セカイが終わりを迎えた日

一兄サン

第123話 本当に主人公だったなら

 世界は滅びる、らしい。

 なんの確証も無いけれどもう人類は殆ど絶滅しかけている。

 まだ辛うじてラジオだけが使えていた頃。もう何ヶ月前なのか、今の自分には曜日感覚どころか日付の感覚も無いけれどその時にラジオから流れた声が語っていたのは、人類の三割が突如と灰になったという信じ難い内容だった。


 歩く度に分厚い苔が柔らかく沈む。

 緑の隙間から見えるアスファルトがここが一年前まで道路であった事を主張しているようだった。

 倒壊した建物にも緑が伸びて、空と太陽だけが昔と変わらずに俺らを見下していた。


「大丈夫だよ」

 たった一人、目の前の彼女の犠牲で世界は修復される、らしい。これまたなんの確証もないのだけど、ライトノベルで何度か見たことがあるようなシナリオを救世主を名乗った彼女が主張している。


「・・・・・・」

 そして今どこから手に入れてきたのかズシリと重い拳銃が渡される。

「終末デートは楽しかったし、もうやり残したことは無いよ。だから大丈夫」

「・・・・・・」

 世界が元通りになったらまた彼女に会えるだろうか。

 世界が元通りになったなら、今度は彼女とショッピングにでも。

 彼女が俺の手首を持って銃身を自身の胸に押し当てる。

「えっち」

「・・・・・・」

 世界が元に戻ったら、いつかの告白に返事をしよう。

 彼女の胸に僅かに沈んだ銃身が震え始める。

 引き金がピクリとも動かなかった。

「駄目だ。・・・やっぱり俺にお前は殺せない」

「世界を救うんだ!!救ってよ世界を、私を。」

 スっと体の中の重い何かが全て消えていく。

 指をかけた引き金がカチャカチャと鳴る。

「もうしょうがないな君は」

 俺の指を細い指がそっと押して。

 渇いた銃声と共に鮮血が舞った。

 視界が染まる。


「・・・・・・」

 膝をついていつもよりもずっと軽い体を抱き寄せる。

 ピクリともしなかった。

 唇を重ねる。

 呼吸は帰ってこなかった。

「おい。俺はお前を殺してやったぞ。早く修復しろよ!!」

 太陽と青い空が俺を憐れむように見下していた。



 何日が経っただろうか。

 ちょうど彼女の体から腐臭がし始めた頃。

 いつも通り同じ部屋で背中合わせで寝ていた。

 飽きるほど食べてきた鯖の缶詰を開けて洗いもせずに放置していた昨日の箸でそれを貪り食う。

「・・・・・・」


 結論。

 世界は修復されなかった。

 彼女は神様でも、物語でよくあるような世界を救う鍵でも何でもなかった。

 彼女はただの女の子だった。


 そろそろ死のうか。


 隣から漂う腐臭が強くなり体液が寝ている俺を濡らすようになってきた頃。

 ふとそんな事を考えた。


 今、生きている人は居るだろうか。



 いつも通りに飽き飽きする程食べてきた缶詰を食べ終え、何を思ったのか俺は彼女の服を全て脱がせていた。

 体を拭いているとき、着替えしているとき、幾度となく見てしまいそうになって。その度に彼女に叱られていた。

 今、目の前にあるそんな彼女の裸は、酷く病的だった。

 死んで数日が経っているからだろうが胸もお腹も下半身も雪のように白かった。

 唯一寝かした時に下側に位置していた左半身にだけ紫青色の死斑が浮き出ている。

 銃弾が通った部分が乾いていて強い匂いはそこからだと分かった。


 何がしたかったのだろうと自分でも思う。

 彼女に覆い被さるように四つん這いになり彼女の顔をじっと見つめる。

 死んでもなお可愛らしい彼女の顔だが青い唇とボサボサの髪が少しだけそれを許さなかった。


 彼女の胸に顔を埋めて数分思案する。


 よし、そろそろ死のうか。

 そう立ち上がろうとした時突然、彼女と出会った日の事が思い起こされた。




「ねえ君、私の主人公になってよ」

 瓦礫の上に座っていた白髪の天使はそう言った。

 彼女曰く世界を救うには彼女が死ななければいけないらしい。よく分からないが彼女の死によって世界は修復され元の平和な世界が再訪するというのだ。どこのラノベだろうかとも思ったがあながちそういう設定は嫌いでは無いしこんな今では存在していて欲しいとさえ思っている。

「は?」

「まあ、取り敢えず君は私を殺して世界を救う!いい?これは絶対。君はなんたって主人公なんだから!」

「・・・・・・」

「理解しなくていいよ。それじゃあ早速、終末の世界でデートでもしよう」

 天使に手を差し出されて俺は迷いもせずに握り返した。





「死ぬか」

 何となく呟いてどうやって死のうかと思案する。

 瓦礫につぶされたり、舌を噛み切ったり、首を吊ったり。

 どれも痛そうだ。


 餓死は苦しそうだし。

 誰か俺を殺してくれないかな。

 そう言えばと思い出す。

 拳銃があった。彼女がどこからか持ってきた拳銃だ。

「せっかくだし誰かに殺されたい」

 なるほど彼女も同じ気持ちだったのかもしれない。自分の中にどこからとも無く湧いてきた余裕の中に芽生えた感情に少しだけ彼女を理解出来た気がした。



 それから俺は少し遠出して人を探す事にした。


 そうして俺は一人の女の子と出会う。

 俺を殺してもらうための適当な口実を告げ、その代わりとして彼女の要望を叶えるためになんやかんやとあって。


「ほら早く」

「無理、やっぱりそんなことできないよ」

 ついに殺してもらえる事になった。だけど彼女は泣きはじめ、殺せないと言い始めて。

「まったくしょうがないな君は」

 まるでいつかの自分を見ているようだった。

 結局、彼女の持つ拳銃の引き金を引いたのは自分だった。


 きっと世界で一番幸せな死に方は最後まで自分を思ってくれる人の手による他殺に違いない。そう半ば確信めいたことを考えながらいると、すぐ近くにあった泣きじゃくる顔がかすんでいく。










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