下巻・代役のデスゲームマスター【番外・回想】
湯舟には入らず、まずは体を洗う。
シャルルは母親に体を預け、されるがままだった。
『痒いところはない?』
『はい……』
『大将と遊んで、嫌なこととかされなかった? 遠慮なく言ってね。可愛い子を前にしてあいつがなにもしないわけがないんだし……、嫌だって、あいつに直接言えなかったら、私に告げ口していいから。私があいつをボコボコにしてあげる』
『…………あたし、は』
『うんうん』
『たいしょーくんの、妹、なんですか……?』
『たいしょーが言ったの? ……うぅーん、もしも、シャルルちゃんが正式に私たちの家族になるなら……、妹……誕生日によっては姉になるわね。でもね……、シャルルちゃん、はっきり言っちゃうけど、私たちも家計的に厳しいのよ。あいつと、シャルルちゃんを育てるのはね……。
あいつは片手間でも子育てできそうなくらい、一人で立てるとは思うけど、それでも巣立ちができるわけじゃないから……やっぱり疎かにはできないのよ。あれでも一人息子だし、私たちの宝だから……』
『はい。たいしょーくんを優先してください。あたしは……、邪魔者です……』
『邪魔とは思っていないわ。シャルルちゃんの面倒を見るくらいなら大した手間とは思わないし……、私たちが問題にしているのはやっぱり金銭面なのよ。
学校って、内容以上に金を取るのよねえ……、もっと安くできるでしょ』
『学校が、嫌い……?』
『私はね。ま、無駄とは言わないけど……親友とも出会えたし。勉強面での教育よりも、友達と同じ時間を過ごす、その機会と出会いにお金を払っていると思えば安い、と思えるのかもねえ……。自己暗示で誤魔化しているようなものだけど』
『…………』
『だからシャルルちゃんにも学校にはいってほしいのよ。大将以外にも友達ができた方がいいでしょう? だから、考えてはいるわ……シャルルちゃんが学校に通えるように支援をしてくれる人を――。だからね、シャルルちゃんは、私たちじゃなくて、別の人に引き取られることになるかもしれないわ……』
『…………はい、あたしは、どこにでもいきますから……』
『うちにいたければいてもいいけどね。支援だけをお願いしているだけで、一つ屋根の下で育てろって言うと、それはそれで相手の負担にもなるし……だから、言うなら下宿、かしら。
シャルルちゃんは別の人に引き取られるけど、私たちの家族よ――それだと不満?』
『っ、そんなことない!!』
『そう、なら良かったわ――まあまだ正式な決定ではないから、期待はし過ぎないようにね……シャルルちゃん、もしかしてあいつのこと、気に入ったの?』
『……分からない、ですけど……手を引いてくれたから……』
『あいつは誰にでもするけどね』
『……そう、なんですか……?』
『嘘よ』
『…………、からかいました?』
『だって、シャルルちゃんの表情がころころと変わって面白いから――ばっ!? ごめんってば! 謝るから湯舟のお湯を顔にかけないでぇ!?』
泡がまだ残っているが、シャルルの手は湯舟に浸かっていた。
『ダメです。からかった分は仕返ししますからっ』
〇
『――長風呂過ぎる!!』
『そんなに長かった? ごめんね、じゃあ次は大将の番――』
『ったく……くしゅ、ぷぁは。……寒いから早く入れてくれ』
『はいはい……、じゃあシャルルちゃん、リビングで待っててくれる?』
『あ、はい』
〇
『案の定、風邪を引いたわね……まあ、すぐに治るとは思うけど……。いつものことよ、シャルルちゃんも不安そうな顔しなくていいの、大丈夫だから。死ぬわけじゃないんだし……』
『でも、あたしたちが先にお風呂に入ったから……』
『違うわよ、この子が庭で水浴びしたからよ……だから自業自得なの』
『きに、すんな……シャル、る……』
『あのっ、お母さま――』
『シャルルちゃん、私たちはシャルルちゃんの保護者じゃないの……、昨日決まったって報告したでしょう? あなたの保護者は
『……分かりました』
『偉い偉い。……じゃあ私は仕事だから、シャルルちゃん、大将の看病をお願いしてもいい? 難しいことはしなくていいから。大将が困っていたら助けてあげて……。でも、変なことを頼まれたらしなくていいからね』
『……たのま、ねえわ……』
『しんどそうね……、私も早めに帰ってくるから。それまでゆっくりしていなさい、大将』
母親と父親は仕事にいってしまった……平日の昼間だが、家には二人だけだ。
大将と――シャルル。
『……シャルル、横についてなくていいから……』
『ううん、たいしょーくんの看病を、任されてるから……』
『人がいると、寝れねえんだよ……。
リビングで、テレビでも見てのんびりしてろ……なにかあれば、呼ぶから……』
『……無理、しないでね……』
『――はっ、寝ちゃってた……あっ! たいしょーくんの様子は……』
『うぅ、ぐ……』
『たいしょーくん!?』
『はぁ、はぁ、うぅ……ッッ』
『熱が上がってる……っ!? こういう時は、氷を……氷ってどこに――』
『しゃ、る……』
『たいしょーくん!? どうして呼ばないのっ、しんどかったら呼んでって――』
『ごめん……シャル、るを、休ませたかった、から……。でも、ちょっと無理っぽい……、はぁ、はぁ……。シャル……助け、て……どこにも、いかないでくれ……っ』
『うん、傍にいる、助けるから――』
弱々しく伸ばされた手を、シャルルがぎゅっと握る。
すると、大将の表情が、少し穏やかになった――。
『ぁ、ありが、とう、……おねえちゃん』
『――――っ』
鮮明に覚えている。
この言葉が、シャルルを変えたのだ。
『(……誕生日は、確かにあたしの方が早いけど、でも……。普段のたいしょーくんなら、あたしのことを妹って呼ぶはずなのに……今は、弱った時は、おねえちゃんって……)』
自分を引っ張ってくれた男の子。
強く、頼もしいと思っていた背中だったけど……でも、彼だってまだ小さな男の子だ。
自分と同じ――、不安を抱える、子供である。
『(……たいしょーくんの、強がらない、本音……?)』
――おねえちゃん。
その言葉が、脳裏に焼きついている。
『――あたしが、引っ張ってあげないと。あの時、たいしょーくんが引っ張ってくれたように……、あたしだって、
〇
『ただいまー…………って、あれ? シャルルちゃん?』
『…………』
『あら、寝てるのね……、二人で並んで寝ちゃって……ほんとに
ずれてしまった掛け布団をかけ直す。
すぅ、すぅ、という深い眠りの呼吸だった。
『もう大丈夫そうね……。きっと、シャルルちゃんの穴は、大将が埋めてくれるわ』
〇
『――完全っ復活!!』
『たいしょー、病み上がりなんだから無理しないようにね』
『分かってるって。…………ん? シャルル、なんか変わった?』
『変わってないよ。変わったのはたいしょーの方だし』
『??』
『あたしに言ってたもん、「傍にいてよ、おねえちゃん」……って。
だからもうどこにもいかないから。たいしょーの隣にいて、守ってあげる』
『…………言ってねえよ』
『言ってたよ』
『言ってねえ!』
『じゃあそれでもいいよ。あたしが、たいしょーの傍にいたいからいるだけだから……嫌?』
『嫌だ!』
『…………うぅ』
『おい、うちの娘を泣かすな、バカ息子』
『痛っ! ちがっ、見ろあいつ! 嘘泣きだ! 舌を出してこっちをバカにしてやがるッ!!』
『……へえ、そんなこともするようになって……。
随分とまあ打ち解けたわねえ……良かったわね』
『はいっ!』
『はいっ、じゃねえわ! 急に距離を詰めてきやがって……っ』
『あんたがそれを言うの?』
『この家でのシャルルの立ち位置は俺の妹だっ、これは変えねえぞ!!』
『うわ……この息子は器が小さいわね……』
『――俺が兄貴だ!』
『うんっ、分かってるから――たいしょーがお兄ちゃんね』
『…………なんだか、転がされてる気がする……』
『してないよぉー』
『妹って言うより、姉っぽいんだよ……』
『それはあんたの見え方じゃない? そう思ってるからそう見えるだけでしょ。
シャルルちゃんをお姉ちゃんだと思ってるって証拠じゃない。力関係が証明されたわね』
『そんなことねえ!』
『たいしょーがお兄ちゃん、あたしがお姉ちゃんでいいと思うけど……。誕生日の、ちょっとの差なんだし、どっちが上とか下とかないと思うよ? ……ね? 細かいことは気にしないっ』
『よく言ったお姉ちゃん』
『えへへ』
『う、浦川家が乗っ取られる……っ』
『あんたが中心人物ってわけでもないけど……、これからはシャルルちゃんが中心になりそうねえ……。だってこんな良い子、可愛がりたいし』
『……っっ』
うぐぐ、と拗ねる大将に、シャルルが笑顔を見せた。
『ねえ、たいしょー』
『……なんだよ。人んちをかき回しやがって。これ以上なにを奪うつも、』
『ぎゅー』
『ぎゃー!?!?』
シャルルが、大将を抱きしめた。
それはあいさつのハグと言うよりは……、体温を感じ、愛おしさを見せる、本気の――
彼女の手が、大将の頭を優しく撫でている。
『……シャルルちゃん、それはどっちの意味かしら……?』
『家族愛です!』
『そう、それならいいけど……』
そうには見えなかったけれど……追及しても、ボロは出ないだろう。
『――あたしが守ります。たいしょーは、大事な家族ですから……』
『……ありがと、シャルルちゃん』
『シャルルでいいです』
『分かったわ、シャルル』
『もう二度と、目の届かないところで家族を失いたくないから――』
『…………』
『たいしょーだけは、絶対に、あたしが責任を持って守り続けます』
……だって。
彼はシャルルに、生きる意味を教えてくれたから。
『恩返しじゃなく、あたしが、やりたいことだから――』
…了
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