第26話:肉球、ぽむぽむ。

 これは……素直な、称賛……?


 タシ、タシ、と柔らかな肉球で肩をぽむぽむされながら、僕はおそらく不思議な面持ちをしていただろう。でもそんな風にしていたら、不意にミケルさんが、ぴん!と耳と尻尾を立てた。


「マズイ! こんなことしてる場合じゃなかったニャ!」


 慌てたように振り向くミケルさん。何か聞こえた様子だったが、僕の耳には聞こえない。なんだろう? と思っているとミケルさんが僕の肩をグイッと押した。急に押されたので、僕は後退る。


「ミケルさん? え、ど、どうしたんで……」

「しーっ! 静かにするニャ! 黙ってそこのクローゼットに入るんニャよ!」

「い、いえ、でも僕もとの部屋に戻らないと」

「いいから言うこと聞くニャ! 後で説明するから!」


 そうしてこうして、結局僕は部屋の隅にあったクローゼットに押し込まれ、扉をばたむと閉じられてしまった。訳もわからず混乱しつつ、クローゼットの扉の隙間から様子を伺っていると、ミケルさんはいそいそと居住いを正してソファに座った。かと思うとにわかに扉の向こうが騒がしくなり――やがて乱暴に扉を開けて入ってきたのは、またしても見覚えのある人たちだった。


「邪魔するぞ」


 その声を聞いて、そして現れた赤い頭髪を見て、僕は心底動揺した。クローゼットの中に入れられていて良かったとさえ思った。


 背の高い赤毛の戦士に続いて、来訪者はぞろぞろと部屋に入ってくる。合計三人。全員に見覚えがあった。彼らはミケルさんと同じく元同僚――どころか、元は同じギルドの同じパーティの一員だったメンツだった。


「やー、こんばんはミケルちゃん」と言ってあたりを見回す、背の高い赤毛の戦士は槍使いのアランさん。


「あっちぃんだな……氷系魔道士雇ってないのかな」と独特な訛りで悪態をつく筋肉質の青年が重戦士のイェルドくん。


「使われてるわよ、氷系魔法。アンタが暑がりなだけでしょ」とイェルドに白い目を向けている女の子が風魔道士のグリマルさん。


 懐かしい面々であり、それは同時に僕のトラウマを直接刺激する顔ぶれであった。目をつむればミケルさんの言葉なんかよりもよっぽど鮮明に思い出せる。


 向けられた白けた視線、叱咤激励という名の暴言、罵声、投げ出された食料や、置き去りにされた記憶などなど……それも全て僕が仕事ができないせいだと思っていた。実際そういう面もあっただろう。思わず吐き気が込み上げて、えずいてしまいそうなのをグッと堪える。


「お疲れ様ニャ」

 

 と、すました顔でミケルさんが、三々五々ソファに腰を降ろしたアランさんたちに言った。見れば机の上には羊皮紙が広げられ、ミケルさんの手にはガナリヅルのものらしい黒い羽ペンが握られている。まるで彼らがここにくるまで、この部屋では何事もなかったかのようだ。僕と再開したことなんて、記憶にないという風にしている。


「おう、お疲れ。悪いねミケルちゃん、今日は時間作ってもらって。それにしても、立派なとこで事務作業してんだねぇ?」


 無精髭をさすりながら、アランさんがそんな風に言う。ミケルさんはフン、と鼻を鳴らす。


「私には過ぎた残業部屋ニャよ。ギルドマスターにたまたまツテがあっただけニャ」


「いやいや、ツテのあるギルドに入れたのはミケルちゃんの実力でしょう。もうちょっと誇ってもいいんじゃない?」


 ちょんちょん、と羽ペンをインク壺に差し入れながら、ミケルさんは再び口髭を揺らす。 


「私が非正規雇用なの知ってて言ってるニャ? どうせコネ入社ニャよ。下手なおべっかはよすニャ」


 するとアランさんの横のイェルドくんが「態度悪いんだな。獣人風情が生意気なんだな」と機嫌を損ねた風に言った。かなりの差別発言だが、ミケルさんはどこ吹く風。だがアランさんの横にいたグリマルさんはそれをいさめる。


「こらイェルド。口の聞き方に気をつけなさいよ。今の世の中じゃいつ訴えられるかわかんないわよ? 今の会話、《蓄音岩レクロック》で録られてたらどうするの?」


「別に訴える気なんかニャいニャ」


「あーら、どうかしらねー? ミケルさんって随分お堅い性格みたいですし」


「獣人の私が所帯持ちじゃニャいってことについて言ってるんニャら、大きなお世話ニャ。人のこと気にする前に、自分が所帯持つことを考えたらどうニャ? 私と一歳しか違わんニャろお前」


「なんですって……!」


 そんな風にグリマルさんが声を荒げると、今度はそれをアランさんが止める。


「まあまあふたりとも、落ち着けよ。俺たちが邪魔になって、余計にこいつの仕事が遅れたらどうすんだ? また待ちぼうけ喰らいてぇの?」


 いさめられた二人は一度はしょげたような顔になったものの、アランさんの後半の台詞を聞いて再び嫌らしい笑顔を浮かべ直す。


 下卑た笑みを浮かべる三人に向けて、ふー、と心底面倒くさそうに、ミケルさんがため息をついた。


「私の仕事が遅れてるのは認めるニャけど、あんたらが失礼なのとそれとは別の話ニャ。『話したいことがある』なんて急にかしこまって言うからニャにかと思ったニャけど、性格の悪さ自慢に来たんニャらもう充分ニャ。時間の無駄ニャから出てけニャ」


 それを聞いた僕は、クローゼットの中で口をあんぐり開けて驚いた。


 あんな、言い返していいんだ……!?


(つづく)

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