第28話:口論の末に。
僕は混乱しながら、続きを聞く。
「自分を生かせる場、ねぇ……?」とアランさんが眉根をひそめる。
「じゃあゼジの野郎はもう、別で働き口見つけたわけかい?」
するとミケルさんは得意気そうに言う。
「どころか、個人でビジネスを始めてるニャ。白魔導師のウォーキンデックスまであいつに力を貸してるニャよ」
ウォーキンデックス、という名前を聞いた瞬間、元パーティ仲間の三人が一斉に息を飲んだ。
「ウォーキンデックスって、あの天才白魔導師なんだな?」
「竜人語の権威で、いまの防衛会補佐役のお弟子さんの……!?」
「なんだってそんな奴が、ゼジの野郎なんかに……」
「これでわかったニャろ、どっちが無能な人材だったのか!」
三人の反応を見て、見下げ果てたようにミケルさんは続ける。
「お前ら三人の価値は、お前らが雑用としてこきつかった薬師一人にも圧倒的に劣ってるんニャ! わかったらこんなところでくだ巻いてニャいでさっさと出てけ! 仕事の邪魔ニャ!!!!」
しーん、と。
ミケルさんが言い終わってから、しばらく沈黙がその部屋に流れた。
その、汗が落ちる音すら聞こえてきそうな静寂の中で、僕は考えた。いままでの話を聞いていて、何かぴんときたような気がしたのだ。
僕がミケルさんから『明日から来なくていい』と言い渡される一ヶ月ほど前。僕は確かに有給申請を出した。でも確かに、まさか通らないだろうなと僕は思ってはいたのだ。毎日の仕事と残業でへとへとで、心も身体もぼろぼろに疲れて、仕事で使うアイテムも底をつきかけていたから、仕方なく苦肉の策で提出しただけで、きっとそれはまかり通らないだろうなと心のどこかで思っていた。
それが案外すんなり通ったので、僕は信じられない気持ちがしながらも、一日休んでアイテム補充に精を出すことができたのだ。会社側が許可したのだから、当然問題なく休めるものだとばかり思っていた。だからこそミケルさんにクビを言い渡されたとき、僕はショックで何も言い返せなかったのだ。
だが言われてみればそれはおかしい。ミケルさんはあの時『国が定めてるんだから申請されたら有給を出さないわけにはいかない』と言っていた。だがだとしたら『国が定めているのだから、急なクビを言い渡して罷免するのも、してはいけない』はずではないか。あの時は全く気づかなかったけれど、ミケルさんの発言は大きく矛盾していた。
そして、さっきのグリマルさんの台詞。
『ゼジの奴、いつのまにか面倒臭い書類関連全部揃えて、即日退社しやがった』
『個人でできるわけない、手引きした奴がいるはず』
つまり元パーティメンバーの彼らにとって、僕は有給を取ったのではなく、すぐさまギルドを抜けたという認識になっている。そしてそれは、仕事に忙殺されていた僕ひとりでできるような所業ではない、ということになる。
ならば、どういうことになるのか?
その意外な結論に、僕は思わず手を打ちそうになった。
つまり、ミケルさんが勝手に、
僕に解雇通知を突きつけたのだ!
僕の代わりに必要な書類を全て揃えて!
僕が会社に来なくて良いように采配した!
ではミケルさんはなぜそんなことをしたのか?
あまりにも使えない僕が邪魔で仕方なくて、さっさと解雇したくなって暴挙にでたのか? いいや違う、そうではない。そんなことは今日再会したミケルさんの言葉や態度を見てればわかる。
きっとミケルさんは、助けてくれたのだ。
アランさんのパーティから。
自身が可能性があると感じた、薬師の卵である僕を。
使い潰されないように。
才能を摘まれてしまわないように。
だからミケルさんは、僕の成功を喜んでくれた。
そしておそらくアランさんたちから僕を連れ戻すように言われているのだろうに、こうして断固拒否してくれているのだ。僕はここにいるというのに。僕を差し出せば話は済むかも知れないというのに。
多少の飛躍や、疑問点はいくつかある。だがそれが最も筋の通る解釈だと僕は感じて、なぜだか胸が熱くなった。
……やがて、アランさんが声を上げる。
「あっはっは」と。
心底おかしそうに。
「傭兵崩れ、ね。ひどいなそりゃ。泣いちまう。どうしてそんなひどいこと言うんだ? 俺たちはパーティメンバーの欠員補充をしてほしかっただけなのにな?」
そう言ってイェルドくんの方を振り向くアランさん。イェルドくんは気まずそうに頷くが、その返答の鈍さにもアランさんは眉ひとつ潜めず再び笑う。
「いやー傑作だよ。一本取られた。これは仕方ねえ。……なあイェルド、いつも使ってるハンドメイス、今も持ってきてるよな?」
「え、お、おう……もちろん持ってるんだな」
「そうか」
するとアランさんは、なんでもないことのように言った。
「じゃあそれでこいつの手足粉々にして、未踏破ダンジョンに置き去りにしよう」
(つづく)
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