第34話:人に勝つ経験。

 ガシャ、という音がして、鞄の中の瓶が割れる感触。いや、これはアランさんの顎が砕ける感触だろうか? どちらにせよ、これが僕が出せる最大威力の攻撃だ。真下から真上へ。顎を打ち抜かれたアランさんは、無精髭の生えた喉を見せながら数センツほど宙へ浮き上がり、やがて仰向けにぶっ倒れた。


 はあ、はあ、と荒ぶる呼吸をなんとか落ち着かせながら、倒れたアランさんを確認すると。


 白目を剥いて、気絶している。


 僕はその光景が、信じられない。

 倒した、倒した? 僕が? アランさんを?

 意味がわからない。あんなに怖かったのに。

 強くて、威張ってて、二度と会いたくないと思っていた、あのアランさんを?

 不意打ちとはいえ、僕が、倒した?


「や、や、や――」


 僕は何度か声を震わせて、かと思うと横にいたミケルさんが歓声を上げた。


「やったニャーーーーーッ!!!!」


 ガシ、とミケルさんが抱きついてきて、そのままぴょんこぴょんこと跳ね回る。


「すごいニャゼジ! どうやったんニャ!? 死んだかと思ったニャぞ! っていうか、え!? 本当にどうやったんニャ!? 槍に貫かれたのは幻惑アイテムの効果だったんニャ!?」


「あいたた、ちょ、ミケルさん、おち……落ち着いて!」


 僕が両手でミケルさんの手を取ると、僕の両手も、ミケルさんの両手も、震えていた。わざとやっているのではないかというくらいガクガクと、緊張からか、興奮からか――僕たちは一瞬顔を見合わせて、どちらからともなく高らかに、笑った。


 夢みたいな気分だった。

 時間が止まったかと思った。

 この日の出来事を僕は、一生忘れはしないだろう。


 こうして僕は、社会人になって初めて、人と戦って勝つ経験をした。自分を見下していた人間を見返し、一泡吹かせるのは、それはそれはスカッとした気分だった。だけど僕は、それだけじゃ駄目だったんだ。こんな出来事は、ほんの序の口で。僕がいつのまにか手に入れていたこのスキル『リジェネレート』を巡って、僕は大波乱に巻き込まれていくことになるのだから――。


 視界の端に浮かぶ文字列が、僕が意識を向けるまもなく、変化する。



『スキル、リジェネレート。

 残機数:残り1』



(つづく)

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底辺薬師の残機アップ 渡柏きなこ @otennbaotoko

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