第33話:勇者のスキル
ズガッ! と音がして、呼吸が止まった。息を吸おうとすると激痛が走って、動かせない。吐くこともできない。身体の中が燃えるように熱くなって、びりびりと痺れる。目がチカチカする。立っていられなくて、そのままその場にくず折れる。
「ゼジ!? どうしたんニャ! ゼジ――ッ!?」
そんなミケルさんの声が聞こえたような気がする。見れば自分の胸元から、槍の先端が顔を出していた。何本の骨を砕いたのだろう。何本の血管が貫かれたのだろう。ああ、駄目だ。意識が遠のいていく。視界が得た情報が脳に拒絶されて、何もわからない。周囲の物事が観測できない。
早く!
と僕は思った。
早く、死ね!
死ね、死ね、死ね、死ね――
さっさと発動しろ《リジェネレート》……!
それはその昔、勇者・ヴェレトスを支えたと言い伝えられるユニークスキル。効果は命のストック。このスキルを持つものは、ストックを全て失うまで死なない。だがこんなにも回復に時間がかかっては意味がない。戦闘中では役に立たない。神話では、勇者ヴェレトスは無敵の英雄のはずだった。何度貫かれても何度焼かれても、すぐに甦り、戦った。だからきっと、すぐ発動するはずなのだ。このスキルはそういう効果のはずなのだ――!
最初に《これ》が発動した時は、僕は意識を保てていなかった。ミケルさんにクビにされ、ミミさんの手下に首を裂かれ、絶命したあの夜。きっと僕はゆっくりと失血して、じわじわと死んだ。あの時はすぐ回復しなくて助かった。だけどいまは違う。僕はすぐに死ななければならない。すぐに死んで、回復して立ち上がり、ミケルさんを連れて逃げなきゃいけない。
だから、頼む、頼む、頼むよ――
いますぐ僕を、死なせてくれッ!!!!
「残念だったね、ミケルちゃん」
余裕のある足音。それに続いて、アランさんの声。
「君が見つけてきた人材、殺しちゃったわ」
くくく……と堪え切れないように上がる笑い声。そして近くから、ミケルさんの、涙で滲んだような声がする。
「ふざけニャがって……どうしてこんニャ……」
ミケルさんが立ち上がる気配。いや、その後に続いた「ぐぅっ……」という息遣いからすると、ミケルさんは再び首根っこを掴まれたのかもしれない。そんなの、絶体絶命だ。大ピンチじゃないか。早く、早く――
「さて、じゃあちょっと予想外もあったけど予定通りに……あー、イェルドもグリマルもいま使い物になんねえんだっけか? めんどくせえ。お前も今すぐ殺しちまうか、そしたら」
アランさんが言うのが聞こえて、僕を貫く槍に力がこもるのがわかる。槍はなかなか抜けなかったが、やがてズポリと、水音を響かせながら抜けた。支えを失って、僕は土下座するように床に倒れる。暖かい血が、床にこぼれる。暖かい、暖かい、僕の血が――
「最後に何か、言いてえことあるか? いま謝ったら許してやるかもしれないぜ?」
そんなアランさんの質問に、ミケルさんはくぐもった声で――それでもやはり、何ひとつ物怖じせず、ハッキリとした声色で答えた。
「……地獄に落ちるニャ、カスが」
「ああ、そうかい!」
そうしてアランさんが槍を振りかぶる気配があって――
『ぴこーん』
そんな間抜けな音が、廊下に響いた。
僕は目をぱちりと開ける。ぎょろ、と目玉を動かして、アランさんの位置を把握する。
「ん?」と言って、アランさんは動きを止めた。
「なんだ、今の音?」
僕は歯噛みしながら、極度の緊張と恐怖と、武者震いに身を揺らしながら、「遅いよ」と小声で呟いた。
「あ?」
とアランさんが言うのと同時、僕は回転しながら立ち上がる。床に撒き散らされた自分の血に滑ってしまいそうになりながら、だけど全身全霊の力を、振り絞りに振り絞って脚を動かす。腰を回す。
そうして、ミケルさんの首根っこを掴んだ姿勢のまま、何が起こったのかわからない様子で固まるアランさんの――隙だらけの姿勢を晒すアランさんの、顎目掛けて!
僕はアイテム瓶が入った鞄を、全力で、遠心力を乗せて!
思いっ切り、振り抜いた!
(つづく)
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