第10話 カオスデート ④ 〜非情な現実〜





   ◇◇◇【side:蘭】



「ねぇ、どうしよう……! 蘭ちゃん。私、このままじゃ死んじゃう……! セイメイ君がかっこよくて心臓壊れちゃう……!!」



 図書館の2階の共同スペースでパソコンを開いていたあたしは、「うぅ……!」と悶えながら隣の席に突っ伏しているエリーに、「え、あ、うん。そーだねー」と適当に言葉を返した。



「……あっ。だめだよ? 蘭ちゃんも好きになっちゃ!」


 もうね。うん。小声であり得ない事を言っているエリーに顔を引き攣らせることしかできないよね。



「……あー……それは大丈夫! それは絶対ないから安心して?」


「……ん? なんで? さっきの眼鏡外したところ見てなかったの?」


「……ん? ん。見てない、見てない」


「そっか……。でも、よかった。蘭ちゃんまで好きになっちゃったら大変だし……」



 エリーはポーッと頬を染めながら「……あぅっ」とまた悶え始めた。あたしはそんなエリーを見つめながら(え、えぇ〜……)と再度顔を引き攣らせる。

 


 なぜなら……、


 “……エリーの王子様ってあの人?”


 って感じだからだ。



 2年の春から転校して来たばかりではあるが、その圧倒的な美貌で半年も経たず、蓮女(れんじょ)の“女神”とされるM8柱(エムエイトバシラ)の1柱となったエリー。


 一目見た瞬間に友達になりたいと声をかけた。


 でも、それはただの虚像でしかなくて、いざ友達になってみると、人見知りで、照れ屋で、自信がなくて、ちっちゃくて、空気が読めない。


 友達も作るのも苦手で物静かで、1人でいる事が多い。なんだか見た目は天使みたいなのに、そのギャップにあたしは更にエリーにやられてしまった。


 一度でも笑顔を向けられれば“信者”が増える。M8柱に選ばれる裏には、隠れファンが尋常ではないくらい多いのが理由だ。


 普通にしている時のクールビューティから二ヘラっと表情を崩す時が最っ高に可愛いのだ。


 弓道をしている時なんて、たまらない。

 凛としていて、普段とはまるで違う真剣な表情で……。


 美しい。ただその一言に尽きる。


 北欧のお父さん譲りの碧い瞳と銀髪。

 髪に関しては、本人は目立つのが嫌で髪を黒に染めてはいるけど、あたしは隠さなくていいとも思う。


 生粋のお嬢様たちばかりのM8の中、美貌だけで食い込むエリー。本人はそんなものに選ばれてるとも知らず、いつも静かに人見知りしながら過ごしている。


 


 ――めちゃくちゃ綺麗な人も“セイメイ君”を狙ってるの!! なんかパニックになっちゃって、デートします!って宣言しちゃったぁ〜!!



 うるうるの瞳で泣きつかれた時は、“セイメイ君”とはどれほどのイケメンなのかと興味があった。


 だが、蓋を開ければどうだろう……?


 重い前髪に眼鏡でロクに顔がわからない。

 確かに背が高いしスタイルはいいけど、どこか気怠そうな雰囲気。無気力な感じで……うん。根暗でオタクそう……と言う印象しかない。

 


 ――痴漢から助けられたとはきっかけで、隣にいる時の空気感とか、セイメイ君のかっこよさと優しさとかで好きって思ったの……。



 このデートを観察しているけど、そう言いながら真っ赤になっているエリーを思い出しては、「んんん?」と首を傾げる事ばかりだ。



 そもそもの話、まともな会話すらないように見える。いや、エリーは楽しそうに頬を染めながら声をかけてはいるのだけど、セイメイ君は見向きもせずに、ただただ前を向いているだけ。



 端的に言えば、違和感がエグい。



 エリーにあんな顔で声をかけられて「無」でいられる男なんていないはずなのに……、本当に男にしか興味がないのではなかろうか……?



 “もうやめとけば……?”



 そんな言葉を口にしようにも……、



「うぅ……どうしよう……。ずっと心臓がドキドキしてて痛いよぉ……。どうすればいい? 蘭ちゃん……!」



 うん。友達のあたしからしても可愛すぎて死ねる。



「えっと、と、とりあえず整理したいんだけどさ」

「……ん、なに?」

「本当にあの人がセイメイ君なんだよね?」

「うん! そうだよ!」

「……全然、会話してなくない?」



 あたしは恐る恐る問いかけた。

 あたしの勘違いならそれでいいんだけど、存在すら認識されてないような無視をされているような気がして……。



「……え、あ。うん。セイメイ君は無口だけど、話しかけると、少し身体を動かして反応してくれるよ?」


「…………ぇっ? わかる? そんなので」


「ん? わかるよ? いつも見てるから、些細な動きでだいたい会話できるようになったんだよ?」


「…………」

(……ヤァバイ子だったんだ!! この子、ヤァバイ子だったんだ!! ヤァバイ子だったんだ!!)


「……ん? 蘭ちゃん?」


「えっと、ちゃんと喋ったりしたくないの?」


「それはそうだけど……今のままでも充分幸せなんだ」



 エリーはポーッと頬を染めて死ぬほど可愛い。


 けど……、


(ヤァバイよ、この子! ヤァバイ!)


「あぁー……清明君。今日は“饒舌”だなぁ」


(やばすぎるでしょーー!!)


 あたしは心の中で絶叫する。


 この子は天然で何を考えてるかわからないところもあるし、それも魅力のひとつではあるんだけど……。



(ヤァバイ! マジでヤァバイ!! って……えっ!? も、もしかしてっ……!!)



 ここであたしは一つの仮説に行き着き、顔がピクピクと痙攣し始める。



「あの……さ……。初めて会った時からこんな感じなの?」


 不思議そうに「んー?」と小首を傾げるエリーに、


(やめて、やめて、やめて、やめて……)


 あたしは必死で肯定を拒絶するけど……。



「うん。そーだね。初めからこうかも。私が助けてくれたお礼言おう思って、声かけれなくてずっと隣に座ってて」


「……」

(あっ……やっぱ……)


「それで、毎朝一緒に通学してて」


「……」

(嘘でしょ……)


「私が心の中で“恋人みたい”って思ってたのが、口から出ちゃって、そこから話しかけるようになったんだぁ! ちゃんと助けてもらったお礼も言えたし、アレで距離が近くなったと思う!」



 エリーはハニカミながら、顔を赤くしている。



「……」

(いいいいいやぁああああ!!!!)



 めちゃくちゃ可愛いし、非の打ち所なんてひとつもない。でも、コレはちゃんと出会いを確認してなかったあたしの責任でもあるのかもしれない。


 男性が好きそうな行動を教えてあげて、それを実践しては撃沈して、プンプンしていたエリーを愛でていた。


 そのうちセイメイ君もメロメロになるんだろう……なんて、この親友の恋を軽んじていたあたしの責任なのかもしれない。




 ――思い出して欲しいし、蓮女の制服より、前の学校の制服の方が可愛いから……。




 あまりの可愛さに失念していた。




 ――セイメイ君は痴漢から助けるのが当たり前だから、私のことなんて覚えてないんだよ〜……。




 このエリーの強メンタルに危機感を持つべきだった。


 天然でポンコツなところも考えれば、言わずもがな答えが出て来そうなところだ。


 全ては、「エリーに惚れない男なんていない」という、あたしの慢心が招いてしまったのかもしれない。



 あたしはエリーの親友として、1番に助言すべき事を間違えたのだ。




 セイメイ君の反応に最も納得の行く答え。

 この超絶美少女であるエリーに見向きもしない答え。




 それが全て繋がってしまうのだ。

 しかも、“それ”はエリーなら充分にあり得てしまうのだ!!





「……エ、エリーさ……。えっと、自己紹介とかした?」




 あたしは心の中で祈るような気持ちだ。


 それは人として、当たり前だ。

 いくらエリーが知っていても、セイメイ君にとっての初対面なら、絶対に必要な工程なのだ……。


 あたしは、「……ぁっ」と顔を引き攣らせるエリーの反応に、肯定したと判断し現実を伝える事を決意して心を鬼にする。




「ス、ストーカーと思われてるんじゃない?」


「……………………へっ?」



 つい先程まで、真っ赤だった可愛い顔が、みるみる青くなっていき、じわじわと涙が溜まっていく。



「……うっ、うぅ!! ど、どど、どうしよう、蘭ちゃん!」



 ドバーッと涙を流すエリーに、(本当にドバーッて泣く人いるんだ……)なんて現実逃避をするあたし。



 ガシッ!!



 腕を掴まれ、そのあまりに痛々しい泣き顔に見つめられたあたしは、とてつもなく引き攣った顔を浮かべ、



「とりあえず……じ、自己紹介しようね? ……だ、だ、大丈夫だよ。エリーにならストーカーされても嬉しいって……」



 小さく呟き、(そ、そうだよね! セイメイ君! そうって言って!!)なんて祈るような気持ちで、エリーの頭をよしよしと撫でた。

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