第7話 カオスデート ① 〜モニュンッ〜





    ※※※※※




「「こっそり見に来て、くれ(欲しい)!」」



 清明はヒロとチィに。

 エリーは蘭に。


 お互いが、最終決戦に臨む準備を整える。



「えっと、デート……来てくれますか?」

「……」

「……ずっと待ってます」

「…………」


 この問答?からお互いが何も言わない混沌(カオス)の電車通学を経て、その日を翌日に控えた夜。


 唯一の特技である習字の技術をいかんなく発揮させながら、遺書を書き始めた清明。


 “あれでもない、これでもない、ああ。髪型のアレンジも決めなきゃ”などと焦るエリー。


 そんな夜が明けた。




 カオスデートの幕開けだ。





    ◇◇◇◇◇



 ――〇〇線 車内



 俺は心の準備もクソもなく美女幽霊と顔を合わせた。



 ガタンッゴトンッ、ガタンッゴトンッ……



「……は、はは、早いですね。清明(セイメイ)君……。い、1時間前の電車なのに……」


「……」

(可愛い! 可愛い、可愛い、可愛い!! 私服ちょー可愛い!!)


「……えっと、あの……。あの。ありがとう……ございます。来てくれて……」


「……」

(遠巻きに観察して、周囲の反応を確認してみようと早く出たんです! なんか、ごめんなさい!!)


「……えへへ。以心伝心……」


「……」

(グハッ!! 可愛い、怖い、可愛い、怖い可愛い!!)



 美女幽霊の私服は白のワンピース。クビレのところでキュッとしまっていて、後ろの腰にリボンが付いていて、ふわっとしたロングで……。



 うん。わからん。とりあえず、めちゃくちゃ可愛いし、美女幽霊によく似合っている。


 黒で細めのズボンにダボっとした白のTシャツを着ているだけの俺に、ファッションなんてわかるはずもない。


 まぁ、シロに言われたまま服を買って、そのまま着てるので変ではないと思うのだが……。


 兎にも角にも、髪をアレンジしているのか雰囲気が違う。


 ……よ、妖精さんだ。この子は現代日本に降り立った妖精さんだ! 背もちっちゃくて……アセアセしてて……。


 実は背中に羽がついてるんだぁ……。(※清明、K.O.寸前)



「今日は……長い時間、一緒に居られるんだ……」



 ボソッと呟き、ジワァと頬を赤らめる。


 今日も俺は「人間失格」を片手に、ユニークスキルを発動させている。流石にイヤフォンでお経を流すのはやめた。


 まさかこんなに早く会うとは……って、人外なら当たり前か。


 って言い訳は後にして、俺は、今日……。

 このおかしな状況を精算して、平穏で心の中に残るような『青春』を取り戻すのだ。いわば、今日は天下分け目の合戦。


 はっきりと伝えるんだ。


 『成仏して下さい』と……。

 『見えてはいますが、俺には何もできません』と……。


 なのに……、



「……し、私服……カッコいいです。背の高い清明君によく似合ってます……」



 美女幽霊は顔を俯いて「うぅ」と顔を真っ赤にさせやがる。



「…………」

(か、“可愛い”がすぎるだろ、おぃいいい!!)



 俺はいつも通りの《完全無視》を徹底している。


 口を開けば「好きです」って言ってしまいそうなんだ。「今日、区役所に婚姻届を取りに行こう!」なんてぶっ飛んだ事も言ってしまいそうなんだ。


 車内は朝よりは人が多いというより、俺にとっては満員電車だ。今日も今日とて、奇行に走る幽霊たちの大運動会。


 座ることができずに、立っている俺たち……、もとい、俺は、足元でヤンキー座りをしながら睨み上げてくる幽霊なんか気にならないくらいに、美女幽霊に神経を研ぎ澄ませている。



 美女幽霊はチラチラと俺を見上げては「えへへ」と嬉しそうにハニカミ頬を染める。


「昨日、ううん。無理矢理デートするなんて言ってから、夜……あんまり寝れなくて、もうずっと清明君の事、考えっぱなしで……」


「…………」

(だぁかぁらぁ!! 可愛いがすぎるだろぉおお!)


「……えっと、あの……それで、もっともっと清明君の隣にいたいって……そう思ったんだ……」


「……」

(……ヒェっ?)



 タラァ……



 背中に冷たい汗がしたたる。

 もしかして、俺の決意を見透かして釘を刺して来ている……? 俺が『成仏してください』なんて言ったら、待ったなしで……呪われ……る?


 じ、じじ、人外なんだ。

 強い決意とかは察知できても不思議じゃない。


 

「「…………」」



 もちろん、視線は合わせていない。

 そ、そそ、そもそも、俺はいつものスタイル。

 視線を悟られる事すらない。


 来た時、あまりの可愛さに驚きすぎて3秒くらい目を合わせて固まったから、その時に察知されたのか……?



(マ、マジか〜……)


 浮かれ気分も瞬殺され、おまけに決意まで刈り取られた。


 今日はもういいんじゃないか……? 一刻も早く帰って、冷水を浴びて、祖母が結界をしてくれた俺の部屋に逃げ込むしかないんじゃないか?




 ガタンッ!



 唐突に電車が揺れる。

 「きゃ……」と小さな悲鳴に、俺は反射的に手を伸ばしてしまった。



 モニュンッ……



 美女幽霊を支えた腕に至高の弾力が襲いかかってくる。あと少し反応が遅ければ、手のひらでイけた……って、違ぁあう!!



(心頭滅却、心頭滅却、心頭滅却!! 南無南無ナムナムナァアムゥウウウウ!!)



 俺はわずかに腰を引き、羞恥に耐える。

 ダボダボのTシャツでよかったと思ったのは言うまでもないだろう……。



「ご、ごご、ごめんなさい……。む、無理して高いヒールで……。少しでも清明君に似合うようにって……。あっ……ありがとう……ございます」


「……」

(かぁあわいすぎんだろぉお! おぉいいい!)



 ――渋川〜……渋川〜……お出口は――



 呑気なアナウンスにハッとして、そそくさと降りる。



「あっ。待ってください、清明君……」


「……ぁあ。トイレ行きたいな……」


 追いかけてくる美女幽霊に、独り言のように言葉を返し、俺はトコトコと先を歩いた。



 まだこれは序章の序章……。

 今日はまだ始まったばかりなのだ。



(おぱい。おぱい。おぱい。おぱい……!!)



 腕に残る感触に鼻息を荒くしながら、男の象徴が鎮まるまで、俺はかなり不自然な歩き方をしながらエスケープゾーンを入った。



 のだが……、



「ねぇ、1人? 君、めちゃくちゃ可愛いね。これから飯でも行かない?」

「……え、えっと、ひ、1人じゃないです。無理です」

「じゃあ、その子も一緒でもいいからさ! 全然奢るし」

「……い、嫌、です……」

「いいじゃん! ってか芸能人か、なんか? やばいくらい可愛いし」



 なんとか気持ちを鎮め、トイレを出た俺に待っていたのは、2人のチャラ男にナンパされている美女幽霊の姿だった。



「……ふぇ?」



 俺は目の前の光景に思考が止まる。

 少し潤んだ紺碧の瞳とパチッと目が合ったかと思ったら、



「……清明(セイメイ)君!」



 美女幽霊は俺の背中に隠れて、俺のTシャツをギュッと握りしめる。


 小刻みな震えが伝わってくる背中。



「何、お前。その前髪キモッ……」

「ハハッ、確かにマジきめぇ! 前見えてんの?」


 絡んで来る2人のチャラ男。



「……ふぇ?」



 俺はかなり間抜けな声を出した。


(……えっと、いや、えっ? ナンパ? えっ、いやいや、えっ? 幽、霊……えっ、いや、はっ? どう言う……、えっ、ぇええええええっ!?)


 理解が追いつかない俺は心の中で大絶叫していたからだ。



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