ママ呼びは辞めてくださいませんこと?!
海からの風が、心地よく髪を梳いて流れていきます。
月明りに照らされた小さな砂浜で、わたくしとドゥナルさんはただ静かに座って波が打ち寄せるのを眺めていました。
岩の隙間に隠されていた小舟は引っ張り出されて、カリカとスプが荷物の積み込みをしています。
あれから────。
半泣きのスプとカリカに手当をしてもらったおかげで、わたくしもドゥナルさんも怪我は簡単に手当てされて、動かさなければ痛みは我慢できる程度になりました。
ちなみに。
倉庫で荷物に埋もれていた大男は、カリカとスプがロープで縛り上げました。
裏庭で気絶していた手下たちと一緒に、グルグル巻きにして転がしてあります。
「いやー、でもマジビビったッスよー」
裏庭の方から、木箱を持ったカリカがやってきました。
「裏庭から銃声が聞こえてきたときは生きた気がしなかったッスよ。後ろにも回り込まれてたんだーって。
お頭、腕っぷしはぜんぜんッスからねー」
「やっぱりカリカにまかせて、お頭についていくべきだった」
カリカの後ろからスプもやってきました。
「いやホントそうだよなー。まさか裏口までバレてるなんて思わなかったし」
「カリカが突っ込みすぎて囲まれてなきゃ、もっと早く駆けつけられた」
「いやー、マジでゴメンよー」
軽口のように言い合っているけれども、この二人が正面側で激しく戦ってきたことくらいはわかりますわ。
その割に、怪我一つないけれども。
「でも、ホントすげーッス」
木箱を小舟に積み込んで、カリカが言いました。
「お嬢、ホントにつえぇーッス!
あー!敵をなぎ倒すとこ直接見たかったッスよー!」
……あまり大げさに褒められると気恥ずかしいのですが。
しかしその後ろから来たスプも、木箱を置きながらうなずきました。
「それはホントに驚いた。
貴族令嬢ってこんなこともできるんだ」
「いえ……令嬢だからというわけでは、ないと……思いますわ」
遠慮気味に、わたくしは答えました。
今までは、むしろどちらかというと令嬢らしくないと言われてきたもので……。
「マジかっこいいッスよ。本物の海賊みたいで!」
「海賊って……あなたたちの方が海賊ではありませんか」
「えー、そうッスかね?」
首をかしげるカリカ。
そこ、疑問形なんですの?
「お嬢のほうがずっと海賊ッスよ!だって一人で敵の頭領をぶちのめしちゃうんスから」
「あの……それはたまたまというか……」
戦って敵を叩きのめして褒められるのは、令嬢としてはどうなのでしょうか。
────まあ、でも。
今までなにひとつ令嬢らしいことをできなかったわたくしでも、こうしてこの人たちの力になれたんですもの。
もしかしたら、令嬢よりも海賊の方が向いていたのかもしれません。
成り行きで嫁入りしてしまったけど、海賊の嫁として生きていくのも悪くはない気がいたしますわ。
そんなことを考えていると、スプがぽつりと言いました。
「ところで、お嬢の呼び方だけど……やっぱりお嬢ってのは、よくない気がする」
「え……?そうかな?」
不思議そうに聞き返すカリカ。
うん、とうなずいて、スプが続けます。
「だって、お頭のお嫁さんだろ?いつまでもお嬢じゃ、おかしい」
「あー」
考えるように、あごに手をやるカリカ。
そして、ポンと手を叩いて言いました。
「あ!じゃあ『おかみさん』とかどうかな?」
「それじゃ酒場や宿屋の女主人みたいだろ」
ため息交じりに、スプが返しました。
ちょっと困ったようにカリカが言います。
「じゃあ……どう呼べばいい?」
「……そうだな」
スプは目を閉じて、しばし考えてから────。
「……ママ」
「おー。いいなそれ!」
手を叩いて同意するカリカ。
……って、ちょっと待ってくださいまし?!
「いや、どうして『ママ』になるんですの?!」
「だって……お頭はオレたちの親父みたいなもんだし」
うんうん、とうなずくカリカ。
って、この二人とわたくしはそんなに年が離れてないんですけれども?
というか、むしろ二人の方が年下に見えるんですけれど?!
「いーじゃん、ママ」
わたくしの横で、ドゥナルさんが笑いながら言いました。
ってドゥナルさんまで?!
「僕たち家族みたいなものだし。なら、ママで」
「えっ、でも……」
戸惑っていると、カリカとスプが嬉しそうに笑いました。
「よろしくッス、ママ!」
「よろしくね、ママ」
はぁ……?
ちょっと、勝手に決定済みにしないでくださる?!
「せめて……ママ呼びだけは辞めてくださいませんこと~~~っ?!」
わたくしの叫びは、むなしく夜の海に消えていくのでした。
「海賊の花嫁」──貴族令嬢ですが海賊に嫁入りしても幸せになれますか?── 鵜久森ざっぱ @zappa_ugumori
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