第30話:対人戦は初めてです……汗
取り出したのは《蛍光イカ墨》と《雷を受けた長石》の粉末。その場では調合せず、すぐさま放り投げる。ふたつとも机の上で割れるような軌道。黄緑色に光るビンと銀色の粉の入った試験管がくるくると回りながら宙を舞う間に、僕はマントで視界を塞ぐ。
するとマントの向こう、カシャンと小さな音がして――かと思うと紫色の光が一瞬灯り、次の瞬間、バチバチと油の弾けるような音とともに、緑色の強烈な閃光が辺りを包み込んだ。禁水性の《雷を受けた長石》が《蛍光イカ墨》と反応し、一気に爆散。《蛍光イカ墨》の光を増幅しながら燃焼し始めたのである!
「えっ、何!? 何よこれ!」
「何にも見えないんだな!?」
グリマルさん、イェルドくんがそれぞれ声をあげる。よし、ここまでは大成功! しかしこの発光反応は長くは続かない。マントで光を遮って視界を確保しながら、僕は再び二つの瓶を投擲する。グリマルさんに投げたのは鬼角辛子と馬糞ネギの粉末を混ぜて作った《ゲホゲホパウダー》、イェルドくんに投げたのは百眼ウミウシの粘液と炭酸ココナツジュースを混ぜて作られる《スライムもどき》。どちらもクリーチャー用の非殺傷調合アイテムだ。
グリマルさんは懐から十五センツほどの長さの携帯杖を引き抜き「
イェルドくんは、こちらも足に着弾した《スライムもどき》がねっとりと膨張。「なんなんだな!? ね、ねちょねちょしたのが……」と言ってスライムにしか見えない物質に足を包み込まれた。これで誰かに外してもらうまで動けないはず。
いいぞ! やった! 二名の無力化完了!!!!
続いてアランさんも無力化すべく、僕はミケルさんのいる方へ近づく。やがて《蛍光イカ墨》の発光反応が収束すると、明暗差によりさっきより室内が随分暗くなったように感じられた。
「チッ」という舌打ちを高らかに響かせて、アランさんは槍の柄を持ち、身を伏せる。視覚はいまだ失われている様子だったが、空いた手にはいつのまに引き抜いたのかナイフが握られている。
「チッ」とアランさんがまた舌打ちをする。よっぽど腹が立っているのだろうか? だがこの隙を逃す手はない。いくら怒らせてしまおうと、これが千載一遇のチャンスなことに変わりはないのだ!
僕はバッグからさらにもう二瓶、今度は《ゲホゲホパウダー》と《スライムもどき》を同時に投げる。これらのアイテムの良いところは、瓶が割れさえすれば防御されても効果が発揮されるところだ。
逆に言えば瓶をキャッチされでもしてしまうと薬師の作るアイテムはまったく意味をなさなくなる。これは職業倫理上、非使用時はアイテムを安全瓶に保存しようとする《薬師》という生き物全体の共通弱点とも言えるかもしれない。
だがアランさんは、まさか僕が不意打ちをかけているなどとは思ってもいないだろう。おそらく魔法使いか盗賊の襲撃を想定して、警戒体制に入っている。故に両手には槍とナイフ。あんな状態では瓶をキャッチするなんてきっと不可能!
そう判断して、僕はアイテム瓶をアランさんへ向けて投擲。これで制圧完了だ!
――そう、なるはずだった。
「チッ」
と、再び舌打ちの音を響かせながら、アランさんは左手のナイフの先端で、瓶を絡め取った。まるで踊り子が投げ上げた鞠を足先で手玉に取るかの如く、衝撃を吸収し、割れるはずだった瓶を、二つとも、かろっ、と床に転がす。
僕はアランさんが披露したその芸当に驚愕して、しかしどこか冷静に、頭の片隅で思った。
《反響定位》か!?
さっきからアランさんがしている「チッ」という舌打ち。アレは音を発することによってその反響音を聞き取る技術、《反響定位》! アレができる人はその反響音から、周囲の状況をある程度把握することができる――らしい!
「チッ」とまたも舌打ちしながら、アランさんはニヤリと笑った。
(つづく)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます