第8話 カオスデート ② 〜「ふぇ?」と真紘〜





   ◇◇◇◇◇



 ――渋川駅 トイレ前



「「ぷっ、アハハハハハっ!!」」

「“ふぇ?”ってなんだよ、マジキモいな、コイツ」

「マジやべぇ! ハハハハッ!! ねぇねぇ! こんなヤツやめときなって!

「それな! いや、ハハッ、“……ふぇ?”はねぇだろ」

「ぷっ、アハハハハハッ!! やめろって」



 目の前で真似をされて馬鹿にされている俺。


 だが、声を大にして言おう。


 『この美女幽霊、生者なんじゃね!?』


 俺の思考はそこにしかない。

 一瞬、このチャラ男たちも幽霊なのか?と勘繰ったが、幽霊は基本的に無害な連中だ。


 こんな悪意丸出しのヤツは幽霊ではない。

 1番しっくりと来る結論が、いま俺の背中で震えながら服を握って来ている美女幽霊が『生者説』だ。


 そりゃ生者だとしたら、渋川の人の多さを考えれば、この見た目でナンパの餌食にならないほうがおかしい。


 5分あれば、4組にはナンパされるだろう。


 いや、美人すぎてナンパされない可能性もある。“あまりに不釣り合いの人間には声をかけない”とクラスのチャラ男も言っているのを盗み聞きしたし……。



「おーい! なに? ビビって固まってんの?」

「ほら、さっさと帰れよ、“フェ君”」



 コイツらは……、いわゆる、自分の顔を鏡で見た事ないタイプのチャラ男なのか……? まあ不細工というわけでもないが、美女幽霊の隣を歩くには分不相応。


 ……って、俺もじゃん!!

 俺って、明らかに根暗ヤロウじゃん!



「ほら。どけよ。俺らは後ろの子に用があんの」

「いい加減ダリぃぞ、お前……」



 ズイッと俺に寄ってくる2人のチャラ男。

 とりあえず、退散して頭を整理しないとな……なんて考えた瞬間……、


 バッ!!


 俺の背中に隠れていた美女幽霊?が俺の前に躍り出て両手を広げた。



「や、やめてください!!」


「「…………はっ?」」


「……せ、清明君はカッコいいもん! 優しいし、背も高いし、とっても紳士だし!! あなたたちみたいに下品じゃない!!」


「はっ? なに? ちょっと可愛いからって調子乗ってんの?」


「……あ、謝って下さい! 馬鹿にした事を謝って下さい!」



 美女幽霊の叫び声に、ザワザワとし始めた駅構内。チャラ男Aは「チィッ」大きく舌打ちをすると、

 

「テメェ、ちょっとあっちいくぞ」


 美女幽霊?の腕を掴もうと手を伸ばすが、その手が美女幽霊に触れる事はない。



 パシッ……



 俺が美女幽霊の後ろから手を伸ばし、“チャラ男A”の腕を掴んだからだ。


 俺はスッと美女幽霊の前に出て、口を開いた。



「ああー。なに? 話しなら俺が聞くよ。とりあえず、交番まで行くぞ……」


「はっ? 行くわけねぇだろ。ちょっと裏で、イッ……イテッ!」



 俺はチャラ男Aの腕を力一杯に握りしめて言葉を遮る。



「ほら。いくぞ……。お前も来い」



 俺はチャラ男Bにも声をかけるが、「いて、離せ。マジ離せ」などと、必死に俺の手を引き剥がそうとしているチャラ男Aを見て、


「……ふぇ?」


 顔を引き攣らせている。俺は緩んでしまいそうな頬を抑えながら、パッと手を離す。


「……話があるんじゃないのか? 駅の窓口の方でもいいけど? なんか目立ってるし、周りの人の迷惑になるだろ?」


 背が高いだけが取り柄の俺は、2人を見下ろしながら小首を傾げた。



「……んだよ、キメェな」

「死ねよ、お前。マジ覚えてろよ……」



 チャラ男たちは“マジでそんな事言うヤツいるんだ”のセリフを吐き捨て、そそくさと去って行く。



(……はぁー!! よかったぁー!!)



 内心、俺はガチでビビっている。

 足がプルプルと震えている。


 何を隠そう、俺はケンカなんかしたことがない。シロの女友達の彼氏連中に、一方的にボコボコに殴られた経験しかないのだ。

 

 帰ってくれて本当によかった。


 ボコボコにされた後、(流石にシロを守れるくらいには……)と、義妹系ラノベを読んで義妹溺愛ムーブをしていた俺は、筋トレを日課にしていたのだ。



(マジで、やっててよかったぁ〜……)



 こと握力に関しては自信がある。


 マンガで「握力×スピード=パンチ力」と言うのを目にしてから、握力を重点的に鍛え続け、他の筋トレをやめた今でも握力を鍛える100均のおもちゃは癖になっているのだ。



「ふぅ〜……」



 俺が小さくため息を吐き、足の震えを抑えていると、



「…………か、かか、かっこいぃよぉ……」



 すぐ隣には耳まで真っ赤にした美女幽霊?が両手で顔を隠していた。



 ドクンッ!!



 存在を忘れていた俺は、そのあまりの可愛さに悶絶し、顔が熱くなって仕方なかった。





    ※※※※※



「……ふっ、どこが幽霊だよ。“蓮女(れんじょ)のエリーゼちゃん”じゃん。ククッ、清明(きよあき)のヤツ……。えらい上玉をひっかけたな……」



 そんな2人を遠巻きに見ていた真紘(まひろ)は、「ふわぁ」と大きなあくびをしてから、チャラ男たちの後をつけた。


 あの手のタイプは徹底的にやっておかないと後々めんどうになると判断し、2人が大きめのゲームセンターに入って行ったので、いそいそと真紘も後を追ったのだ。



「んだよあのヤロウ! クソ隠キャのくせによ」

「ってか、大丈夫か? 手形くっきり残ってるぜ?」

「チィッ! うるせぇーな! オメェもなにビビってんだよ、あんなヤツに!」

「えっ……はっ? ビ、ビビってねぇし! 警察とか駅員とか、めんどくせぇだろ?」



 チャラ男Aは「チィッ」と舌打ちをしながら、清明に掴まれた腕をプラプラさせる。



「……アイツら……ぜってぇ許さねぇ」

「あ、あぁ。ムカつくよな」

「あんだけいい女なんだ。プラプラしてたらまた見かけんだろ。そん時に路地裏に連れ込んで無茶苦茶にしてやる」

「……え、あ、」

「んだよ! あんなヤツが怖ぇのか!?」



 メダルゲームのスロット前に座っている2人に、真紘は(やっぱりな……)なんて苦笑を浮かべながら、ふらりっと2人の前に出た。

 



「なぁ……。さっきの。俺のツレなんだ。勘弁してやってくんない?」


「「……はぁあっ?」」


「アイツ、俺の恩人なんだわ。せっかくのデート……邪魔してやんないでくれよ」


 眉間に皺を寄せ始めたチャラ男たちは、じりじりと真紘へとにじり寄っていくが、


「……んじゃ、仲良くトイレいこっか?」


 少し背の低い真紘は、至近距離で見下ろされると、「ふっはは」と不敵に笑い、2人を引き連れながらトイレに消えた。



 ガンッドゴッガンドゴッドカッ……!!



 トイレからは不審な音と「くぎゃぁあ」という断末魔が響く。



「はぁ……いてて」



 両手をプラプラさせながらトイレを出て来た真紘のポケットから着信音が響く。



 着信『清明・キー君♡』



(ふっ。チィのやつ。暇だからって連絡先に追記すんなよ)


 真紘は心の中で呆れながらも電話を取る。


「はい?」


 ――ヒ、ヒロ!! どうする!? どうすりゃいい!? いるのか! いるよな! 来てるよな!? 一生のお願いって言ったもんな! び、びび、美女幽霊、生きてるかもしれん!!


「ぷっ!! ハハッ」


 ーー何笑ってんだよ! やばいだろ!? 見てるなら教えてくれ! ヒロにも見えてるよな!?


「えっ、あー……悪りぃ。初回特典で俺の推しが、脱ぐんだよ。で、気になって、今アキバだわ」


 ――ふざっけんな!! どうすりゃいいんだよ! デートって何すんだよ!!


「ククッ……なんか、めっちゃ面白そうだな」


 ――だから、笑ってんじゃねぇ! とりあえず、買ったら速攻で来てくれ! あっ。念のため、顔出すなよ? まだ悪霊の可能性もあるからなっ! あと、それ、俺にも貸してくれんだろうな!?


「ククククッ……ああ。今から行くわ」



 真紘は通話を切ると、「プハッ! 早く行かねえとな」と笑い声をあげた。


 自分たちが通っている高校の目の前にある女子校で、アイドル的人気を誇る『エリーゼちゃん』だと気づいた真紘だが、面白さを優先した。


 きっと一生付き合って行くであろう友達と、年老いても笑い合える「酒のツマミ」になる予感がしたのだ。



(……ククッ。チィのヤツは失恋だな)



 真紘は、心の中で妹に同情しながらも、“それでもチィを選んでくれればいいな”と少しだけ思ってしまった。



「まっ、それはお前が決める事だけど……」



 ゲームセンターを出た真紘は、スマホをポケットにしまう。その拳は真っ赤に腫れ上がっていたのだった。




 

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