きまずいヴィランガール【前編】
「はぁ、はぁ、はぁ……やり過ぎじゃない? 片腕、吹き飛んでるんだけど……」
薄暗く、狭い路地に逃げ込んだ赤髪の少女がいた……名前はニル。
所属陣営は【ヴィラン】――しかも組織の中でも五人しかいない幹部だ。
世界のヒーロー共が狙う指名手配犯であり、要注意人物。
そんな彼女が片腕を失うという大きな負傷を抱えているのは当然、ヒーローにやられたからだ……、遠慮がない? 当然である。
ヒーローは彼女を――ヴィランを、殺すために攻撃をしているのだから。
彼女がこぼした『やり過ぎじゃない?』という問いに答えるならば、全然、やり過ぎじゃない。ヴィランによって殺された、半人前のヒーローたちはもう数え切れないほどだ……、その復讐だと思えば、片腕一本は、足りないくらいだった。
さらに負傷を抱えていてもおかしくなかったのだが……、運は彼女に味方した。
敗北こそしたものの、ヴィランの死亡を決定づける爆散はしなかった……、爆散さえしなければ、ヴィランは負傷も回復するし、再び、ヒーローの前に現れることができる。
……回復の後、万全の状態で、だ。
今の状態で追撃され、今度こそ爆散されることがなければ、だが。
「……時間が経てば回復する、けど……こんな姿じゃ町中にはいられないわね……。早くアジトに戻りたいけど……――あー、戻りにくいわあ……」
アジトの自室でゆっくりと回復に努めたいが、帰りづらい理由がある。
負けたから、なのだが……しかし負けたこと自体が、ではない――出撃直前に、ボスを含め、他の幹部たちに、大見得を切ってしまっている……、かなり大口を叩いて……ようするに振り返ってみても恥ずかしいほどに、調子に乗っていた。
あれだけ大言壮語を口に出しておいて、負けて帰るのは、その……恥ずかしい――。
なにを言われるか分かったものじゃない。
いや、なにを言われるかは分かっているのだけど。
(うぅ……ほんと、どうしよう……どうすれば――)
こうして悩んでいるのも、全てはヒーローのせいだ……ヒーローが、倒れてくれれば……。
「あーもうっっ!! さっさと倒れなさいよ、ヒーロー共めっっ!!」
まったく同じことを、ヒーロー側も思っていることだろう。
アジトは離島にある。なので一般の交通ルートを使うと乗り換えも多く、時間もかかる……幹部の権限で、アジトへ直通している地下鉄を利用することができるのだが……しかし、今回は使えない。負けて戻ったことがすぐにばれる……。
いずればれることとは言え、できるだけこっそりと帰りたいものだった。
「やっぱり一般の電車を使うしかないか……、時間がかかるけど……おかげで吹き飛んだ片腕が、戻る頃には治っているだろうし、ちょうどいいかな……」
最低限の形が戻るだけで、感覚は麻痺しているだろうが……、アジトにさえ戻れれば、あとは回復に努めれば明日には完治しているだろう。生活しづらいのは今だけだ。
「替えの服、持ってきておいて良かった……。ヒーローに勝ってから、買い物して帰ろうと予定していたのが上手くはまったわね……、まあ、負けてるから買い物なんかできるわけがないんだけど……」
そんな気分ではもうない。
戦闘でボロボロになった服を替えてから――切符を購入し、電車に乗る。
車内販売に気を取られ、ついつい、財布を開けてしまった……。
(……お弁当くらい、買っていいよね? 負けた分際でなに贅沢に弁当なんか食ってんだ、って突っ込まれたりしないよね……? 別に、出撃費用として請求するわけじゃないし、これはあたしの自腹だし! これくらいさせてよね!)
多少高かったものの、思い切って買ってやった。
負けたことをこれで忘れられたらいいけど、さすがにそこまで甘くはなかった……。
「でも、美味しい……。あぁ、せめて、これを食べて気持ちを立て直さないと……」
アジトに帰還するだけだが、一般ルートは時間がかかるので、まるで一人旅だ。
反省する時間……、だけど反省なんてしたら、いつまで経っても立ち直れないだろうけど。
出撃時よりも倍以上の時間をかけて、アジトへ帰還する。
門番に気づかれないように、秘密の抜け穴からこそこそとアジトの内部へ――。
自室へ戻ろうとしたが、アジトに足を踏み入れた時点でボスにはばれているだろう……、そもそも、体内に発信機がついているので、負けてから帰ってくるまでの動向も完全に掌握されている……。報告もなしに自室でのんびりはできない。
なのでニルは、重たい足(怪我ではなく)を引きずりながら、ボスと幹部が集まる部屋までなんとか歩いて、辿り着いた。
扉が目の前にある。
鉄ではない……普通の扉だ。
「(みんな、集まってるよね……たぶんあたしが負けたって報告はもう第三者からされているはずだし……、あー、きまずい。数時間前のあたしを、この拳でぶん殴ってやりたいわね。なにが『ヒーロー程度、楽に勝てるでしょ』、だ……ヒーローの新兵器が出てきて戸惑ったせい、だって言えるけど……その理由はあまりにも……言い訳だ。そう指摘される。あれさえなければあたしが勝ってた、なんて、それを言い出したらさらにダサいし……)」
頭の中で色々と考えながらも、止まってもいられない……彼女の手がドアノブにかかった。
「……扉が、重い……」
「え、軽いじゃん」
あ。
と、ニルがこぼすよりも早く、扉が開いた――開いてしまった。
背中を押されるように、ニルの体が前へ。
慌てて振り向けば、ニルと同じく幹部の一人――その少女がいた。
紫色の長い髪を持つ少女だった。
毛先が【ヘビ】の口になっているヴィランである。
「ニル先輩、負けたんですよねー。よく帰ってこれましたね……、爆散していないなんて、ラッキーじゃないですかあ」
目元どころか表情も見えにくい彼女だが、代わりなのか、髪の毛が動き、毛先の口がぱくぱくと感情を表現しているので、彼女が先輩を煽っていることはなんとなく分かった。
怒らせることで元気を出させようとしているなら――気持ちは嬉しいが、下手である。
もっとやり方があっただろうに。
「ロッサ……」
「ほら、さっさと中心までいってくださいよー。負けましたーって。もう知っていますけど、自分の口で、報告しないといけないですよー?」
ぐいぐい、と背中を押され、部屋の真ん中へ。
ニルが立った場所から数メートル先には、玉座に座るボスと――その周囲に立っている、二人の幹部がいた……。残りの一人は……まだ地下で研究をしているのだろう。
いつものように。
「あの、ボス……」
…続く
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます