第25話:猫系獣人さんと再会、してしまいました……。
『蒼の海岸線』と呼ばれるこの街は、大規模な塩田と平野に挟まれた、巨大な港町である。住民たちの気風も良く、季節ごとに祭りを行う体力のある賑やかなこの街を、拠点に選ぶ冒険者は少なくない。
そんな街の一角に店を構える高級個室料理店・ソムディッシュは、王族の別荘だった邸宅を利用した、世にも珍しい食事処。世界の各地に作られた個性豊かな客室を、ワープの祝福がかけられた魔石で店と繋げ、連結する方式で作られている。その広々とした店内は、ダンジョン探索に疲れた大勢の冒険者たちの憩いの場――のはずだったのだが。
その一室で僕はいま、冷や汗をかきまくっていた。動悸がして、落ち着かなくて、心臓がばくばく言っている。こんなに汗をかいたのだから、摂取した塩分が全部体の外に出てしまったかもしれない。
僕が元々いたのは、洞窟のような内装の個室。机も樹木を荒々しく削り出したような無骨な形状で、壁面から張り出した岩にそのまま座るようなタイプの部屋だった。だがいま僕がいるのはそことは似ても似つかない、執務室のような内装の部屋。平らに均された木製の床と壁。机は黒塗りで、椅子の代わりにソファーが置かれている。落ち着いてお酒を飲む人、というのは身近にいなかったけれど、そういうのが好きそうな人向けの部屋だった。
そして、僕の目の前には、背の低い猫系獣人――ミケルさんがいる。そのぱっちりした目をまんまるに見開いて、なんなら口元から小さな牙を覗かせて、彼女は僕に言い放った。
「なんでお前がこの店にいるんニャ!?」
ミケルさんはいつもの、僕が半月前まで所属していたギルドの事務員服――つまり有体にいって、メイド服を身につけていた。首元の蝶ネクタイは嫌って外してしまう獣人さんが多い中、彼女は律儀につけている。その着こなしからも伺えるような生真面目さと、その価値観を相手にも適用する厳しさを持つ――僕はちょっと苦手なタイプの女の人である。
何を隠そうギルド所属時代、歯に衣着せぬ物言いで僕の無能さを的確に指摘し、けちょんけちょんにしてクビを言い渡したのもこのミケルさんなのだ。呂律が回らないのはしこたま飲んだお酒のせいではない。
目を合わせると『そんにゃんだから――』という、半月前の幻聴が聞こえた。
『そんニャんだから搾取されるんニャよ、アンタは』
「え、へ、いや、あの、えっと……」とつっかえにつっかえながら、僕はなんとかかんとか喋る。なんだっけ、なんの話だ!? ……そうだ! なんで僕がここにいるのか!
「あの、し、仕事仲間と、打ち上げに来てて……!」
僕が答えるとミケルさんは「ニャに?」と眉根を寄せた。「仕事仲間ニャって……?」その訝しむような表情に、僕は再び焦る。またなじられる。酷いことを言われる。なにか、なにか言わなければ!
僕はしどろもどろ、あることないこと――いや、あったことなんだけど、支離滅裂になってしまいながら、聞かれてもいないのに、思いつく端から話した。半月前にギルドを追い出されて、その後僕の身に起きたこと。意気消沈して、お酒を飲んで、女の子に殺されそうになったこと。協力者を探して、ダンジョンに潜って、ウォーキンデックスさんと知り合ったこと。才能を買われ、高価なアイテムを作り出し、クローゼさんと協力してお金儲けをしたこと。
「だから、今日は、そのお金で、打ち上げ――をしにきたんですけど、トイレに行ったら帰りに部屋を間違えちゃって……それで、偶然ミケルさんと、ばったり……ですね!」
えへ、へ……と頭を掻く僕はさぞ挙動不審だったろう。ミケルさんはなおもしばらくきょとんとした表情を浮かべていたが、やがて、
バシ! と僕の肩を叩いた。
ひっぱたかれた! と思った僕だけど、ミケルさんは明るい声で続けた。
「良かったニャないか! やっぱやればできるんニャお前は!」
「へ!?」
その台詞に今度は僕がきょとんとして、変な声を出してしまった。
「ふんふん、そうニャよな。やっぱり薬師ってぇのはそういう方面が強いもんニャよ。しかもお前、ウォーキンデックスってあのウォーキンデックスにゃ? すごい奴と仕事してるニャないか!」
「は、はぁ……そ、それほどでも……?」
かろうじてそう答えながら、僕は首を傾げる。
あれ? なんだろう、この反応は。
てっきりもっと手厳しい感じのことを言われると思っていたのだけれど。
言葉の上では称賛しつつ、胸の内では馬鹿にしている? あるいはウォーキンデックスさんの名前を出したことで僕に人脈的価値があると考えて手のひらを返した? しかしミケルさんの表情はこれまでに見たどんなときよりも明るく、華やかで、とても腹に一物抱えているようには見えない。これは……素直な、称賛……?
(つづく)
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