ラスボス戦と裏手の井戸端会議
雷鳴が轟く暗雲が吹き飛んだ。
上空から、二つの影が落ちてくる。
真下の森へ、その影が吸い込まれていき――。
爆発音が響き渡る。
森が揺れ、小動物が一斉に逃げ出した。
近くの村の住人が、驚いて家から顔を出したが――、
「……ん? 勘違いか……?」
近所の異常事態に、なぜか気づかなかった。
「勇者様っ、結界を張りました――これで周囲の人たちが私たちの戦いに巻き込まれる心配はありません!! だから――思う存分ッ、敵を討ってください!!」
「ああ……ありがとう――」
遅れて、上空から落ちてきた【退魔の
偶然……? 否、退魔の剣が意志を持って勇者の元へ戻ってきたのだ。
同時、光を飲み込む漆黒の剣もまた、『敵』の足下に突き刺さっている。
その剣は上空ではなく、地下から――顔を出すように生えてきていた。
「【殺戮の剣】は壊れることはない……。たとえ折れても、閉じ込めても、封印しても――所有者であるワタシが存在する限り、必ずこの手に戻ってくる――」
「魔王……ッ」
「魔王だと? ふん、ワタシをあんな下劣な一族と一緒にしないでくれるか。ワタシは魔を滅する『聖なる一族』――天使長・マクレガーだぞ?」
その肌も、髪もまつげも、全てが真っ白な天使が、漆黒の剣を手に取った――そして引き抜く。握った手から肘にかけ、彼の白色が侵されるように黒く染まっていく。
肉体に黒い血管が走る。
それはまるで亀裂のように――天使長・マクレガーが剣に支配されていく。
「剣を支配しているのは、ワタシだ」
彼の瞳が、黒く――、ごろごろと動く眼球が反転し、見えたのは黒い中の赤い点だった。ブチブチ、となにかが切れる音。肉体から聞こえてはいけないような音が連続し、マクレガーの肉体に異変が起きる。
額から飛び出したのは二本の反り返った角だった。加えて、彼の特徴的だった背中の白い翼も根本から足下に落ちる。それはあっという間に灰となり、翼は消えてしまった。彼の背中には翼の形をした『別のモノ』がくっつき――それは骨組みだ。
魔物の骨を繋ぎ合わせて作ったような不格好な翼が、彼の背中にくっついている。
「ワタシが、剣を、しは、支配、シハイ、してい、シハ、シハイ、ヲ、シテ――シテイ、イル、ルル、シハイヲ、シテイル――」
「ゆ、勇者様……マクレガー様の様子が……っ!?」
「分かってる……剣に、飲み込まれた……ッ」
さっきまで白かった彼の体は、真っ黒になっていた。
面影こそあるものの、既に、彼の中にマクレガーはいない。
意志も人格も全てが、聖を飲み込む漆黒――殺戮の剣だ。
その剣こそが、この世界を破壊しようとする破滅の
破滅に対抗できるのは退魔の剣しかない――そう、勇者が握る、その
「……大丈夫だ、勝てる……」
「勇者様……」
「こっちには退魔の剣があるんだ――、色々な人の力を借りて、過去も未来も旅して力を蓄えたんだ……この剣には、たくさんの想いが乗っている。
ついさっき目覚めたばかりの殺戮の剣に、負けるわけがない!!」
『ソレデモ、マダコチラガウエダゾ、コゾウ――。タクサンノオモイガノッテイル……ソウデモシナケレバ、ワレトハワタリアエナイ――ワカッテイルハズダゾ、ユウシャヨ……』
こき、こき、と、首を慣らすマクレガー……いや、今はもう、殺戮の剣なのか。
天使の肉体を乗っ取った剣が、生物として目の前に立っている。
『カテルトオモウノカ?』
「勝たなきゃいけない――お前が世界を破滅に追い込むのは分かっているんだ……、どの未来でも、お前が世界を支配していた……、――させない。
勇者に選ばれた俺がッ、ここでてめえを討ち取って平和な世界を掴み取ってやるッッ!!」
『ソンナミライハソンザイシナイトイウノニカ? キサマガシヌコトハスデニキマッテイルコトダ――ハメツシタミライガソノショウコダロウ……?』
「かもな……でも、見てきた未来の結末は、俺が過去にも未来にも飛んで剣を強化し、お前に挑んだケースは含まれていない……。今のこの戦いは、まだ未来にはなかったんだ――だから」
退魔の剣が輝く。
その輝きを放ったのは一万年ぶりだった――、どのパラレルワールドにも存在しない。
退魔の剣の力をここまで引き出せたのは、今のこの、勇者だけなのだ――。
「この戦いの結末は、誰にも予想できねえよ」
『フン――イイダロウ、カカッテコイ、ユウシャヨ……』
光を飲み込む闇と、闇を上書きする光が衝突する。
一万年前の、勇者の想いが乗っている。
――剣が応える。
……今度こそ。
退魔の役目を、果たす時だ。
「決着を」
『ツケテヤロウ』
〇
結界にひびが入った。
退魔の剣と殺戮の剣の衝突は、それだけ強大な力と力のぶつかり合いなのだ。
(まずいです、勇者様……っ。結界が壊れてしまえば、被害が周りの村に……ッッ)
五分もすれば、結界は完全に破壊されてしまうだろう……、なんとか、彼女が――転生した賢者が堪えてはいるものの、全身の穴から血を流しながら結界を維持するのも、五分が限界だ。
実際はもう少し短いかもしれないが……、意地でも、五分は持たせる――それが戦いを傍観することしかできない賢者の、覚悟である。
(お願いします、勇者様――勝ってください……ッッ)
きっと、勇者ならこう答えるだろう――言われるまでもない。
負けるつもりは、さらさらないのだから。
(魔王を、倒して……世界を救ってッッ!!)
〇
「なんなのさっきから!! どこかの悪ガキがどたばたと暴れてるんじゃないの!?」
勇者と魔王が最後の衝突をしている戦場から最も近い村に、半壊した結界では抑えられない音と振動が、伝わってしまっていた。
異変を感じ取った住人は、迫る災害に怯えるわけでなく――どうやら村の悪ガキがイタズラをして村に迷惑をかけている、と思い込んでいるらしい……。
半壊した結界が、ここでは悪い方向へ作用してしまったのだ。
結界が優秀だから――、村人に危機感を与えなかった。
「ちょっとお隣さん!? そちらの方から騒音がして……うるさいんですけど!!」
「はぁ!? うちじゃないわよ、騒音なら裏手から聞こえるわよ!? あんたのところの悪ガキが暴れてるせいじゃないの!?」
「うちの子じゃないわよ――このお宅から音が聞こえてくるのよ……、工事でもしているの?」
もちろん、していない。
近所同士の小競り合いに、周りの住人もなんだなんだとぞろぞろと顔を出す。
「裏手から騒音と振動がするのよ……、森の中、らしいけど……。酒を飲んで酔っ払ったどこかの旦那がバカ騒ぎしてるんじゃ……?」
「心配なら、様子を見てきましょうか?」
村長を筆頭に、手の空いた男たちと女性数人が、列を作って森の中へ。
しかし、
騒音は聞こえ、振動も感じるが、誰とも遭遇しないまま森を抜けてしまった。
「……、なにもなかったが……?」
「でも、騒音と振動は確かにここから――あれ、なくなりましたね……?」
さっきまで感じていた騒音は聞こえなくなり、振動も消えていた……、一件落着か?
「なくなったのなら良かったけど……原因が分からないとなると怖いわね……」
モヤモヤする。
スッキリしないまま、住人たちが村へ引き返そうとしたら――倒れている人影があった。
さっきは見つけられなかった、酔っぱらって騒いでいた、どこかの旦那かと思えば――
「綺麗な……娘……?」
まだ十代に見える女の子だった。彼女は全身の穴から血を流している……、しかも、彼女がぎゅっと抱きしめているのは、刃こぼれした剣だった――そして、横に転がっているのは……、
折れた漆黒の剣。
「っ、あなた、大丈夫!?」
「ゆ……ゃ、さま……ありが……」
朦朧とした意識の中で、彼女は泣いていた。
大丈夫、それでも意識はまだある――。
「村に連れて帰りましょう……早く手当てを!!」
村人が一丸となり、少女を抱えて村に戻る。
その後、彼女は丁寧な治療を受け、一週間も経たずに完治するのだが……、
それはまた、別のお話だ。
…了
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