上巻・代役のデスゲームマスター【番外・回想】
※長編作品「代役のデスゲームマスター」でのエピソード【過去編】部分です。本編では長過ぎるためにカットしましたが、おまけとして『全部』をここで見せたいと思います。
〇
『――兄が事故で……? はい、分かりました……、え、結婚を? はい、聞いていませんでしたけど……はい。
はい……、奥様も一緒に……――え!? 連れ子が生き残っているんですか……?』
急な一報だった。
『……身寄りがない……分かりました。一旦は、私共が預からせていただきます。その後のことは、相談後、また連絡致しますので……』
通話が切れ、ゆっくりとスマホをテーブルに置いた。
薄暗いリビングで頭を抱える女性に近づいたのは、彼女の夫だ。
『どうしたんだい?』
『……兄が、亡くなりました』
『放浪している、あの噂のお義兄さんが?
結局、一度も会えなかったな……
息子の残念な顔が浮かぶと、父親としてはどうにかしてあげたいが……難しい問題だ。
人の死は、父親でなくとも、人の力ではどうにもできない。
『……それで、海外でどうやらあの兄は結婚をしていたみたいで……、奥さんがいたようです』
『それはそれは……、放浪と言って国を出て旅をしてしまうお義兄さんだ、結婚に一報もない、というのは「らしい」と言える行動かな』
『……お相手の……その奥様も事故で……亡くなっているようです』
『…………そうか』
『唯一、生き残ったのが――奥様の連れ子の女の子、ですって』
大きな問題であることを察した夫が、目を丸くさせた後に、すっと細めた。
『…………、その子を、どうするつもりなんだい?』
『とりあえず、身寄りがないようなので、兄の関係者である私たちが一時的に預かることになっています。――二つ返事で私たちが育てますっ、とは、言っていませんからね?』
『分かっている。……君なら感情的になって言ってしまいそうな気がしたが……よく堪えた。ここで同情して、私が育てる、と言えば、君は無責任だった――。
本当に育てるのだとしても、大将と合わせて二人だ……子供二人を育てる大変さを、俺たちはまだ知らないからね……、軽い気持ちで引き受けることはできないさ』
『……もう一人を増やす余裕はないですよ……』
『その子を育てるかどうかは、二人で熟考しよう。相談すれば、引き取ってくれる人はいるはずだ。お義兄さんの奥さんの身内は……、いや、身寄りがないのだったな……。つまり、そっちの線での関係者はいない、と見ておいた方がいいとなれば……。
やっぱり、俺たちの親族にあたってみるしかないか……。ともかく、育てなくとも、保護をするくらいなら、無責任ではないだろうさ。その子を迎え入れよう――。それに、こういう時は子供に任せてしまうのが良いのかもしれない……。大人では踏み込めないところがあるからね』
『……
『会わせてみてからだね。意気投合してくれればいいけど……』
〇
『あ、大将。今日は早く学校から帰ってきてくれる?』
『んー? ……なんで? 友達と遊びにいきたいんだけど』
『いいから。遊びにいくのは用事を済ませてからね――
すぐに終わるから絶対に真っ直ぐ家に帰ってくること! 分かった?』
『うん、覚えてたら』
『――ちょっ、ほんとに忘れるんじゃないわよ!?』
ランドセルを背負って、家を飛び出していく息子の背中を見送りながら――。
『……なーんか、サボりそうな感じがするのよねえ……。
――って、もうこんな時間! 早く迎えにいかないと――っ!』
〇
『――シャルルちゃん、あらためて、よろしくね。私はあなたのお父さんの妹なの。家系図で言うと、叔母になるのね……。家族みたいなものだから、怖くないよ?』
『…………』
『怖くないって自分で言う? ……騙されるなよ金ぱつ。母ちゃんは怖いからな――』
『金髪って呼ぶな、シャルルちゃんでしょ』
『いてぇ!? ……あい。
……それにしても、すげえ金色だな、母ちゃんと同じだけど……母ちゃんのより綺麗だ』
『私のこれは染めてるから、根本的に違うわよ。
シャルルちゃんのこれは地毛だから。外国の人の血だからね――そりゃ綺麗よ』
『ふーん』
『あと、大将、近づき過ぎ。シャルルちゃんが怖がってるから、遠慮して下がってなさい』
『怖がってるのは俺に、じゃなくて母ちゃんにじゃないの? ……こいつの目の前で俺のことをボコボコにしたから……』
『早く帰ってこいって言ったのに、あんたがサボって遊んでるからでしょうがッ!』
『いてぇ!? また!? 何度も頭を殴るなよ!! なんで同じところばっかり……ッ、傷を一か所にして一撃だって主張するつもりか!!』
『出るとこ出るつもりの発言よね……、そんな企みはないから。叩きやすい角度ってものがあるのよ……、だから同じところを叩かれてると勘違いするだけよ』
『そーか』
『そうよ』
納得した大将が、視線をシャルルに向ける。
『おい金ぱ、』
『シャルルちゃんと呼べ』
『えー。じゃあ、シャルル』
『っ』
『お前、これからどうすんの? 暇なら遊びにいくか? まだ公園にみんないると思うし……、一人増えたところでみんなは文句とか言わないと思うしさ――いこうぜ』
『! …………ぁ』
『あ、英語しか喋れない? でも俺も英語は喋れないしな……単語しか無理だ』
『宿題をしないからこういう時に困るのよ』
『うるせえ』
『あ、親に向かってなんて口の利き方よ』
『……じゃあそれ、英語でなんて言うの?』
『え? …………、私の時代に、英語の授業はなかったの』
『へえ。それでも母ちゃんみたいな立派な大人になれるんだから、英語が喋れなくても問題はないってことだよな?』
『立派? へへ……って、誤魔化されるか! あんたは私よりも立派になるために勉強しろっての! ……ねっ、そう思うでしょシャルルちゃん!』
『え、はい――』
『『あっ』』
『へ?』
『――喋ったっ!』
『喋ってくれたわね!』
『あ』
『その調子でどんどん喋ってくれる!?
つらいこととかも、そうやって吐き出してくれれば――』
『日本語でいいんだよな? じゃあ遠慮はしないからな――
遊びにいくぞ、シャルル。お前に拒否権はない!』
『……あたし、まだいくとは言ってな、』
『拒否権はない! ……ほんとに嫌なら振りほどけよ。もしくは大声で助けを求めろ。それをしないってことは、嫌がっているフリだって思うからな!』
『……た、』
『た?』
『――助けて攫われるっっ!!』
『こいつマジで叫びやがったッッ!!』
『……すっかり仲良くなってるわね……会わせて良かった……けど……問題は山積みね……』
『あの……あの子たちのお母さんですか?』
『はい。私があの子たちの保護者ですけど』
『……警察です。女の子の「攫われる」という悲鳴を聞いた人から通報がありまして……、詳しいお話を聞いてもよろしいですか?』
『見ての通りの子供たちのじゃれ合いですけど。……冗談を真に受ける人がいるんですね。まあ、見て見ぬ振りよりはマシかな――』
〇
『あれ? 大将が戻ってきた――と思えば、金ぱつ美少女を連れてる!!』
『母親にボコボコにされてたのに……相変わらず復活が早いやつ』
『暴力は慣れだよ慣れ。……それよりも。紹介するよ、シャルルだ――俺の新しい家族』
『…………え?』
『大将? その家族が戸惑ってるけど……』
『なんだよ、嫌なのか?』
『……そういう、わけじゃ……』
『じゃあ家族でいいじゃんか。お前は今日から俺の妹だ――分かったか?』
『……うん』
『よし、じゃあ遊ぼうぜ――そこにいる女子も集めて鬼ごっこでもするか? それともかくれんぼ? とにかく全員でシャルルを笑わせるんだよ!!』
『え、え? えぇっ!?』
『笑わせるって……どうすんだよ、一発ギャグでもやればいいのか?』
『やってみれば? じゃなくて、みんなで遊べば自然と笑ってるだろって話だよ。輪に混ぜれば嫌なことも忘れるだろ――だから付き合ってくれ。礼ならする』
『礼はいらない。でも付き合ってやるよ……、大将の妹ならみんなの妹だしな』
『なんでだよ』
『いいんだよっ、こういうのは勢いなんだから!!』
とんとん拍子に話が進み、戸惑うシャルルを置き去りにしてしまう。
人の輪から顔を出した大将が、シャルルを指差す――彼が見ているのは、服だ。
『――シャルル』
『あ、はい……』
『その服、汚れてもいいよな?』
〇
『――こら、こんなに服を汚して……誰が洗うと思ってんの!?』
『あぅ……あの、ごめんなさ、』
『シャルルちゃんに言ったんじゃないわ。こっちのバカ息子の方だから』
『えぇ……、俺だけかよ』
『あんたはこれで何度目? 元気なのは良いけど、やり過ぎなのよ……シャルルちゃんも、今日はいいけど、次からは気をつけてね。可愛い服が台無しよ。
ほら、可愛い顔も汚れちゃって……、お風呂で綺麗にしましょうねー』
『母ちゃん、風呂は溜まってる?』
『ついさっき溜まったばかりで――ダメよ、先にシャルルちゃんを、』
『よっしゃっ、シャルル、一緒に入ろうぜ!』
『いっ、しょに……!?!?』
『ダメよ』
駆け抜けようとした息子の進路に足を出す母親……相変わらず容赦がない。
『――ぶべ!? おい! 子供の足を引っ掛ける母親がどこにいる!!』
『ここにいるわ』
『……真っ直ぐだなあ……ってか、ダメって、なんでだよ。
男女だから? でも、小学生だし、別にいいじゃん』
『そのセリフが出るあたりがダメなのよ――
いいからあんたはシャルルちゃんの次っ、分かった!?』
『ちぇー。まあいいや。でも俺、すっげえ汚れてるけど、いいのか?』
『部屋には入らないで。庭で待っていなさい』
『扱いが雑ぅ』
『あの……』
恐る恐る、手を上げたシャルル。
『ん? なあに、シャルルちゃん?』
『一緒、でも、いいです……たいしょー、くんを、待たせるのは悪い、ので……』
『気にしなくてもいいのに。今日、一緒に遊んで分かったと思うけど、あの子、図太いでしょう? 無茶をするし、無茶ぶりもするし……一緒にいて疲れたと思うわ。
まあ、そういうところが悪いとは言っていないんだけどね……。あいつを慕う子はたくさんいるわけだし……。大将のことは気にしなくていいわ。雑に扱うくらいでちょうどいいのよ』
『…………』
『気にすんなよ、早く入ってこいって。俺は庭で時間を潰してるから……――母ちゃん、汚れだけ落としたいから水出していい? ホースってどこにあったっけ?』
『玄関にあるわ。いいけど、水を浴びて風邪引かないでよ?』
『バカは風邪引かないよ』
『自分で言うの? ……あんた、しょっちゅう風邪引くじゃない。治るのも早いけど……、バカでも風邪を引くのね……息子がまさか例外だったなんて……』
『そこ、「バカじゃない」とはならないんだ……』
『…………』
『いや、大丈夫だから。不安そうに見るなって、シャルル……。
お前が早く入り終えれば俺も入れるんだから、さっさと入ってこいって』
『うん……すぐに戻るね』
『あいあい』
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