第32話:かっこいい人に、なりたい。
「それより、逃げるニャよ!」
「え、でも――」と僕は背後のドアを確認する。アランさんのナイフ投げの衝撃で開いたドアの向こうには、まっすぐな廊下がある。階段まではおよそ十五メイル。その間逃げ道は左右にない。またアランさんにナイフを投げられたら今度は高確率で僕らが的になる。
だがミケルさんはニヤリと笑って、もこもこした手を掲げた。そこには先ほどアランさんが投げたのと同じナイフが三本、握られている。
「え!? ミケルさん、これは!?」
「さっきの攻防で全部スッといたニャ! いまのうちに逃げるニャ!」
す、すごい……! いつのまに!
僕らは急いで立ち上がり、一目散に背後へ向かって駆け出した。ミケルさんはいまだ視力を失っているので、手を繋いで、僕らは客室を抜け出す。
やった! 脱出成功だ! だがこれで終わりではない! アランさんたちは視力が回復し次第、僕らを追ってくるだろう。ウォーキンデックスさんたちに事情を説明してかくまってもらうか!? それとも彼女らには悪いけど、一旦可能な限り遠くへ逃げた方が良いだろうか!?
そんな風に次へと思考を進めようとした僕の背後で、舌打ちの音が聞こえた。
「チッ」と。
「チッ、チッ、チッ、チッ、チッ、チッ、チッ!!!!」っと。
――反響、定位。
ぞっとして、僕は片目で振り返る。暗い廊下から見た、もはや薄明るくすら感じるようになった、執務室のような客室の中。反響定位を繰り返した赤毛の戦士・アランさんが、凶悪な笑みを浮かべながら――槍を、振りかぶっていた。
一瞬の思考。ありえない、という言い訳にも似た言語情報。
通常、投げナイフなどの使い捨ての得物は別として、戦士は自身の武器に固執する。手に馴染んだ、ちょうど良い重さ、ちょうど良い長さの、自身の相棒とでも言うべき武器に執着を見せる。
しかもアランさんが持っているのは槍だ。いくら屋内で撮り回せるほどに槍術を研ぎ澄ませたとしても、外してしまえば僕らに武器を奪われる可能性もある。それを目の見えない状態で投げるなんて、よっぽど自信があるのか、それともそれほどまでに僕たちを見下げているのか。
信じられない面持ちでいると、爛々と見開かれたアランさんの目と、目が合った。そして僕も目を見開く。《蛍光イカ墨》の効果が切れたのだ。回復したのだ、アランさんの視力が。だからアランさんは槍を投げるという選択肢ができた。
完全に僕のミスだ。想定が甘かった。
ダメだ、このままじゃ確実に殺される。
槍が外れる可能性にかけるなんて、危なっかしくてできやしない。
どうしよう!? どうしよう!?
再び遅延してもったりとする視界と感覚。
緊張に吹き出す汗と、手に握るミケルさんの毛並みの感触。もふもふと柔らかい、僕を守ってくれた小さな猫系獣人さんの、肉球の感触を手のひらに感じる。彼女だけは守らねばならない。僕のために身を挺してくれた、彼女の命だけは、絶対に……!
そして僕は視界の端に浮かび上がる、文字列を見た。
僕が目を開けている間、薄らと視界の端に浮かび上がり続けている、その奇妙な文字列――。
『残機数:残り2』
僕は、僕は、僕は、僕は――
握ったミケルさんの手を、前へと――
自分より前へ、廊下の先へ、押しやった――
(つづく)
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