいろ必要。

数多 玲

本編

「では、4時間目は『反作用』です」

 また聞き慣れない科目の名前だが、もはや誰も驚かない。

 ただ、反作用というのは物理に含まれるのではなかったか。


「先生、物理ではなくて反作用自体がメインということでしょうか?」

 クラス委員長の佐伯が的確にそこを質問してくれる。本当に頼りになる委員長だ。

「ええ、そうです。別に力の大きさを求めたいわけではないですし、物理的な要素はありませんので」

 なるほど。ではこの授業で求められることは何なのか。

「1時間目にも申し上げたように、強力な魔法には少なからず反作用が存在します。よりよい魔石、よりよい杖、よりよい魔道具を使ったとしても、反作用自体がゼロになるわけではありません」

 ふむ。まあそれはわかる。……という様子を見て取って、なおも先生は続ける。

「ただそれでも、自分の魔法の反作用でフラついているようでは話になりませんし、そんな魔法使いには説得力がないと私は思います」

 ……確かに、とんでもない威力の魔法で一撃必殺という場合なら別だが、通常の魔法でフラついているようでは次の一手も発動が遅くなるな。

「まさにその通りです。次の一手を素早く繰り出すためにも、反作用に耐える力は必要不可欠となります」


 また森に移動してきた。……それなら最初から森で授業をすべきだとちょっと思った。

「森で行う授業はそんなに多くありません。魔法の実習ぐらいです。ただ今日はちょっとその割合が高いですね」

 そう言いながら先生は杖を体の前に出した。銅貨1枚均一ショップでも手に入る、手のひらサイズの練習用小型杖だ。折りたたみ式で、半分にたたむと鉛筆ぐらいの大きさになって筆箱にも入れられる。


「では、ここから1kgの氷を作り出し、前に飛ばす実習を行います。くれぐれも飛んだ氷が周りの人に当たらないよう注意してください」

 ふと先を見ると、おあつらえ向きの沼があった。だいたい20mぐらいの距離か。

「ふむ。ではちょうどいいのであそこの沼に入るように狙ってください」

 そう言うと、先生はおもむろに氷を作り出す。

「これがだいたい1kgだと思います。この大きさをだいたい記憶して、これに近い大きさの氷を作るようにするといいかもしれないですね」

 念のため量ったところ、1001gだった。すげえな。


 生徒たちが各々氷を飛ばす練習をしている。

 正直、1kgぐらいであれば全然たいしたことはないと思っていたが、1秒おきに飛ばす練習、さらにそこからできる限り連続で飛ばす練習に入るにつれて反作用がバカにならなくなってきた。また反作用だけでなく、作り出す氷の大きさにもややバラつきが出てくるようになってきた。

「そうです。集中力が切れてくると、思った大きさの氷を作ることも難しくなるのです。同じように、あそこの沼を狙うことも難しく感じるようになってきます」

 ……確かに先生の言うとおり、最初の数発は順調に同じぐらいの大きさの氷を沼に入れることができていたが、時間が経つにつれて作る氷の大きさだけではなく、沼の端っこに入ったり、そもそも沼を捉えない場合もあるなど集中を続けるだけでひと苦労だ。

 何よりその反作用に耐えきれなくなってきた。クラスの半分以上が撃つたびにその反動で足腰がフラついている。


「ちなみに、スピードはこれぐらい出せて及第点です」

 そう言いながら先生の杖からは、凄まじい量の氷がこれまた凄まじいスピードで射出されている。おそらく秒間10発といったところか。

 ……これ1個食らっただけでもけっこう深刻なダメージ負いませんかね。

 しかもほぼほぼ同じ大きさで、同じスピードで、正確に沼の中央付近に吸い込まれていく。

 そして何より驚くべきは、先生は杖を両手で支えるでもなく、到底片手では抑えきれないであろう数の氷を飛ばしながら微動だにしない。

「それでは少し重さを増やしてみます」

 急に氷の大きさが変わる。比べものにならんほどデカくなった。

 にもかかわらず、射出スピードも射出数も一切変わっていない。ヤバすぎる。

「これで1個あたり10kgです。当たるとおそらく大ケガしますので気をつけてください」

 ……いや1kgの時点で体にメリ込むぐらいの威力だから。万が一頭に当たったら頭蓋骨に突き刺さって一撃必殺ですよ。

「魔法使いたるもの、ほぼ常に防御結界魔法を使っていますからそこまで無防備に食らうものではないでしょう?」

 いやいや、防御結界魔法にどれだけ魔力使うんですか。……というか、防御結界を展開しながらこれほどの氷魔法を連発できるんですか。

「それはあなた方の今後の努力次第ですよ」


 そう言いながら先生は氷の大きさをひとつ20kgまでつり上げてしばらく撃ち続け、そのまま微動だにすることなくデモンストレーションを終了した。

「ふう、久しぶりに張り切ってしまいました」

 先生は少し足下がフラついているようだった。魔力で爆発的に増殖させているとはいえ、氷魔法の原資は体内の水分であるため、あれだけの量を射出したら多少脱水症状気味になったのかもしれない。


 ふと沼を見ると、もはやその体積を大きく超える量の氷をたたき込まれた結果、先生の出した氷が氷山のようになってしまっていた。

 ……そういえばなんとなく寒くなってきた。


「すみません、これ1ヶ月ぐらいはこのまま氷が解けずに寒い日々が続くかもしれませんね」

 さらっととんでもないことを言い放った先生だったが、その意に反して異常気象は3ヶ月続いたのだった。


(おわり)

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魔法使いにはいろいろ必要。 数多 玲 @amataro

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