第29話:まさかの、戦闘開始です……!

「じゃあそれでこいつの手足粉々にして、未踏破ダンジョンに置き去りにしよう」


 聞き間違い、かと思ったのは僕だけじゃないらしく、イェルドくんが「へ?」と聞き返し、同時に逃げ出そうとしたミケルさんの首を、アランさんがこともなげに掴み上げた。そのまま壁に向けてミケルさんを投げ飛ばす。壁に背中を打ちつけたミケルさんは絶息してむせ込み、けほけほとえづいた。


 まずい! と僕は思った。


 アランさんの性格はよく知っている。どんなに無茶な作戦でも、アランさんはやるといったらやる人だ。このままでは彼はイェルドくんにした提案を、文字通りそのまま実行するだろう!


 どうしよう! 何かないか!


 そう思って僕は肩から下げていたバッグの中を探る。ああ、だがクローゼットの内部が暗くて手元がよく見えない!


 アランさんは倒れたミケルさんの側にしゃがみこんで、静かに喋りかけている。


「ミケルちゃん悪いね、流石にカチンときたわ。無頼気取り、って言ったか? そうかもしれねえな。でも俺たちはそれで生きてきた矜持があんだわ。お前にはカスに見えるだろうが、お前はお前が踏み躙ったそのカスみてえなもんのために、これから苦しい思いをして死んでいく――おいイェルド、もたもたすんな!」


 一喝、されてイェルドくんがいそいそとミケルさんに近づいていく。両手にはいま腰から抜いたハンドメイスが二振り。どちらも光沢のない鉄製で、ずしりと重そうな上に、打撃部分にはたくさんのコブが付いている。あれで叩かれたらミケルさんの小さな手なんて、それこそ粉々に吹き飛んでしまうかもしれない。


 時間がないっ!


 幸いアランさんたちはこちらを見ていない。僕はバッグに手を突っ込みながら、いちかばちか! 覚悟を決めてクローゼットの外へ飛び出した!


 甲高い、自分でも情けない雄叫びを、それでも勇気を振り絞るため、高らかに響かせながら――。



 ◆



 極度の集中のせいか、全てがスローモーションに見えた。壁に押し付けられているミケルさん、その首根っこを掴んでいるアランさん、ハンドメイスを手に二人に近づくイェルドくんと、ソファの上で呆れたようにそれを見ているグリマルさん。銘々の首が、突然クローゼットから飛び出した僕の方へゆっくりと向けられつつある。


 僕は加速した思考の中で思い返していた。この執務室めいた客室の暗さとよく似た、松明に照らされた薄暗いダンジョンで。過去僕は何度もアランさんたちに叱責され、怒鳴られた。調合が遅い。状況判断が遅い。アイテムが効果的なものじゃない。


 彼らの言っていることは、換言すればいつもひとつだった。つまり『欲しい時に、欲しいものをよこせ』だ。的を射ていると思った。自分が悪いのだと思った。そんなシンプルなことさえできないから、仲間の命を危険にさらして、怒られるのだと。それはミケルさんやウォーキンデックスさんの話を聞いた後でも変わらない。


 だから、必死で考えた。暗闇でも調合ができるようにする術。専門的になりすぎず、応用の効くアイテムを調合できるようにする工夫。直面しそうな状況をあらかじめ考え、想定できるようになるための戦略。


 それらはいつしか僕の頭に深く深く刷り込まれて、ほとんど癖のようになっていた。


 僕は、目を見開く。しばらく使っていなかったカマドに再び火を入れたような感覚。頭の中が異様にクリアで、視界が晴れ渡って見えるような錯覚。


 状況判断。追撃の可能性を考慮すると三人とも無力化の必要あり。が、自分自身に影響が出てはならない。不可能。仕切り直し。困難は分割せよ。無力化は一時的に。その後各個撃破。これだ。


 効果的なアイテムの選定に移行。

 ×毒、×痺れ、×火炎、△小規模の爆破、⚪︎閃光。

 確定。


 僕はバッグに手を伸ばす。瓶に貼ったシールで目視の確認を省略。ざらっとした手触りの丸いシールの瓶――あった!


(つづく)

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