縁側にインべぇだぁ。
昔ながらの平屋だった。
リフォームは何度もしているので、内外ともに綺麗ではあるが、築年数で言えばそろそろ百年に近づいている。
面積も広く、三人暮らしをするには広過ぎる家だ。
幼い頃に事故で両親を失い、祖父と暮らしている17歳の青年・
彼女の脇には漆塗りのおぼんと、その上には飲み干して空になった湯飲み。和菓子も食べていたようだ。そして、週刊の漫画雑誌が置いてある。
毎日、欠かさず日向ぼっこをしているせいか、彼女の肌はこんがりと焼けて黒くなっていた……、夏も過ぎて肌寒いのに、未だに薄いタンクトップなのは、彼女はやはり『少し違う』からなのだろうか――。
「おい……おーい」
「すぅ……すぅ……」
深い青色の髪は、まるで夜空を被っているかのようだ。
星のように細部が白く輝いて見えるのは、彼女がそういう『種族』だからだろうか……、あり得ない、と言えないところが彼女なのだ。
なぜなら、彼女は地球人ではないから。
……本人の、口からのでまかせでなければ、だけど。
「口と鼻を塞げば起きるか?」
イタズラと言うよりは、いつも通りの起こし方である。肩を強く揺らして起きるならどれだけ楽だったか……。良が、彼女の口を塞ぎ、鼻をつまんだ――すると。
段々と顔を青くさせていく少女が、限界がきたようでぱっと目を覚ました。
「――うぅっっ、ちょっ、窒息するけど!?!?」
「おはようお姉ちゃん。そしてただいま」
「あ、良ちゃん……おかえり。……え、もうそんな時間?」
「もう夕方だけど……、もしかして昼から寝てた?」
「え。……ああ、うんっ、そうそう!
お昼寝のつもりがだいぶ寝ちゃってたねー……あははー、」
彼女の言い方から察するに、こりゃもっと前から寝ていたな、と良は予想がついた。
「ほお? 良が出ていってから、二度寝と言って寝てから一度も起きなかったぞ?」
「ちょっとおじいちゃん!!」
「あ、じいちゃん……いたの?」
「鯉に餌をやっていたんだ……おかえり、良」
「うん、ただいま――」
「あのね、良ちゃん……違うからね? いつもぐーたらしてるわけじゃなくて、ほらあれだよね、疲れが溜まっててさ――今日だけなんだよっ!
いつもはここまで怠けてるわけじゃないの!!」
「分かってるから大丈夫」
「どっちを!? わたしの強がりを把握してるとかじゃないよね!?」
「それ、自分の発言は強がりですって、言ってるようなものじゃない?」
はっ、と両手を口を塞いだ少女だが、遅い……「騙したなー」と良を恨めしそうに睨んでくるが、終始、彼女の自滅である。
いつものことだ。
昔から変わらない、『お姉ちゃん』のポンコツぶりが今日も発揮されているだけだった。
「――良ちゃん、ここ、空いてるよ?」
「……いや、別にいらないけど……。テストも近いし勉強しておかないと――」
「良ちゃん? わたしの膝、空いてるよ?」
ぽんぽん、と自分の太ももを強めに叩いている。
寝ろ、ということだろう……、膝枕って、される側がお願いされることだろうか?
「良ちゃん……お姉ちゃんのこと、嫌い……?」
「嫌いじゃないよ……。
だから膝枕を拒否したくらいで泣くなよ――分かったから。横になるから……」
暑くもなく、寒くもないちょうどいい気温である。日が当たる縁側で横になってしまえば、すぐに眠れる自信があった……。しかも枕は、お姉ちゃんの柔らかい太ももである。
「えへへー……良ちゃんの髪の毛、さらさらだー」
「くすぐったいから……あんまり触らないで」
「いいじゃんかよー」
軽く頭を撫でられながら。
気づけば、良の意識は落ちていた――。
〇
十二年前――、大垣良が五歳の時だった。
彼の両親は既に他界しており、広い平屋には祖父と祖母、そして幼い良が住んでいた。
祖父が縁側に腰かけ、湯飲みを片手に和菓子をつまんでいると――『それ』が落ちてきたのだ。――落ちてきた、と言うよりは、突然、目の前に現れた、というのが正しいか……。
衝撃はなかった。
だから当然、音もなく――墜落してきた宇宙船 (?)のようなそれは、墜落後の崩壊した形で、祖父の目の前に姿を見せたのだ――。
「…………なんだ、これは……、」
「ま、ず、ぃ……!? まさかトラブルで墜落するなんて……っ。メンテナンスをしてなかったから故障しちゃったのかな……?」
首を傾げる少女が出てきた。どうして墜落したのか? ということに疑問を抱いているようだが、彼女が今、口に出したことがそのまま答えである気もするが……。
首が見える短さの、深い青髪だった――。
まるで夜空をその頭に貼り付けたように見え……、しかも宇宙船と相まって、よく似合っている。神秘的な容姿に、祖父は見惚れていた。
「ん?」
「……驚いたな……アンタ……宇宙人かい?」
「……え? おじいさん……わたしが見えるの?」
「ああ、見えているぞ……夜空のような髪と、健康的な細い体だ……それは宇宙服のようなものか? 体にぴったりと張り付いているから、体のラインがよく分かる」
「え。なんか目つきがいやらしい……っ」
昔の感覚で会話をしていたら、すぐにセクハラになってしまう。
祖父は両手を上げて敵意がないことを示した。
「不快だったなら謝罪をしよう……、だが、儂の庭をここまで破壊しておいて、こっちが一方的に悪いというのはおかしな話ではないか?」
「庭……、やっぱり、宇宙船も見えてるんだね……(認識阻害の効果も切れちゃってる……、これ、まずくない? 地球人に姿も宇宙船も見つかってしまえば、自然と目的も見抜かれちゃうよね……?)」
「宇宙人、でいいのかな? ところでアンタの目的はなんなんだい?」
聞く、ということはまだ分かっていないのか、と早合点した青い少女が答えた。
「観光だよ!」
「侵略だろう?」
びくっ!? と反応してしまったら、もう取り返せない……。
彼女は否定する言葉も出てこないまま、長く感じる数秒が過ぎ去り……「うん」と頷いた。
「別に、責めるつもりはないさ。宇宙人が地球に、侵略をしにやってくる……あり得ない話でもないからなあ。遂にきた、と言ったところか……。これまでもいたのかもしれないが、こうして見たのは初めてだ――儂らと変わらない姿をしているんだなあ……」
「地球人がわたしたちと同じ姿をしているだけでしょ――じゃなくて!」
侵略者が祖父に近づいた。
腰のホルスターから取り出したのは、テレビのリモコンのような長方形の
その先端が、祖父の額に向けられた。
「わたしのことをどうするつもり? あなたのような老人になにができるとも思わないけど、情報を拡散されても困るのよね……。ここで始末しておくべきかな」
「そのリモコンは……拳銃のようなもの、と思っておけばいいのかい?」
「そうね……、脳を焼き、殺すこともできる……。
撃たれたら死ぬという意味では、拳銃と差はないのかもしれない、よね……」
「そーかそーか」
「なに……? 冗談だと思ってる?」
「いや……本気だとは思うがな……ただ――」
笑みを見せていた祖父の顔から、油断が消えた。
す、と細められた瞳が、侵略者を射抜いた。
「――警告をする間もなく撃てばいいものを、撃たないとなれば……、撃たないのではなく『撃てない』のではないか、とは思ったがな」
「……っっ」
「助けを求めているのは実際のところ、そちらなのではないかね、お嬢さん」
震えるリモコン。
彼女の動揺が、手に取るように分かった。
「主導権はそちらにはないぞ。今後の展開を決めるのは、儂だ――」
「あ、おじーちゃん?」
と、背後の襖が開き、顔を出したのは五歳の孫だ。
大垣良。
両親を失い、今は祖父と祖母が育てている、可愛い可愛い孫である――。
「良……、いかん――」
「へえ、可愛い子ですねえ」
と、侵略者の標的が変わった。
祖父を飛び越え、ふわり、と着地した侵略者が良を抱きかかえる。
「主導権が……なんですか?」
「ッ……貴様……」
「ふふふ、侵略者を甘く見るからこうなるんで――あいた!?」
「??」
「き、君ね……女性の髪の毛を引っ張るんじゃ……あぅ!?」
「おほしさま……あれ、取れないよ……?」
「星? なにを言って……」
「なるほど。良は、アンタの髪の星が気に入ったようだな……、夜空のような髪に、それは宇宙人特有のものなのかね? 髪に乗る、白く光るそれは、夜空に浮かぶ星ではないか」
「星、に……見えなくもないとは思うけど……ちょっ、やめて! 引っ張られると痛いの!」
がまんできなくなった侵略者が、五歳児を床に下ろす。そっと、優しく置いたのは彼女の性格ゆえに、だろう。さすがに、敵対者でも放り投げることはできなかったのだ。
「こら。ダメでしょ、女性の髪の毛を引っ張るなんて……男の子はやっちゃダメだからね?」
めっ、と人差し指を立て、優しくお説教をする。……本当に侵略者? なのだろうか。
二人を見ている祖父から、自然と笑みがこぼれた。
「分かった?」
「わかったー」
「本当に分かってるのかな……」
「侵略者……、ところで一つ、取引をしたいのだが、構わないかい?」
取引――、侵略者は苦い顔をした。
当然ながら、この状況で互いに平等な取引であるとは思えないだろう。侵略者側が劣勢なのはばれている。
庭に落ちた宇宙船、故障したアイテムなどなど……。
異星人が未知の惑星で生き続けることは、アイテムなしでは至難の業だ。
救難信号も出せず、仲間からの救出も期待できないとなれば、誰かに縋るしかない……。現地にいる、味方に。
この流れでいけば、彼女は大垣家にお世話になることになりそうだが、しかし取引と言われたら、目の前の老人に都合よく使われる未来しか見えてこない。
……なにをどう、使われるのか。
侵略者は顔を真っ赤にさせて……――さて、なにを想像したのやら。
「勘違いをしているところ悪いが、それはない」
「なにも考えてないけど!」
「ならいいが……、その子は、大垣良と言って、儂の孫だ。その子には両親がいなくての……儂と
「……この家に、一緒に……?」
「ああ、そうだ」
「……言うことを聞けば、わたしの存在を人に言ったりしない……?」
「アンタが嫌がることはしないと誓おう……、家事をしろ、と言うつもりもないしのう」
「やる!」
家事を――ではないだろう。
まあ、お願いすればやってくれそうな性格ではありそうだが。
「この子のお姉ちゃんになればいいのよね? じゃあやるわ――任せて!!」
「その自信満々は、逆に不安なんだが……まあいいか。良も、年が近い子がいた方が安心するだろう……、いや、宇宙人の年齢は、見た目に比例するのか……?」
もしかしたら、中学生のような見た目でも、実際は祖父と同程度ということもあり得――
「地球人で言えば、二十歳くらいだと思うけど」
「……そうか」
「なによ。二十歳にしては幼い感性とでも言いたげに!!」
「自覚していなければそういう発想は出ないのではないか? そこまでは思っておらんよ」
「そこまでは!」
「……気にしないでくれ」
モヤモヤする侵略者は、太ももに感じる温もりに気づき、目線を下にやる。
太ももに引っ付く、五歳児がいた。
「良、くん……だっけ?」
「おねーちゃん、だれ?」
「わたしは――【ニヨ】。インベーダーのニヨだよ」
「インべぇだぁ?」
「うん。これから一緒に暮らすことになったみたいだから……よろしくね!」
くしゃくしゃ、と良の頭を撫でる。
彼は嬉しそうに、さらに侵略者の太ももを抱きしめた。
「(そうだ――この子を立派な大人にして、わたしにゾッコンの状態にさせてしまえば、この子を操ることで地球を侵略できるかもしれない……!
権力者を手中に収めるよりも、卵を孵して権力者に育ててしまえば、予測不能なイレギュラーも起こらない気がする……うん、大丈夫。わたしの侵略任務は、まだ破綻していない!!)」
ふふふふふ、と悪い顔を浮かべる侵略者を横目で見る祖父は、危機感を覚えなかった。なぜなら、きっとどこかで失敗するだろう、という雰囲気が彼女から立ち上るように漏れ出ていたからだ。心配せずとも、彼女は早い段階で自滅しそうだ。
「あら、お父さん」
「ん? ああ――すまない、家族が一人増えることになったが……大丈夫か?」
縁側に顔を出した祖母は、戸惑うこともなく。
「ええ、構いませんよ。では、今日は少し、豪勢な夕飯にしましょうか――」
ニヨちゃん、と呼ばれた侵略者が振り向いた。
「食べたいものはあるかしら?」
「お肉!」
「良ちゃんは?」
「お肉!!」
「はいはい……二人目の孫ですねえ」
「……そうだな」
騒がしい毎日になりそうだ、と祖父は笑みを隠せていなかった。
〇
そして、現在に戻ってくる――
「起きて、良ちゃん」
「ん? ……うわ、すっかり夜じゃん。もっと早く起こしてくれよ……」
「だって、良ちゃん、気持ち良さそうに寝てたから……」
起こすのは悪いと思って、と言うが……どうせ寝顔を見たかっただけだろう。
いつからだろう……、最初からそうだった気もする。
――彼女は、良にべったりだった。
毎日くっついてくるニヨを良が鬱陶しがると、彼女は本気で悲しそうな顔をする。良が思春期に入っても昔と変わらないスキンシップをしてきて……――さすがに良も気づいたのだ。
彼女の好意は、家族愛ではなく――
きっとニヨは、異性として良を好きでいるのだと。
まるで、良にゾッコンである。
当初の予定とは逆になってしまった……それを修正する気も、もうないのかもしれない。昔はよく裏で口にしていた『侵略』が、今ではもう話題にすら上がらなくなっていたのだから。
忘れてる?
……のかもしれない。
「良ちゃん、今日こそはっ、一緒に寝ようよっ」
「やだよ……、本当の
「いいじゃんかよー」
口を尖らせる侵略者である。
惚れさせるつもりが逆に惚れてしまった……まあ、よくある話ではある。
それが今回は、『たまたま侵略者』だった、というだけだ――。
…了
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます