きまずいヴィランガール【後編】
ボスは、ニルの帰還に反応を示さなかった。
背もたれに預けていた体重を、僅かに、前へ移動しただけだ。
それだけで、ニルの全身に緊張が走る。
「た、ただいま戻りました……ボス……」
「うむ……」
「あの……すみません、負け、ました……」
「そうか」
ボスは、それだけ。
本当にそれだけで、他にはなにも言わなかった。
怒りも呆れもなく……なにもないのが一番、怖い――。
怯えるニルに気づいたのか、ボスは少し考えるフリをして、言葉を選んだ。
「……あれだけ、『楽勝だ』、『片手間でできます』、『帰りに買い物してきていいですよね、ブランドものの服!』――なんて言っていたんだ、予想はしていた……」
「……、……え?」
予想していた? 負けることを?
ニルは戸惑いを隠せなかった。
「はい、そうですね……、分かりやすく調子に乗っているニルを見て、幹部の全員が思いました……――ああ、こいつは負けるな、と――」
ボスの隣に立っていた青髪の青年が、過去を振り返り、そう補足した。
すると、反対側で立っていたもう一人の幹部、金髪の青年も口を開く。
「わっかりやすい負けフラグを立てていきやがったからなあ……、あの時のお前に、誰も期待なんかしてなかったぜ?」
「え? ……はぁ?」
「ニル先輩っ、負けてきまずいから帰りづらい……なーんて思っているようですけど、こっちは先輩が勝って戻ってくるとは思っていませんよー。なので、負けてもなんとも思わないです――なので安心してください。
ほらほら、そんなに縮こまらないで、いつも通り堂々と、胸を張ってくださいよー」
「負けて胸を張れるわけないでしょ……、というかあんたら、あたしが負けるって、分かってたってことなの!?」
幹部三人が顔を見合わせ、頷いた。
「出撃前の、あの喋れば喋るほど勝率が下がっていく様は、逆に見ていて気持ちが良かったですよ……、誰もなにも聞いていないのに、口だけが回っていましたよね……。あんなの、負けてきます、と言っているようなものです。
不安ゆえに口が回るならまだ可能性はありましたが、自信満々だからこそ口が回っていて、しかも止まらないとなると、もう完全に負け戦にいくようなものですよね」
「じゃあ止めなさいよ!! 負け戦に送り出したってことよね!? 結果、こうして爆散せずに戻ってこれたからいいものを……、一歩間違えれば、あたしはこの場に戻ってこれなかったのよ!?」
「なら聞きますけど……あの時、止めていたらあなたは止まりましたか? あれだけ自信に溢れて、調子に乗っていれば、止めるだけ無駄でしょう……なら、背中を押した方がいい」
「いや、なぜ押す」
「止めて不機嫌になったまま、戦いに出るのはさらに危険ですから」
「…………」
これには言い返せなかったニルだ。
「それに、ボスだって止めなかっただろう?」
「…………」
「ちょっと、ボス?」
影に紛れるボスは、さらに濃く、姿を隠していた……、そういう能力を持っているとは知っているが、この場でそれを使うということは、肯定していると同義だ。
ボスも、ニルを引き止めるつもりはなかったのだ……。
「――ボスも、あたしに負けてこいって意味で、送り出したんですか……?」
「……勝負は、分からないものだ……、万が一も、ある……だから、任せてみたんだが……案の定、お前は負けてきた――だが」
負けて帰ってはきたが、なにも得られなかったわけではない――とボス。
「ヒーロー陣営の新兵器を、引き出した上で、こちらは幹部を失うことが、なかった……これは大きい。それに、圧倒的な自信を砕かれたことで、お前はすぐに逃げに徹したな? だからこそ、負傷はしたものの、戻ってこれたんだ……、良い判断だった」
「確かに、よく帰ってこれたもんだよな……、新兵器で爆散してもおかしくなかったのにさ。そこを突破できたのは、さすが、幹部だぜ――ニルの強さがあらためて証明されたわけだ」
「そ、そう?」
「負けても幹部だな、見直したぜ」
「あんまり負け負け言わないでくれる?」
すると、ニルの背中に衝撃と重みがかかり……、背中にしがみつかれているようだ。
「先輩っ」
「ちょっと! なに背中にしがみついて……! 回復中なのよ、病み上がりなの!」
降りろ、と先輩の立場で命令したが、後輩は聞く耳を持たなかった。
「いいじゃないですかー。黒星がついたなら、今はわたしの方が上、ってことですよね?」
「…………はぁ?」
「負けて、すごすごと逃げ帰ってきた先輩は、わたしよりも下ですよねって――そう言ってんのよ。年功序列ではなく、実力主義の組織なんだから……、もう先輩じゃないよね、ニル――。あー、喉が渇いてきたなー、ニルちゃん、買ってきてくれる?」
「…………」
「早くしてよお」
「……分かりましたよ、ロッサ先輩――」
意外にも、素直に応じたニルが、踵を返して飲み物を買いに出かけた。
アジト内の売店で飲み物を買い、ロッサの元へ戻る途中で、
「ひやひやしたものですよ……でも、まさかニルがロッサの命令を聞くとは。確かに実力主義ではありますけど、元々の上下関係が崩壊するほどのものではないはずです……なので、この機会に乗じて甘い蜜を吸おうとしているあの子を、シメてもいいですよ?」
「いや、いいわ……あのままでいい。いくところまで、つけあがらせるわ」
そうですか、と――今回の失敗を反省しているニルの自罰、と解釈したが、しかし、青年は彼女の思惑に思い至る。
「……まさか、あなた」
「気づいた? そうね、うんと調子に乗せてあげるわ。それで勝てるならいいけどね――あいつも、あたしと同じように、調子に乗ってヒーローに挑んで、そして派手に負ければいいわ。あたしという敗北者の前例を見ていながら、同じ失敗をすれば……、あいつはあたしよりも下だって証明ができるのよ……。ふふふ、くふ、ははっ……、今から楽しみね。あいつが地を這いつくばって、許しを請う姿が目に浮かぶわあ……楽しみだぁ――」
根っからのヴィランなので、やはり笑い方は様になっている。
「……元先輩なら、教えてあげればいいでしょうに……まあ、馬鹿にされたことへの復讐なら、仕方ないですか……それが【ヴィラン】、ですからね」
「あんたもよ。そういう余裕を見せている態度も、いざヒーローに挑んで負けた時、過去を振り返って恥ずかしくなるわよ……? 負けた分際で、なにを自分は余裕を見せた大人の態度を取っていたんだ、って……卑下が止まらなくなるわ」
「これは性格ですので……。でも、気を付けますよ。実体験からの忠告は、聞いておくべきですから」
「自覚はあるけど、あんまり実体験ってことを言葉にしないで。また思い出すでしょ……っ!」
「いや、忘れないでくださいよ? 我々ヴィランもヒーローと同じように、失敗を重ねて成長していくのですから」
…了
Hz:へるつ(短編集その14) 渡貫とゐち @josho
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