第9話 カオスデート ③ 〜詐欺か宗教か……ド変態か〜




    ◇◇◇


 ――渋川区民図書館




「……ふふっ」

「……」

「ぁっ……」

「……」

「……うぅ……よかったねぇ」



 俺は夏目漱石の「こころ」を開いたまま、児童向け絵本に表情をコロコロと変えている美女幽霊?に心臓がキュンキュンしていた。


 本を読みながら独り言を言うタイプの人間は、大概がいかれている。頭ではそう理解しているのに、「こころ」は言うことをきかない。



 “私は私自身さえ信用していないのです”


 不意に目に入った一文に頭が痛くなってくる。


 ちなみに俺はいまだに《完全無視》を貫いている。というより、今更どうやって喋っていいのかわからず、“いつも通り”を選択している。



 ……何が生者(本物)で何が幽霊(偽り)なのか……。


 まさに“俺は俺自身さえ信用してないのです”。


 双子の中身が入れ替わるようなファンタジーが存在するんだ。人外である、この美女幽霊があの場にいた無数の人間を操っていたとかもあり得るかもしれん。


 仮に……、いや、万が一、生者だとしたら、この美女はかなり頭がイカれている。


 並のメンタルの持ち主ではない。


 この美女と初めて会ってから2ヶ月弱……。

 散々、完全無視して来たのに、平然と隣に座って来て、ニコニコして、頬を赤くさせるような女なのだ。


 つまりは、“ド”がつくほどの変態で間違いない。

 放置プレイが大好きなのだ。


 ここは色々と確認したい事は後回しにして、そのプレイに興じるしかないのだ。



 こんな美女に好かれるためなら、「喜んで!!」だ。

 彼女が生者であった場合、十中八九、『俺が放置プレイしてくれるから』、好意を持っているはずなのだ。


 悲しいかな、我ながら美女に好かれる理由がそれしか思い浮かばない。


 本来の俺を見せるやいなや、この美女はそれこそ幽霊のようにスゥーっと消えて行くのだろう。生者の可能性も出て来た今、それは何がなんでも避けなければならない。



 だって、めちゃんこ可愛いから!!

 付き合えたりしたら、死ねるから!!


 もう2度とこんな美女とはお近づきになれないから!




 ヒラヒラ……


 

 小さくて細く白い手が本を見つめていた俺の視界に入ってくる。俺はスッと座り直してスマホを見る。

 


「あの……セィメィ君……終わったので、他のを探して来ますね?」


「…………」

(小さい声でコショコショッ!! たまらんぜ、おい)



 美女幽霊?が席を立ったので、俺は深く椅子に腰掛け、「はぁ〜……」と大きく息を吐く。


 もう余裕で致死量は超えているし、完璧な中毒者(ジャンキー)になっている気がする。


 ……あぁ。ヒロ……。早く来てくれ。

 何がアキバで初回特典だ。いま、まさに童貞クソヤロウが見事に詐欺に遭う瞬間だぞ……? もしくは宗教……。



 考えないようにはしていたが、ここで本音を吐露る。

 生者であった場合、1番可能性が高いのがコレなのだ。



「…………はぁ〜……」



 ガックリとしながら周囲を見渡す。



 おい。そこの“お前”。

 静かな図書館のテーブルの上に立って、1人カラオケするのやめろ。気が散る。


 あと、本棚の奥に隠れて、「んっ。はぁっああんっ!」と大絶叫で自慰行為してるギャルもやめろ。気になる。


 ついでに、お前はなんなの?

 誰と「だるまさんが転んだ」やってんの?

 「アハハハッ」ってなんで楽しそうなの?

 お前には俺にも見えてない“友達”でも見えてんの?



「はぁ〜……」



 ため息が止まらない俺は、眼鏡を外して目元を抑える。


 このカオス図書館を選んだのは、シンプルにデートって何すんの?ってのが一点。もう一点は、喋らなくていいからだ。


 俺は基本的に誰の顔も見ない。

 周囲の人間の視線に気を配ったりしないし、基本的には下を向いて過ごしている。


 俺にとっては、「幽霊と視線を合わせない」=「誰とも視線を合わせない」と同義なのだ。


 でも、いざ顔を上げてみると、彼女が生者である情報しか得られない。男共……、いやそれは、女ですらも彼女に振り向き、その場の視線を独り占めにしている。


 残ったのは、詐欺か宗教の2択。

 騙されてもいいと思ってしまっている俺は末期なのか。




 ゴトンッ……




 不意に鳴った音に視線を向ければ、すぐそばで、「あ、えとえと……ごめんなさいっ……!」とアセアセしながら顔を赤くしている“美女幽霊”……。


 いや、これはもう……言い逃れはできないよな?

 本が落ちた音に周囲も彼女を見つめている。


 幽霊が発する音は俺にしか聞こえない。

 いや、見えてるヤツにしか聞こえない。


 土曜日のお昼前……。

 これだけの人が全て幽霊じゃないのは俺にもわかる。



「……セ、セイメイ君。眼鏡外すの禁止です……」


「……」

(天使が下界に降りるの禁止です……)



 俺は全く度の入っていない眼鏡を掛け直し、「こころ」に視線を落としたが、



 ブー、ブー、ブー……



 『宍戸 真紘』



 マナーモードのスマホが震えたのを確認し、俺はスマホを待って席を離れた。



 ――もしもーし。今どこだ?


「渋川区民図書館……」


 ――ん? なんかあったのか?


「いや、俺はこれから信仰宗教に入会することが決まったらしい……」


 ――……はっ?



 ヒロと電話をしながら、図書館の外に備え付けられているベンチに腰掛ける。



(……あぁ。なんて綺麗な青空だろう……)



 ヒロに適当に言葉を返しながら、呑気に浮かぶ雲が流れる空と、全裸で土下寝しながら光合成している幽霊に「ふっ」と自嘲気味に笑う。



 不意にチラリと先程まで“俺たち”がいた場所に視線を向けると……、



「……………き、消えてる……?」




 美女幽霊の姿は消えていた。



(え、いや。え? え? いや、えっ? ……ど、どうすりゃよかったんだよぉおおおお! なに? き、気づいたらゲームオーバーなのかよぉおおお!!)




 俺はその場にドサッと膝をついた。




 ――2階共同スペース



「うぅ……!! セイメイ君、かっこよすぎる……!! セイメイ君、カッコ良すぎる……! 死んじゃう、やばい、やばいヨォぉ……蘭ちゃん!! 眼鏡外すのやばい! なんかエッチだよ! 色気がすごいよぉー!!」



 その頃、エリーは悶えに悶えまくり、こっそりと後をついて来てもらっている蘭に泣きついていた。



 

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