妹のラブコメは許さない……そんな兄はハーレム中。


 最近、妹の様子がおかしい……。

 中学二年生の妹は最近メイクを覚え、ファッションにも気を遣うようになった。スマホをいじっていることが多くなったし、俺が後ろに立てばさっとスマホを隠してしまう――。

 動画でも見ているのかと思って、「なに見てんの?」と聞いてみれば、「おにぃには関係ない」と冷たくあしらわれてしまって……、遂に、あの妹が反抗期だ。


 ちょっと(ちょっとかな……?)ブラコン気味のあの妹が、だ。


 良いことなのだろう。


 反抗期ならまだマシだ。兄に強く当たる年頃ならそれでいいし、それが一番良いのだろうけど……、最悪なのは妹に『男』ができた時である。


 ……好きな男子でもできた? なんて聞けないし、聞いたところで答えてはくれないだろう。否定せずに「どうだっていいじゃん」なんて言われたら、もう黒である。

 妹に好きな男子ができた、と確定させるしかなくなる――。


 どこのどいつだ。


 うちの可愛い妹に手を出した男子を見つけ出して――。



「――この俺が、別れさせてやる」



「いや、そんなことしたら本当に嫌われるよ?」



 定番のファーストフード店。目の前でポテトをばくばく食べる運動部の彼女は、食べても食べても太らない。食べる以上に運動しているからだろう……、運動したから、不足分を補うために食欲が止まらないのかもしれない。


 引き締まった体は、見事にアスリートである。

 ついこの前、不意に見てしまった彼女の裸に見惚れた――ついつい、見てしまうのは、水着痕が残る日焼けよりも、その大きくはないが小さくもない胸でもなく――割れたお腹だった。


 男子から見ても憧れるし、綺麗だと思う……。


 あれはもう芸術の域だな。


「ねえ、聞いてるの? 相変わらず矢部やべちゃんは妹ちゃんのこととなると自分の世界に入っちゃうよね……、シスコンじゃん」


 ずずず、と中身のなくなったドリンクの、溶けた氷をストローで吸う彼女――大小町おおこまちが、呆れた目で俺を見る……、シスコンじゃないし。


「俺はシスコンじゃない」

「シスコンだよ」

「シスコンじゃ、」

「まあどっちでもいいけど」


 最後まで否定したいところだったけど、大小町にそう言われてしまえば、前のめりになって否定するのも俺が意識しているみたいだ……、仕方ないので否定は後回しである。


「妹ちゃんに男ができたんだって? いいじゃん別に……、中二だっけ? だったら当たり前というか……、その頃には矢部ちゃんとあたしも『そういう関係』になりそうだったし……」


「…………掘り返すのかよ、それ」


「あら、諦めてないんだけど?」


 二年前。

 大小町に告白されて、でも俺は断って――……理由なんて大したことではなかった。当時の俺は、恋愛に興味がなかったのだ。

 それに、あの頃の大小町も、今のようにスポーツに打ち込んでいるわけでもなく、無理して作ったギャルキャラだった。だから告白も、周りの子に言われて、流れとノリでしてきただけだろうと思って断ったのもあるけど……。


 あの時に終わったのだけど……でも、不完全燃焼だったことは否めない。


 告白されて、俺は断って……それだけだった。

 その先への進展はなく、悪化もなく……なにもなかったのだ。


 そして、高校に上がってから――俺たちは再び急接近した。


 共通の知り合いを通じて――……再会したのだ。


「あっ、きたきた――おーい、こっちこっち!」


「ごめーん、先生に捕まっちゃって!

 この前のテストで赤点しかないから補習だってさー、さすがに嫌になっちゃうよねー」


「それは補習優先でいいのに……」


「でもやーくん、困ってるんでしょぉ?」


 隣の空いているテーブルをくっつけ、二人席を四人席にする……、当然のように俺の横に座ってきたのは、爪がカラフルな少女である――。

 学校では黒髪なのに、今は明るいピンク色だ……、学校での黒髪がウィッグであることを俺は知っている。彼女は自称アイドルの卵……らしい。


 歌と踊りはカラオケで見たことがあるので、演技レベルだけを言えばプロ級ではある。


 そんな彼女――姉川あねがわが、合流して早速、俺のハンバーガーに手を伸ばした。


「……それ、食いかけだぞ?」

「食べるのが遅いやーくんが悪いの。だからもらうね――あーん」


「ストップ。勝手に食べるな」

「……どうしてそれをなーちゃんが言うのかな?」


 俺のハンバーガーを巡り、睨み合う二人である……(ちなみに「なーちゃん」は大小町のことである。夏希なつきだから「なーちゃん」か……)いいよもう、食べかけだけど半分に割って、二人食べなよ……揉めるなら俺が引くから。


 割って渡すと、二人は不満そうに食べた……え、不満? でも食べるのか……。


「それで、やーくんはどうしたいの? 妹の――るーちゃんに近づく男の影を特定するの? 特定して――どうするの?」


「徹底的に調べ上げる。そして妹に相応しいかどうかを見極める――。

 不合格なら今後、妹には近づけさせない――」


 中学には信頼できる後輩がたくさんいるから――数人に声をかければ、その男子に圧力をかけることができるだろう……。妹を傷つけたりすれば、すぐに報告も上がってくる。


 在籍していないからと言って、俺の手が伸びないと思えば大間違いだ。


「兄貴が卒業してチャンス! とでも思ったか……甘いんだよ中坊め」


「小さいお兄ちゃんだなあ……」

 と、ポテトをつまみながら大小町。


「ねー。るーちゃんの恋愛なんだから見守ってあげればいいのに……」


「大事な妹だぞ、どこの馬の骨か分からない男に渡せるかよ……っ」


 残っているポテトを勢いのまま平らげてやる。

 塩が多過ぎて舌が焼けそうだった……、すぐに水分補給をして、口の中の不快感を流していると――前と横、二人は申し訳なさそうに顔を合わせていた。


「……どうしたの?」


「いやぁ……お兄ちゃんにそれを言われちゃうとねえ……」


「兄から妹への好意と同じように、妹から兄への好意も知ってる側からするとさあ……」


 ねえ? と、二人が顔を合わせて笑みを見せた。

 ただその笑みは、良い意味ではなさそうだった……、んー、どういう意味なんだろ……。


「ですから、お兄様はいつもいつも一方通行なのですよ。自分の気持ちが向けば、当然、相手からも同じ気持ちが向けられることも考えませんとね。……恋人とはそういうものでしょう? なのでわたしが愛してると言えば、お兄様もいずれわたしを愛するようになるのです!」


つばさか……。

 お前がこの店にいるのはおかしくはないが、いつの間に大小町の隣に――」


「三人で話し込んでいたので、隙を狙って座りました――三人とも気づかないなんて、よほど集中してお話していたのですね――わたし、話は聞いていましたよ。流歌るかちゃんのことでお悩みなんですよね?」


 るかの友達――、まあ、言わないでも分かるとは思うが、後輩である彼女……翼が、俺をお兄様と呼んでも、実の兄妹ではない。当然ながら。

 実の妹でも、俺のことをお兄様と呼んだことはないしな……、言われたくないってわけじゃないけども。


 頼んでも、今の流歌は呼ばないだろうなあ……なので期待はしない。


「……悩みというか……、流歌いもうとに男の影がありそうな気がしてな。調べたいんだけど……、翼はなにか知ってるか?」


「いえ知りません。どうでもいいことは認識しない主義なので」

「あーそう」

「わたしの頭の中はお兄様のことでいっぱいです」


 目立つゴスロリファッションで――気づけば俺のジュースのストローを(なぜか)吸っている後輩だ……、抵抗感とかないのか。

 ポテトをシェアするように、ジュースをシェアしているのかもしれないが……。


「ぷは」と彼女が口を離したストローからは糸が引き、彼女の唇に視線が奪われる……、妹と同じで、この子もだいぶ成長したからなあ……。

 ファッションやメイクのおかげで大人っぽく見える。

 ……黒って、大人に見えるんだよなあ……。


 横のピンクは、逆に後輩に見えるし。


「ん? なに?」

「なんでも」


「……なんか下に見られた感じがしたんだけどー」

「見てないよ」


 ほんとにー? と詰め寄ってくる。身を引くと、なぜかなにもないはずなのに、そこに肘が当たる感覚がして――見れば、椅子を移動させ、俺の隣に座っている翼がいた。


 なんで三対一で席に座るんだ……。


 大小町を見ろ、一人でかわいそうじゃないか。


「……モテモテだねー、矢部ちゃん」

「…………俺で遊んでるだけ……だろ」


「かもねえ」


 左右から「本気です(だけど)!!」と不満の声。

 目の前では、テーブルに肘をつき、手の平を顎に添えた大小町が微笑んでいる。


 優しい笑みだった。


「でも、初告白はあたし、なんだよねえ?」


「……だな。あの初めての告白は、やっぱりインパクトがあるよな……」


「あはっ、ってことはあれだね、これからどれだけの女の子が矢部ちゃんに告白しても、あたしと比べるから――いつもあたしが矢部ちゃんの中にいるってことだ……っ」


 言われてみれば、そうか……常に大小町が現れる。


 その良し悪しは置いておくとして、俺の中で大小町は、深くまで根付いているのか……。


「矢部ちゃん」


「なんだよ」


「あたし、まだ好きだからね? それに、あの時の告白はノリじゃないよ。少なくとも気持ちはあったよ……小さかったかもしれないけど、なんとも思っていない相手に告白はしないよ」


「……そ、っか……」


「返事は?」


「え、と――」


 返事をしなければ、と焦った頭を冷静にしてくれたのは、両脇にいる少女からの、頬へのキスだった…………、え?


「ねえ、勝手に話を進めないでくれる?」


「お兄様、この女の術中にはまらないでください……危なかったですね。これからはわたしの傍にいてくださいね。危険人物から守ってあげますから――」


「必死だねえ、あなたたちも」


 大小町と姉川、さらに翼が睨み合う……一触即発の空気、だけど……気づいているか?

 周りの客からの視線の方が、よほど過激で痛いということに――。


 学生が多くいる。

 しかも男子ばかりだ……、嫉妬の殺意が、俺を突き刺してくる……。


『なんであんな冴えない奴に……ッ』


 いやぁ……ほんとにね。

 俺も、こういうハーレム状態の男に嫉妬する側だったんだけど……、こうして、なぜか女子が寄ってくる。いや別に、なんの関係性もないわけじゃないけどね……、最初からこの好感度ではなかったから……やっぱり積み重ねがあるのだ。


 好意を向けられる理由は分かるし……、でも、そんなことは外側からじゃあ分からないのだ。

 俺がラッキーなだけ、と思われているかもしれないけど、一応、この報酬を得るべき働きはしたつもりだ……、もちろん、発端は偶然だったにしても。


 たとえば。


 冴えない奴でも、彼女の自殺を止めれば、好かれてもいいんじゃないか?



「……保留」


「また?」


「また……、待てなければ離れてもいいよ……俺は酷いことをしているんだし……」


 キープしているようなものだ。嫌われて当然である。


 なのに、大小町だけじゃない、姉川も、翼も、待ってくれている――それに他のみんなも。


 俺の答えを、待ち続けてくれていて――


「申し訳ねえなあ……」



「じゃあさっさと決めろ、バカおにぃ」



 と、低い壁の向こう側にいたのは、妹とそのお友達だった――。

 ひょこ、と顔を出した妹と目が合う――うぉ!?


「え、流歌!?」

「全部、聞いてたから」


「全部……!? いや、違うぞ――(ん? でもばれているなら好都合か?)……じゃあ、話は分かるな? お前、最近、好きな男子ができたんだろ!? お兄ちゃんに教えなさい。その男はどこの誰で、どんな奴なんだっ、お前に相応しい男かどうか、俺が徹底的に見極めて――」


「それ、おにぃが言うの?」


 妹の冷たい目。


 その目は、友達である翼には向いていないが、大小町と姉川――さらに、この場にはいないが、最近、俺の傍にいる女子たちのことを思い出して、向けているのだろう……。

 妹には度々見られているから、それぞれの顔くらいは覚えられているかもしれない。


「……外で見かけるといつも違う女を従えてさ……どこの誰なの? どんな人なの? 信用できるの? ……どこの馬の骨か分からない女に、おにぃは渡せないよ」


 妹がびしっ! と、俺を指差して、


いもうとの恋愛よりもまずは自分の恋愛に決着をつけなさい!!

 断ってもいいから……っ、宙ぶらりんな状態が一番ダメだからね!?」



 ……後に分かったことだが、妹は『彼』からの告白を『断った』らしい。


 妹は決着をつけていた……なら。


 次は、俺の番だ。




 …了

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