探偵学科の殺人姫(さつじんき)


「相変わらず優秀だな……探偵学科の卒業生は――」


 連続殺人事件に手を焼いていた俺たちは、二十歳になったばかりの少女に助けられた……、警察上層部は彼女たちに頼ることを恥と感じているらしいが、使えるものは遠慮なく使ってしまった方がいいだろう。

 おかげで、今後、犠牲になっていたかもしれない人たちを救えた……ただそれを考えてしまうと、これまで犠牲となった六人の被害者には申し訳ないけれど……。


 もっと早く、俺が彼女に(上層部には無断で)コンタクトを取っていれば……、助けられた人たちだったかもしれない。


「どうでしょうか、それは分かりませんよ? 先日殺された被害者の現場に残っていた手がかりがなければ、犯人を特定することはできませんでしたから。

 六人の被害者がいたからこそ、連日世間を賑わせていた連続殺人犯を捕まえることができた、とも言えます……。五人では、四人では難しかった、となれば、早い内から私を呼んでも、やっぱり犯人を捕まえられたのは六人目の犠牲者が出てからだった、かもしれませんね――」


「……慰めはいらねえよお」


「慰めてませんけど。私のことを高く買ってもらっているのは嬉しいですけど、だからって過度な期待をされても困りますし。期待値が高過ぎることで、平均的な成績を出して文句を言われて、卒業した学園の看板に傷がつくのは望んでいないですから」


「……探偵高度育成学園……か」


 将来の名探偵を育成する学園だ――、当初は数ある中の一つの学科だったそうだが、世界的に有名になった名探偵を輩出したことで、その知名度がうなぎのぼりに上がった。

 それ以来、普通科と探偵科の二種類に(統合され)分かれることになり――さらにその中でも細分化されていき、推理科、殺人科などがあるらしい……。

 彼女は推理科の卒業生である。


「殺人科ってのは、物騒な名前だな……」


「ですよね。当時も人気はあまりなくて……まあ、探偵科に属している時点で必ずどちらも学ぶことにはなるんですけど……。どっちを重視するかの違いですね。

 私も、推理科ですが、殺人科の授業も受けていましたし……」


「殺人科ってのは、なんだ……?」


 勉強不足を晒すことになってしまうが、ここは恥を覚悟で聞いてみる――まあ、年下の、しかも二十歳になったばかりの少女に警察が助けを求めた時点で恥ではあるので、今更ではある。


 彼女はそんな俺の躊躇など知ったことではない様子で、すんなりと教えてくれた。


「犯人の気持ちになって事件を組み立てる――ですかね」


「…………?」


「逆算、ですよ。推理科は現場にある情報から答えを導き出しますが、殺人科はどうやったら殺人を隠蔽できるか、自身が逃げられるかを考えます。

 探偵や警察がなにを注意するのかを知れば、犯人の逃げ方が分かりますし、犯人がどういう心理で事件を起こしたのかを知れば、推理の仕方が分かってきます――

 今回の事件も、私は犯人がどういう思考で殺人をし、逃げているのかを授業を思い出して導き出したので……だから謎が解けたんですよ」


 探偵と犯人の心理を知っているからこそ、両方の面から考えることができる……。


 なるほど、探偵はこうして成長し、名探偵になっていくのか――。


「弊害もありますけどね」


「……なにかまずいことでもあるのか?」


「ありますよ。だって犯人の思考を想像するんですよ? もしかしたら途中で完全犯罪を思いついてしまうかもしれないじゃないですか。それを実際に利用されたら――誰も解けない事件が起こってしまいます……。未だに解決していない、半分迷宮入りしている事件が複数ありますよね……? きっと、犯人は殺人科の卒業生……かもしれませんね」


「おい――おいおいおい!? ってことは、学園は殺人犯も育てちまってるってことか!?」


「人聞きの悪いことを言わないでください。学園が望んでいるわけないでしょ……、諸刃の剣であることは否定しませんけど……。

 そりゃ、世界で通用する名探偵を何百人と輩出していれば、数人の大犯罪者を生み出してしまうこともあります……。そもそも探偵科でなくとも、有名な学校から犯罪者が出ていることなんて珍しいことでもないですよ――犯人が捕まっているか、捕まっていないかの違いで……。

 殺人科の卒業生は、警察から逃げるのが上手ですからねえ……」


「……ってことは、消息不明の生徒を探せば、その子が容疑者なんじゃないか……?」


「殺人科の卒業生が逃亡生活なんてするわけないでしょう。大量殺人を起こしても普通にいつも通りに過ごしていると思いますよ……。卒業生は手がかりを残さない犯人です。推理科でも謎は解けません……、学生時代に演習がありましたけど、成績上位の殺人科の生徒に、私は一度も勝てなかったですから――」


 彼女が言った。

 殺人科の生徒が作成した殺人事件は、結局、卒業するまで謎が解けなかったのだと。


「――誰にも捕まえらない殺人犯は、今もどこかで普通に過ごしていると……?」


「かもしれませんね」


 なーんて、冗談ですよ、と言いそうな彼女の微笑だったが、こっちは笑えなかった。


 冗談には思えなかったのだ。

 探偵科の教育のカラクリが分かったところで、同時に犯罪者も輩出してしまっていることにも納得がいく。そしてここ数年で増えてきた迷宮入り事件は……思えば、一人の名探偵が結果を出し始めた頃から増えていた。そう、学園が、探偵科に力を入れ始めた頃である――。


 名探偵の背中を追う若い探偵たちが増え始めたと同時。

 その影に隠れ、ひっそりと、難敵も生まれていて――。



「大丈夫ですよ」


 と、探偵かのじょが言った。


「あの子は私が捕まえます」


「あの子……? まさか、心当たりでもあるのか?」


「ちょっと……喧嘩中の同級生がいましてね……、まあ、とは言ってもいつでも連絡が取れますし、たまに遊んだりもするんですけど……、あの子は性格がひねくれているので、もしかしたら――って思いまして。

 殺人科の卒業生ですし――まあ、それだけであの子が犯人であると決めつけるのは早計ですし、仮にあの子が犯人だったとしても、証拠がないのでどうしようもないですよね」


「……それは、まあ……」


「だから……私が解きますよ」


「友人を疑うことになるぞ」


「はい。そんなの昔からです。

 私とあの子の模擬戦は、今もまだ終わっていませんから――」




 …おわり?

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