第31話:戦士の、実力。
「チッ」とまたも舌打ちしながら、アランさんはニヤリと笑った。
「詰め方が甘えんだよ……瓶の割れる音が聞こえたからなあ? 隠れて見てたんだろ、ゼジぃ……?」
僕の背筋を怖気が走る。名前を呼ばれた! どこまで感じ取っているんだこの人! それともハッタリ? しかし目が見えない状態で大きく動くのは避けたいのか、アランさんは防御姿勢のまま動かない。いまがチャンスなのは変わらないはず!
僕の狙いは戦闘ではなく、離脱。支えを失い、壁際に倒れたミケルさんに駆け寄って、その手をとった。ふさふさの毛とやわらかな肉球の感触。
「ミケルさん、立てますか」
「お前……っ! なんで出てきたニャ――」
ミケルさんはしかしケホケホとむせ込んで、中々立ち上がれない様子だった。背中を相当強打したらしい。蛍光イカ墨のせいで視力も一時的に失っている。しかたなく僕はミケルさんの体をこう……脇に抱えるみたいにして持ち上げた。
「ニャッ!?」とミケルさんが声を上げるが、緊急事態につき許してほしい。というかミケルさん、めちゃくちゃ軽い。二十キュログレムもないんじゃないか? 一か八かだったが、これなら逃げられる!
そう思って出口に向かって駆け出した、その瞬間。
「――!? 伏せるニャ!!!!」
とミケルさんが鋭く叫んだ。僕は驚いて、足を滑らせてしまう。重力に捕まえられてふわりと生じる浮遊感に「しまった!」と思っていると、背後から飛んできた何かが、さっきまで僕の頭があったところを通り抜けて、部屋のドアに『ガツン!』と突き刺さった。
飛んできたのは、ナイフだった。その衝撃でなのか、ぎぃぃ……とドアが徐々に開いていく。ぎょっとして背後を振り返ると、さっきのままの低い――しかしナイフを投げ終えた姿勢のアランさんが『チッ』と舌打ちを鳴らした。それは《反響定位》なのか、それとも投げナイフを外したからなのか。いずれにせよ、僕は恐怖に慄いた。アランさんはもう、殺す気でいるのだ。僕とミケルさんを、殺害対象として認識しているのだ!
「ニャォッ!」
と言って、立ち上がったミケルさんがアランさんに向けて爪を振るう。ミケルさんまで《反響定位》を!? と思ったが違う。獣人族は元来、視覚以外の感覚が人より優れているのだ。嗅覚や肌感覚で気配を感じ取っているのだろう。
そしてそんなミケルさんのひっかき攻撃を、こともなげにアランさんもかわす。姿勢を立ててすいすいすい、と。ミケルさんの攻撃は僕には速すぎて全然見えないが、アランさんにとっては軽く戦い方を習っただけの子どもと遊んでやっているようなものなのだろう。
戦闘技術を持つ人たちというのはこんなにも肉体を動かすのが上手なものなのか!?
自身の命の危機でもあるというのに、あまりにも流麗なふたりの身体操作に僕は一瞬目を奪われ――しかし、それも束の間。
《蛍光イカ墨》によって視力を失ったままのはずのアランさんの瞳が『かっ!』と開いた。
そして、それまで避けるに徹していたアランさんの右腕にぐっと力が込もる。僕は咄嗟に、ミケルさんの体に抱きついた。そのまましゃにむに後ろへ飛ぶ。
こんな狭い室内でどうやって障害物を避けているのか、直後アランさんの槍は『ブオン!』と唸りを上げ、目にも止まらぬ疾さで空を裂いた。ギリギリのところでそれを避けた僕らはふたりして仰向けに転がる。
「大丈夫ですかミケルさん!?」と確認すると、
「ヒゲを切られたニャ」とミケルさんが悲しそうに呻く。よかった、大丈夫そうだ。
(つづく)
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