許嫁と同居する条件は、内容が分からない【NG行動】を回避すること。
『お嬢様と同棲をするのは構いませんが――、
と、優しい顔で警告してきたのは、女執事だった。
彼女が仕えるお嬢様のお遊びに付き合ってくれてはいても、外部の人間である僕のことを警戒しているのは、まあ当たり前の話なのか……。
NG行動……、一つ、と言ったところには意外だった。
彼女のことだから、広辞苑ほど分厚いマニュアルでもあるのかと身構えていたのだけど……たった一つならばそれだけに気を付けていればいいということだろう?
『分かりました。それで――なにをしたらダメなんですか?』
『さあ? 自分で考えてくださいね?』
『……は? いや、それだとすぐにダメなことをしてしまう気がするんですけど……』
『私がなにをNG行動と設定したのか、予想をして回避してください。もちろん、禁忌を犯せば懐に潜ませている「これ」が、あなたの心臓を射抜きますが』
ちらり、と見えているのは拳銃だ。
もちろん、モデルガンだとは思うけど……、お嬢様を守るために武装を許可されている人間だ(当然ながら違法ではあるだろうけど)――射殺するのが嘘であるのは分かるが、似たようなことをしてくるだろう、というのは予想できる……社会的に殺すつもりか?
『……ヒントをください』
『男女の同棲であれば、間違いが起きていけませんよね? ――お嬢様はまだ16歳ですから……分かりますよね?』
『……つまり』
言わずもがなだった。
女執事は、無言で頷いた。
〇
事の発端は昨日のことだ。
お嬢様にひとめぼれをされた――言ってしまえばそれだけのことなのだけど……。
「まさか許嫁になっているとは……」
僕の親とどういう契約を交わしたのかは知らないけれど、僕のことを過保護に育てていた親が二つ返事で僕を送り出した――『愛の巣』と呼ばれるマンションだ。
その一室で、僕たちは同棲生活を送ることになる。
僕のお相手は
「楓くん、もうそんなことまで考えているのですか?
ふふっ、じゃあもう――、一気に飛ばして、結婚しちゃいますぅ?」
お風呂上りの彼女はすごく良い匂いがした……、同じシャンプーとボディソープを使っているのだから、僕も同じ匂いをさせているのだろうけど……、女の子の甘さはさすがに出せない。
黒髪を肩で揃えた彼女は、同年代よりも少し幼く見える……、執事服を着た同級生の『彼女』が髪も長くて大人っぽいから比べてしまって――というのも、あるかもしれないけど。
やや濡れているのはわざとだろうか?
あの完璧な女執事が、中途半端な仕事をするとは思えないし。
「……おかえり、鴨川さん」
「楓ちゃん、と呼んでくださいよぉ」
「でも、僕も楓だし……」
「それ、呼ばない理由になりますか?」
ならないね。
でも、自分の名前を呼ぶのは、ちょっと抵抗があるのは本当だ。
「楓くん、お疲れみたいですね……マッサージをしてあげるので横になってください。
ほーら、ふかふかベッドにごろん、とねー」
されるがまま、寝転がらされた――確かに疲れてるけど、それは一体、誰のせいで疲れていると……っ! あっという間に展開が進んだこともそうだけど、学校中に、僕たちの関係性が既に流布されているし! 噂話どころじゃなく、事実として広まってしまっている……。
実際、事実ではあるのだけど。
セキュリティが強固な私立高校なので、近隣のお嬢様が多く在籍している。その中でも鴨川家と言えば大きな権力を持っており……、そんな中、鴨川家の一人娘に許嫁ができたとなれば、一日中、その話題で持ちきりだった。
相手はどんなやつだ、と注目されるのは当然ながら僕だ……、なんの取柄もないこの僕を見て、みなガッカリしただろうなあ。
悪いことをした。
僕に、一芸に秀でたなにかがあれば良かったのだけど……。
「凝ってますねー……お勉強のし過ぎじゃないですか?」
「え、そうかな……」
「そうですよ。学校では授業中、あまり目を合わせてくれませんでしたし……」
「まあ、授業を受けてるし……。鴨川さんは隣の席だけど、横ってあんまり向かないしなあ」
「ほらっ、楓ちゃん!」
「……楓、ちゃん……、授業は真面目に受けないといけないから、あんまり構ってあげられないよ。許嫁になったからって、クラス移動までしなくても良かったのに……」
そう、彼女はなんとクラスを移動してきたのだ。そんなことができるのか、という質問は愚問なのだろう。権力があれば、なんでもできる。生徒がクラス移動をしたところで数が増減するだけだ――と言い切られてしまえば、学校側も無下にはできなかったのかもしれない。
鴨川家のお嬢様の声を、無視するわけにはいかないから。
「……まだがんばるんですか?」
「がんばるよ。まだまだ、僕の成績じゃあ、自慢できないよ――」
「でも、楓くんは学年で成績一位ですよ? 他にもスポーツ万能、絵も上手で、どんな楽器も弾けてしまう……、天才と呼ばれるべき人なのに……。当の本人は自分のことを平凡と仰っている……――本当に平凡な人たちをバカにしているようです」
「バカにしてないよ……、平凡な人たちはさ、なにか一つ、絶対に誰にも負けない強みを持ってると思うんだ……、勉強でも、スポーツでも、芸術でもいいけどさ……。
だけど僕には一つもない。全体的にアベレージは高いけど、やっぱり水平なんだよ……、これだっ、って言えるようなものがない――」
「そんなこと、」
「周りはそう言うけど、関係ないんだよ。ようは自分の問題だから。僕は一つも突出したものがないことがコンプレックスなんだ。だから尖ったなにかが欲しい……。
でも、まだそれを見つけられないでいる――だから、がんばるしかないんだ。僕にはこれがある、そう言える『これ』を見つけるまでは、休んでなんていられない……っ」
たとえ、周りが僕を天才だと言おうとも、僕自身は思っていないのだから――
僕は天才でなければ、平凡なのだ。
よくもまあ、そんな平凡な僕を、鴨川さんは選んでくれたよね……と言えば、さすがに印象は悪いかな?
「……説得力がないかもしれないけど、わたし、楓くんのハイスペックを見て惚れたわけじゃないから!!」
「知ってるよ。だってひとめぼれなんでしょ?」
「……うん」
「僕の顔、良いのかなあ……」
コンプレックスではないけど、好きってわけでもない顔だ……。
これが武器になるとも思っていないし、だから僕の自信に繋がるものではない。
だって、女子に間違われるほどの中性的な顔立ちだ……、
嫌ではないけど喜ぶほどのことでもない。
でも、僕からすれば平凡でも、鴨川さんからすれば魅力的なのだろう。
「楓くんはカッコいい時があればカワイイ時もあって――そのギャップもいいんですよね……」
マッサージ中、背中に覆い被さってくる鴨川さん。
彼女の『ちゃんとある』胸が、僕の背中に伝わってきて――って、えっ。
服をめくられた。
そして彼女の体温をじかに感じる……、あの、楓さん……? もしかして――、
「服、脱いでます……?」
「はい。こっちは準備万端なんですけれど……?」
視線を動かして確認すると、近くの姿見に映った鴨川さんは、上半身が裸で、口に咥えているのはコンドームである……、やっぱり展開が早過ぎる!!
「待っ、待ってよ鴨がw、」
「楓ちゃん、でしょう?」
彼女は止まらない。
このまま流されてしてしまう――、自分の押しの弱さに覚悟を決めたが、しかし、寸前で思い出した警告があった――鴨川さんの執事の言葉だ。
『お嬢様と同棲をするのは構いませんが――、
比良坂様には一つ、「NG行動」を設定いたしますね』
NG行動……、これはつまり、えっち関係の全てであると思う――もちろん、セッ〇スなんて以ての外だ。絶対に――これだけはしてはいけない行動である。
「鴨――いや、楓ちゃん」
「なんですか?」
「まだ……しないよ」
「……それはどうしてですか?」
上半身裸で、コンドームを咥えて待っている女性を突き放す、というのは、してはいけないことだと思うけど……僕もまだ死にたくはない。
許嫁なのだから手荒な真似はしないだろうと高を括っても、別の形で罰が下る場合がある……、色々と、黒歴史を掘り返されてはたまったものじゃない。
だから――、ここはがまんだ。
いつまでがまんすればいいのかは、後々、彼女に聞くとして――
「ゆっくり、進めよう……、それが僕のやり方だけど……嫌かな?」
「……いえ。楓くんが、望むのならば」
優しく微笑んでくれた彼女に、自然とキスをしてしまいそうになったけど、寸前で思い出した……危なっ! 気を抜くとすぐに求めてしまう……、だって仕方ないじゃないか!!
楓ちゃん……、可愛いし。
「……今日は添い寝、だけだね……」
「明日はどうですか」
「明日も添い寝……」
「明後日も?」
「うん、その次の日も――」
彼女は、むぅ、と頬を膨らませて……それでも文句は言わなかった。
「分かりましたよーだ。でも、誘惑はしていいんですよね?」
「…………」
「嫌ならやめます」
「まあ……うん、そこは、好きにしていいよ」
「やったっ、明日にでもそのがまんを解いてあげますからね!」
誘惑を禁止すると、彼女の笑顔の数も減ると思ったら、禁止にはできなかった……。
はぁ……堪えられるかな……僕。
まあ、仮にNG行動がなければ一日中やってしまいそうな気はするし……それは良くない。
気持ち良くても、きっと良くはないだろうから、今がベストなのだろう。
「それじゃあ――裸で抱き合って寝ますか?」
「決壊するわ!」
僕のがまんは、脆過ぎる……。
〇
「君が設定したNG行動とは、一応、なんなのか聞いておこうか――」
「あら、旦那様も気になりますか?」
「まあ、な……性に関すること、というのは分かるが――」
「違いますよ」
「なに?」
「性行為をNG行動に設定してはいません。なのでお二人が激しく乳繰り合おうがどうだっていいんです。私はNG行動を教えてはいませんが――、勝手に性行為だと解釈して堪えているのは、彼の自爆ですね」
「…………、君、言わなければ、それは性行為だと思うだろう……」
「旦那様がそう思ったように、男性はそう思うのでしょうね」
「女性は違うのか……?」
「人によるのではないでしょうか」
なら男性も――、と口をついて出そうになったが、鴨川家の代表は口を閉じた。
男はみな、頭の中はいつだってピンクでいっぱいだ。
いっぱいが、一瞬でおっぱいと脳内変換されたように――くだらない。
下品な想像ばかりだ。
「……で? 実際のNG行動とは、なんだ……?」
「『お嬢様を裏切らない』。それ一点のみです」
「それはまた……、裏切れば、容赦なく射殺するってことかい?」
「はい。裏切ればお嬢様の敵ですから……、彼を守る必要もないわけですよね――」
だから、自身の手で殺してもいい――女執事は不敵に笑った。
「生かすも殺すも、私としてはどちらでもいいですけどね」
〇
翌日――、早朝のことだった。
目を覚ました僕は頭を抱えた――あぁ、全裸だ……。
楓ちゃんも裸で、隣で寝ている……――やっちまった。
ヤッちゃったよお……。
「おはようございます、比良坂様」
「うわぁっ!? ごめんなさい中には出していませんごめんなさい!!」
「どうでもいいですから、早くお嬢様を起こしてください。あなたはこれから、お嬢様の隣に立つ男なのですよ? 色々と、覚えてもらうこともありますから――早く」
「え、あの――」
「昨晩のことですか?
気にしていませんよ。かなり声は出ていましたけど、ええ、気にしません。いくらでもやってしまいなさい。別に、子供を作ることがNG行動でもないですから」
「……え? じゃ、じゃあっ、NG行動って、一体……?」
「ご自分でお考えください――まあ、お嬢様を一番に想っていれば、決して犯すことはないでしょう、『触れない禁忌』だと思いますよ?」
…了
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