第27話:ただいま口論を盗み見しています……。

 あんな、言い返していいんだ……!?


 ミケルさんすごい、と思った。なんというかこう、舌戦がうまい! 信じられないものを見た思いがして目をぱちくりさせてしまう。


 僕もあの二人にはめちゃめちゃに嫌味を言われていたけれど、なぜか全然言い返す気にならなかった。なんでだろう、仕事の出来なさや、申し訳なさを感じていたからだろうか?


 でもミケルさんは僕が抱えていた葛藤や恐縮さは全て『それはそれ、これはこれ』と言い放ったのである。


 そっか、と僕は感動した。

 そんな風に考えてもいいんだ、と。


 なんだか目の前が急に開けたような気がして、僕は心を踊らせて――次の瞬間、木箱を叩き潰したかのようなものすごい音がして、心臓が止まるくらい驚いた。気づけば顔のすぐ横に、水平な槍の穂先がある。クローゼットの中の暗闇でさえギラギラと鈍く光る、怪しい刃が。


 なにがなんだかわからず僕は動転して、なんとか声を漏らさないようにしながら、やがて理解する。アランさんが、槍を投擲したのだ。僕の入っているクローゼットに向けて。運良く顔の脇スレスレを通り抜け、クローゼットを貫通し、おそらく背後の壁に突き立っているであろう槍の威力を見ながら、僕はヘナヘナとその場に座り込む。と、同時。


「なにするんニャ!」


 とミケルさんがたまらず立ち上がった気配がした。


「ここはギルドマスターが借りてる部屋ニャぞ! 備品をぶっ壊すとはどういう了見ニャ!」


「どういう了見か? 見てわかんないかねえ? そんなもん知ったこっちゃねえ、ってことだよ」


 ずぽ、と音がして槍が引き抜かれ、クローゼットがガタガタと揺れる。広くなった扉の隙間から再び部屋の中を覗き見ると、アランさんは高々と足を掲げて、次の瞬間羽ペンやインクや羊皮紙ごと、机の上のミケルさんの手を踏み付けにした。


「――っ、痛っ……」


 アランさんの行動が予想外だったのか、ミケルさんは咄嗟に反応できなかった。踏まれてしまった自分の右手から、必死にアランさんの足をどかそうともがく。だけどアランさんはぐりぐりと、足を捻りながら体重をかける。


「あのなあミケルちゃん。俺たち元々無所属の傭兵。金払いがいいからってアンタらんとこでパーティやってるけどな、根本的には君らがいなくても個人でやってけるわけ。わかる?」


「痛ったいニャ……! 放すニャ……ッ!」


 ミケルさんのうめきが聞こえているのかいないのか、アランさんは得意そうな顔で槍を右肩に背負う。


「そもそもさ、アンタらが言い出したんだよね。才能のある薬師を見つけてくるから、四人でパーティ組んで稼いで来いって。それなのにあんなちんけな子ども捕まえてきて、案の定役に立たない。そんなんで良く上から物言えたね? え?」


 だんだんと声に怒りを滲ませていくアランさんの足の下で、ふかふかのミケルさんの手がみしみしとひしゃげる。自分の手まで痛くなるような光景に僕は息を飲んで慌てた。どうしよう……!? だが――


「いってぇ!」と言ってアランさんが足をどける。ミケルさんが、空いている方の手でアランさんの足に爪を立てたのだ!


「なにすんだお前!」と一括し、アランさんは槍を振って机を叩き割る。すごい迫力だ。その剣幕にイェルドくんもグリマルさんも慄いている。だけどミケルさんだけは、怯まなかった。


「そのご立派な槍は脅しの道具かニャ? 傭兵崩れが無頼気取ってデカい面しニャがって……」


 そう心底軽蔑したように笑ったミケルさんは、次の瞬間鋭い声で叫んだ。


「吹いてるんじゃニャいッ! こっちはちゃんと人件費かけて、試験と面接して、きちんとした人材を見つけて来てるんニャ! 私らが掘り出した貴重な才能を育てようともせず無茶な仕事振って使い潰しといて、そっちこそよくもいけしゃあしゃあとモノが言えたもんニャッ!」


 ミケルさんは燃えるように怒っていた。踏まれた手を胸に庇いながら、だけど全身の毛を逆立てて、瞳を細くして牙を向いていた。


 だが、アランさんも負けていない。いまにも物理的に噛みついて来そうなミケルさんの目の前に顔をずいっと近づけて、静かな声で言う。


「あのね? いいから、いますぐ、ゼジを連れ戻せ。あんな野郎でもいないよかマシなんだよ。それがお前の仕事でしょ?」


 フン! と威嚇するように笑いながら、ミケルさんは返す。


「お断りニャ。お前ら勘違いしてるみたいニャから言っておいてやるけど、愛想尽かされたのはお前らの方ニャ。自分たちのやり方に拘って新入りに文句言うしかできなかった三流冒険者どもが。お前らに呼ばれたって、もうゼジの方が願い下げニャ。あいつはもう自分を生かせる場で活躍してるんニャから!」


 ミケルさんがそう言うと、ソファに控えていたグリマルさんが「ははーん、やっぱりミケルの差金だったんだ」と呟く。


「ん? どういうことなんだな?」と首を傾げるイェルドくんに、グリマルさんが耳打ちする。


「ゼジの奴、私らがあんだけ色々仕事押し付けて忙殺しといたのに、いつのまにか面倒臭い書類関連全部揃えて、即日退社しやがったでしょ? 個人じゃ絶対できるわけない、手引きした奴がいるはずだ、ってアランも言ってたじゃない」


 なんとかそれを聞き取った僕は、目を見開いた。


 面倒臭い書類? 即日退社? 手引き?

 それら全てに、覚えがなかった。

 いったいどういうことだろう。

 

 僕は混乱しながら、続きを聞く。


(つづく)

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