第6話 〜真白とエリー〜





   ◇◇◇【side:真白(ましろ)】



 ――〇〇線 車内



 ガタンッゴトンッ、ガタンッゴトンッ……



 真白(ましろ)はお義兄ちゃんの隣で、平静を装うのに必死だった。



「…………えっと、あの……。“彼女”……ですよね……?」



 今にもこぼれ落ちてしまいそうな涙。

 綺麗な紺碧の瞳にサラサラのショートな黒髪。

 はっきりとした顔のパーツ。それらすべてが完璧なバランスで配置され、透き通る白い肌の透明感たるや……。


(いやいや、可愛すぎでしょ!! この子ぉおおお!!)



 真白も自分でも、色白なのは自信があった。

 でも、これは……。偽物と本物の差……。

 この子、瞳の色も青いし、多分ハーフだ……。


 真白は“西條(さいじょう)家”の人間じゃない。お母さんの連れ子……。幽霊なんて見えない。霊感なんて皆無だ。


 つまりはこの超絶美女は、なぜかわからない……いや、本当に何がどうなってるのかわからないけど、お義兄ちゃんに恋している女の子なのだ。



「「…………」」


「えっと……清明(セイメイ)君……。えっと、あの……」



 クイクイッ……



「「…………」」


「……私……。私……、えっと……、あの。ご、めんなさい」



 ハーフ美女はグッと唇を噛み締めて俯き、沈黙した。


 見慣れない制服を着ている……。この沿線の高校の制服ではない。制服の可愛いさで高校を選んだ真白だ。通学できる範囲の制服はすべて網羅しているが、こんな可愛い制服はなかった……ってんなこたぁ、どうでもいいのよ!! 



 な、何よ、“制服の袖クイクイ”ってぇえ!! 可愛いーよ! もう死ぬほど可愛いーよ、この子!! 



「……セイ、メイ君……。やだょ……」



 馬鹿みたいな『音漏れお経』の隙間に消え入りそうな声。きっと真白にしか聞こえていないだろう声……。


 ぁああああ!!!! “可愛い”がすぎる! みなさん!! この子、“可愛い”がすぎるよぉお!!



 真白は心の中で絶叫し、チラリとお義兄ちゃんを盗み見るが、



「…………」



 お義兄ちゃんはスンッとした様子で「人間失格」を読んでいる……フリをしている。



 ……こ、この人、本当にキン○マついてんのかな? いや、ついてるのは見たことあるだけど、そう言う意味じゃなくて、その……。


 こ、これ、もう土下座して結婚して下さいレベルだよ?! なんでスンッなの? なんでスンッて出来るの!?


 なんで、そんな完璧に無視できんのよ!! 早く言いなさい! 3行で!! もう怖いわ! いつもライトノベルしか読まないオタクのくせに!!


 「人間失格」?

 なに、「太宰読んでる俺、素敵やん?」してるのよ!


 もう真白はどうすりゃいいのよ!!



 長い長い有耶無耶(うやむや)を垂れ流し続ける早朝の電車内。


 でも、真白は自分の表情が動いていない自信がある。ただただ無表情で、スマホを見ているフリをしながら、背筋を正してお義兄ちゃんの隣に座っている。


 真白は無表情を崩さない。

 真白が笑顔でいるとロクなことがないから。


 でも、今は違う理由で無表情を装っている。


 このハーフ美女が、生者である事を義兄ちゃんに言うわけにはいかない。


 ただ単に、この状況がめちゃくちゃ面白いのもある。でも……、単純にお義兄ちゃんに彼女が出来たら死ねる。



 だって……、お義兄ちゃんは、



 ――妹を守るのは兄貴の仕事だからな?



 真白のお義兄ちゃんなんだもん……。

 真白の頭にはお義兄ちゃんのボコボコになった顔がフラッシュバックする。


 真白が女友達にいじめられて、仲裁してくれようとしたお義兄ちゃんが、女友達の彼氏たちに殴られ続けた後の姿が……。


 同学年の兄妹……。

 初めは嫌で嫌で仕方なかったはずなのに、いつのまにか、お義兄ちゃんの事を特別に思うようになって……。



 ――あの、さ……、明日一緒に学校行かない?



 昨晩のお義兄ちゃんの言葉に、舞い上がっていた自分をぶん殴ってやりたい。



 “急になに?”と聞いても、“いや、別に?”しか言わなかったお義兄ちゃん。



 これは真白を実験体に使った匂いがぷんぷんする。これは……うん。確実に、完璧に、真白に確認させに来たという事だ。


 全く……。いつもより早く起きて、髪とか顔とか完璧にして来たのに……。この「バカお義兄(にい)」ときたら……。



 も、もう教えてあげない。

 絶対に絶対に教えてあげない!!


 『一緒に行こう』としか言われてないし?

 『俺の隣に可愛い子いる?』とかも聞かれてないし?


 おおかた、「誰? この可愛い子は……」とか聞いてくるとか思ってるんでしょ?


 “アジャラカ、アジャラカ”うるさいお義兄ちゃんなんて知らない! 気になるなら自分でどうにかすればいいでしょ? 


 真白を頼ったのが運のツキだよ!



「はぁー……」



 小さくため息を吐くついでに、お義兄ちゃんの奥隣にいるハーフ美女を見てから、すぐにスマホに視線を戻す。



『可愛い、ごめん、可愛い、ごめん、可愛い、ごめん可愛い』



 TikT○kの検索には真白の感想と謝罪が垂れ流されていた。






   ◇◇◇【side:エリー】




(……泣くな。泣くな。泣いちゃダメ。泣いちゃダメ……。そんな資格なんてないんだからッ……!!)



 いつものように清明(セイメイ)君を見つけて、ペコッとおじぎをしてから隣に座った。


 今日こそは「おはよう」ってタメ口で挨拶しよう!って決めて、声をかけようとして初めて気がついた。



 サラサラの黒髪ロングに、紫が混じったような綺麗な黒い瞳。私と清明君の高校がある最寄駅の一つ前の駅の高校の制服を着ているのは、見たこともないくらいの美人さん。


 

 まるで、物語の中から出てきたみたいに可愛くて綺麗な人……。


 大きな切れ長の目元が印象的で、スゥーッと通った鼻筋に小さくて薄い唇。無表情がどこか神々しくて、とても大人びた印象だ。




 ドクンっ……!!




 心臓に激痛が走った。

 息ができなくて、心臓が止まったみたい。


 もう込み上げてくる涙を堪える事しかできない。


 勇気を振り絞って、声をかけてみたのに、清明君は“落語”を聞いているまま……。少しでもこっちを見て欲しくて、服を掴んでみても、チラリとも私を見てくれない清明君……。

 

 

 チラチラと盗み見ては、チクチク……ううん、グザグザと胸が痛む。



 ……うぅう!! どれだけ清明君しか見えてなかったの!? こんなことなら隣になんか座らない方がよかったよ!! ……車内、ガラガラなんだし、こんなの……、美人さんにも変に思われる。



「……本当……最低だよ」



 清明君と彼女さんに誤解を与えて……。

 なんで、私はこうも要領が悪いんだろ……。


 本当に最悪。もう、本当に最低……。



「……うぅっ、うぅ……」



 この2人は……、とってもお似合いだ。

 とても絵になる……。電車に差し込む朝日。凛とした雰囲気がどこか似ている2人……。(※エリーは清明に対して補正が入ってます)



 でも、でもね……。嫌……。

 ……やだ。やだ。絶対にやだ。


 清明君は、……私の一生で一番。


 まだ16年しか生きてない私だけど、きっともうこんな気持ちになるのは……。隣に座っているだけで幸せだと思えるような恋にはもう2度と出会えない……。



 そんな気がしてるんだよ……?

 私……じゃ、ダメ……かな?

 私、清明君が誰かのものだなんて……。



「……やだょ」



 もう涙が込み上げて来て仕方がない。

 もういっそのこと、言ってしまえば楽になるのかもしれない。この恋を大切に……、ゆっくり育てるには私には時間がないのかも……。


 って、違う!! 違うでしょ!!

 なっ、にを、泣いてるの。私……! 部外者の私が泣いてても始まらない……!


 うん。そうだ。その通りだ。

 私はまだスタートラインにも立っていない。


 ……よ、よし。ウジウジしちゃダメ!!

 頑張れ、頑張れ、私!


 たとえ勝ち目がなくても、言わなきゃ。

 “あの時、言っておけば”なんて後悔はしない!


 きっと……、言わなかったら一生後悔するような恋なんでしょ!? 勝ち目がなくても戦う意志くらい見せなよ!!



 グッ……



 スカートを握りしめ、勇気を振り絞る。

 どんな美人さんが相手でも、立ち向かう勇気を……。フラれてもしっかりと受け入れる勇気を……。



「……ょし……」



 パッ……



 顔を上げると、パチッと美人さんと目が合う。

 勇気なんて吹き飛ぶような綺麗で静かな人。


 美人さんはフイッと視線を外すと……、


「……べ、別に……。“彼女”……ではないです……から」


 小さく、小さく呟いた。



「「「……」」」



 ♪♪アッ、ジャラカ、モクレンっテケレッツノォオ♪♪



 ガタンッゴトンッという電車の音と共に、清明君のイヤフォンからは、“落語”の音が漏れてる。



「……ぅっ」



 口を開けば泣いてしまいそうな私はギュッと唇を噛み締めて、必死に涙を堪えた。


 失恋の悲しい涙ではなく、安堵の涙。



 ――◇◇駅〜◇◇駅〜……お出口は――。



 車内のアナウンスの音に、ハッと顔をあげる。

 美人さんの駅だと気付き、言わなきゃいけないことがあると、顔を上げたんだ。



「……げません」


「……」


「あげないっ……!!」



 私の宣戦布告に、美人さんは無表情でプシュ〜と開くドアへと向かう。


 ……聞こえなかったのかな?

 ううん。そんなはずない。


 イヤフォンをしている清明君にはわからないように「彼女じゃない」と言った美人さん。私の気持ちを察して、わざと教えてくれるような正直な人だ。


 きっと見た目通り知的で曲がった事が嫌いで……、平等(フェア)な戦いを望む人……。


 あれは私に対する宣戦布告。

 そして、さっきの私の言葉がその返事。


 仲良くなれるはずがない……。

 同じ人を愛しているんだもん……。


 言葉は要らないって事だよね……。


(※真白はエリーの泣き顔に良心が耐えられなかっただけであり、清明には幽霊だと思わせておきたい狡猾な女です。つまりは、安定の“ポンコツエリー”)




「じゃあ、行ってくるね? また夜にでも」



 美人さんは降りる寸前でクルリと振り返り、小首を傾げながら清明君に声をかけた。


 清明君は本から視線を外すと、


「ああ。いってらっしゃい、“シロ”」


 少し低くて優しい声で応えた。



 プシュ〜……



 ――次は△△駅〜次は△△駅〜……



 また走り始めた電車。

 私はあまりの衝撃に長らく沈黙し、



「……あの美人さん……“シロさん”とは普通に喋るの? “夜”……? どう言う事……?」



 敗色濃厚の恋の幕開け。

 勝手に口から言葉が溢れながら、(清明君がモテるのがダメなのぉ!!)と、また泣きたくなってしまった。




   ※※※※※




 この車内で、ガタガタと震えている男が1人。


 ――……あの美人さん……“シロさん”とは普通に喋るの? “夜”……? えっ、えっと……、どう言う事……?


 真白には見えていない事を確信し、エリーのことを幽霊だという確信を深めた晴明だ。


(ごめん! ごめん、ごめーーーん! シロ!! マジでごめん!)


 怒りの矛先が義妹に向く事にただただ恐怖し、電車を降りたら目が充血していたエリーに死を覚悟しながらも、勘違いをこじらせまくったエリーの暴走に更に背筋を凍らせる事となる。



「晴明(セイメイ)くん!! デ、デートをします!! 今週の土曜、“渋川駅ナナ公前”!! じゅ、11時! き、来て下さい! 約束です!」



 丘を登る通学路を並んで歩く2人。

 真白との仲を勘ぐり、未だ自分は無視されている状況に焦りに焦ったエリーに、清明はただただ畏怖した。



「…………」

(それ、行かなかったら呪われるって事なの!? ヒィいいいい!! 行きます、行かせて頂きますから、ご容赦下さぃいいい!!)


「これでダメなら……」



 “仕方ないよね”。


 エリーは言葉を続けなかった。

 不自然に切られた言葉に、清明は数珠をカチカチと鳴らす事しかできなかった。





 

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