第5話 真紘と千紘




   ◇◇◇



 ――都阿琉高校 1年7組



「昨日からずっと考えてたんだけど……、“触れる”ってことは“ヤレる”ってことだよな?」



 昼休みの昼食時、1人寂しく教室で購買のパンを齧っていた俺。(やっと登校して来たか)と思えば、着いて早々にコイツはなぜこんな質問を神妙な顔で尋ねられるんだろう……。



「そりゃできるでしょ!」



 そして、その後ろにいるコイツも、なぜこんなバカな質問に対してドヤ顔で答えているんだろう……。



「聞いてるのか? 清明(きよあき)! 俺は真剣に話している!!」

「できるよね? いや、できる! 頑張って童貞卒業だよ! “キー君”!」



 俺はなぜ“同じ顔”の男女に詰められているのか……。



「“ヒロ”……“チィ”……。お前らはイメージが全く足りないな。幽霊とのS○Xなんて……、自慰行為と一緒だ!」


「はっ? いやいや、触れ合えるなら、それはセッ、」


「誰にも見えないんだ! 他人から見たら、1人で盛った猿みたいに腰を振ってるだけだぞ?! 人の気も知らないで、」


「いや、待て、清明! 一つ聞かせて貰おう……」


「……はっ?」


「お前は他人の前でする性癖なのか?」


「……なっ! んなわけないだろ! ゴリゴリの童貞だぞ? まだ目覚める前の段階だ!」


「ふっ。……それはつまり……、ヤレるって事だ!」


「……!? ……ってか、さっきから、碇ゲン○ウスタイルやめろ」


「………“清明。幽霊に乗れ……”」


「うるせぇわ、ばか」


「ぷっ、アハハハハッ!!!!」



 ついには吹き出したのは、俺の初めての友人“宍戸 真紘(ししど まひろ)、通称“ヒロ”。


 まさに俺の事情など他人事で、大爆笑している。


「……笑い事じゃねえって。マジでヤバいんだよ。チィもなんとか言ってやれ……」


「いやいや、ウチはキー君にしか見えてないしっ。喋れるのもキー君だけだしっ……。い、いま、キー君が1人で腰振ってるの……ぷっふふ……」


 プルプルと震えて笑いを堪えているのはヒロの双子の妹である善の幽霊である“宍戸 千紘(ちひろ)”。


 美女幽霊には劣るものの、かなりのハイスペック。

 綺麗な金髪にブラウンの瞳。

 幽霊じゃなければ余裕で惚れるレベルだ。


 ……本当に友達甲斐のないヤツらだとは思うが、俺の事情を知ってもなお、俺と一緒に居てくれる。


 どころか、


 ――お前は“俺たち”の恩人だわ。ってか、幽霊見えるとか面白くね? もっと早く出会えてたらな!

 ――ウチ、あなたに会わなかったらもう笑えなかったよ。本当にありがとう。


 色々とあったが、ヒロは俺の特異体質を面白いと笑ってくれて、チィは涙ながらに感謝を伝えてくれた。この力を呪わない日はなかったが、少しでも誰かを救える事を教えてくれた2人だ。


 『死霊術師』と呼ばれていた俺にとって、初めての“生者”の友達がヒロであり、トラウマを跳ね除けて友達になれた幽霊こそがチィなのだ。



「“清明、霊に乗れ”の方が語呂がよかったか? ハハハハッ!!」


「ゲンドウについて談義してる場合じゃないって言ってるだろ……。俺はもうマジでびびってるんだ。もう怖いのなんのって……。俺は近々呪われて、もう生きていけなくなるんだよ……」


「ククッ……。その数珠の数みりゃわかるよ。チィは大丈夫なのか?」


 ヒロにはチィの姿は見えていない。

 でも、そこにいるのは知っている。


「……そ、そう言えば、体がピリピリして、あっ! んんっ! キー君、だ、めっ! んんっ、あっ、すごい!! んっ、あっ! らめぇえええっ……!!」


「……」


「……キー君。なんか反応してくんない? ウチが馬鹿みたいじゃん」


「……」


「おい」



 とりあえず、チィには数珠の効力はないらしい。

 まぁ脳死状態のチィは幽体離脱しているだけで、正確には死者ではないことを考えれば、それは当然だろう。



 ……本当に1人で喘いで、本当に馬鹿みたいだ。



 全く。俺がこんなに困っていると言うのに……。

 今も、美女幽霊の「イテテテ」&おパンティーが頭から離れないと言うのに、チィのバカな演技に何やら汚された気分だ。(※清明はチィの喘ぎ声にキーボしています)



「……チィは大丈夫だ。ってか、友達なら少しは心配したりするんじゃないのか? ヒロ!」


「んー? いーや。本当のツレなら、信じて見守るもんだ」


「……そ、ういうものなのか?」


「俺はお前を誰より信じてる……。お前なら大丈夫だよ」


「……な、んだよ。は、恥ずかしいヤツだな」


「ふっ、照れちゃって可愛いーな。……まあ真剣な話、俺には“見えねぇ”し、助けようがないってのが実際のとこだな」


 ヒロは少し困ったように笑いながら、週刊の漫画雑誌を開いて、「はっ? これ打ち切りかよ。俺、好きだったのに……」なんてパラパラと読み始めた。



 茶色に染めた髪に整った容姿。

 誰とでも仲良くなれるコミュ力と人懐っこい笑顔で女にモテまくる男。


 まさにリア充と言って差し支えないし、見た目も何もかも俺とは正反対だと思ったが、実のところはかなりのアニオタで、いつも徹夜までアニメを見ては昼過ぎに登校してくるようなヤツなのだ。


 全く共通点がないわけじゃない。

 というより、コイツはマジでいいヤツだ。

 こんな俺と友達になってくれるだけでもうそれは証明されている。



 校則が緩く、自由人が多い男子校。

 チャラ男にヤンキーにオタクにと、レパートリーはかなり多い。


 まあ、野球部だけは名門で、その他は頭の弱い連中が「高校くらいは行きたいよな!」で進学してくるような学校だ。



 この場所こそが、俺が『青春』を誓った場所なのだ。



 いや、本当はこんなヤンキーばっかの高校になんか来たくなかったが、俺は勉強ができない。


 テスト中の幽霊たちが、「ここはA」「いや、B」などと適当なことを言っては俺を惑わしてくる。


 眼鏡をかけていて、いかにも勉強ができます風のガリ勉幽霊の解答に全てを委ねるという必殺技不可視(インビジブル)カンニングも、見かけ倒しばかりなのだから仕方がない。(※普通にお前が勉強しろよ)


 だが、この高校には「いじめがダサい」という風潮がある。


 オタクはオタクらしくオタり、チャラ男はチャラ男らしくチャラり、ヤンキーはヤンキーらしくイキっているし、もちろん幽霊たちも幽霊らしく自己欲求に忠実だ。



 蓋を開けてみれば、ここ以上に俺に合った高校はないとも思える。クラスメイトたちも気さくだし、いいヤツらばかり。とはいえ、ぼっちの俺と常に一緒にいてくれるのはヒロだけだが……。


 俺はとりあえずヒロが読んでいる漫画を覗き込みながらパンを齧っていたが、ぷくぅっと頬を膨らませている霊体が1人。


「構って、構って、構って、かまって〜!! キー君との時間だけがウチの癒しなんだよ!!」


「……チィ。ちょっと今、いいとこだから」


「もう絶対に確認しに行ってあげないからね?!」



 チィの言葉に俺は漫画から視線を外す。


 ヒロは「ん?」と首を傾げるが、すぐに俺がチィの方を向いた事に気づき、コクコクと相槌を打ち始めた。


 当然のことながら、クラスには他にも人がいるので、俺が1人で喋っていても違和感がないように計らってくれているのだ。


 イケメンで、気遣いできて、誰とでも仲良くなれて、もうなんかムカついてすらくる。……が、いいヤツなのは間違いない。


 俺はヒロに話しているテイでチィとの会話を始める。



「……チィ。お前、よく言うな。昨日、来なかったくせに……」


「えっ、だって、だって、」


「だってだって?」


「……ウチってヒロから離れすぎるの無理っぽいんだもん。い、一応、キー君にはお世話になってるし、見に行ってあげようとしたんだよ?」


「……顔が面白がっててやだ。もう来なくていい」


「いやいや! ウチは普通に心配してるよ?」


「顔がニヤケすぎててやだ」


「だ、だってだって、気になるじゃん! キー君にストーカーしてる“美女幽霊”って!! 唯一無二のウチのキャラがさぁ〜……」


「……チィなんて足元にも及ばないくらい可愛い」


「ひっどぉーい!! もうおっぱい触らせてあげないからね!!」


「お前は触れないタイプだろ」


「あーあ!! せぇーっかく、目が覚めた暁にはキー君にウチの初めてをあげようと思ってたのに! もうあげない!」


「……それは正直、かなり欲しい」


「……!! い、今更、遅いんだからっ!」


 チィはみるみる顔を真っ赤にさせてプイッとした。


(……可愛いかよっ! あぁ!! なんで俺は幽霊の美女としか知り合えないんだ!!)


 チィは霊体とはいえ、半分生者。

 あやかれるのなら童貞など投げ捨ててしまいたい。

 

 というより、チィは可愛い。

 ショビッチ系ツンデレ……。

 うん。ヨダレでるよね。

 

 と言うより、俺の体質も知っているし、面倒なプロセスが必要ない。本当に、今すぐにでも目を覚まして欲しいくらいだ。秒で惚れる自信しかない。



 ……とまぁ、それは置いといて、


(そこで、全力シコシコしてるお前。もうなんか、悲しくなるから辞めとけ……)


 教卓の上で「ふっ、ふっ、ふっ」と公開自慰行為をしている幽霊に吐き気がしている。


 シコ幽霊の視線の先には、クラスメイトがエロ本を読みながら、「ハハッ、こんなのありえねぇー」とか爆笑しているのに、まったく大したメンタルだ。


 ってか、射精とかできんの?



「ねぇ! 聞いてる? キー君!」


「……えっ? なに?」


「だからぁー! “ヒロと入れ替わった時”、ウチが行ってあげるって言ってんの!」


「……えっ、マジ? それは、」


「ヒロには内緒で! ねっ!? どう?」


 チィはキラキラとした茶色の瞳でニコニコと楽しそうだが、


「……ん? 何? チィ、なんだって?」


 俺には唯一の友達を裏切るような事はできない!!



「ヒロ……。チィが、身体が入れ替わってるときに、美女幽霊見に来るって言ってる……」


「……なっ! テメェ、おい、チィ!! “アレ”の時は外出禁止って決めただろうが! 俺の人生潰す気かよ!」



 見えないチィを探してキョロキョロとしているヒロ。「もぉ! キー君の裏切り者〜!」とすり抜ける拳でポカポカと叩いてくるチィ。



(人生潰すも何も、アニメ廃人じゃねぇか……)


 俺は2人を無視してヒロの雑誌を拝借し、普通に読み始めた。



 「現実は小説より奇なり」と言う。

 原理なんてまるで知らないが、この双子は満月の日の朝に入れ替わるらしい。この2人が俺の秘密を知るように、俺もコイツらの秘密を知っている。


 

「清明! 今日の帰り牛丼おごるからチィを説得してくれ! またエロゲ貸すし、女も紹介するから!」

「キー君! ゲームとかビッチより、ウチの“初めて”のが欲しいでしょ? ヒロを説得してウチに実体を貸すように言ってよぉ!」



 つまり、こんな特殊な事でもない限り、俺に友達ができるのは難しいって事であり、まとめると、俺はコイツらと友達になれて毎日楽しいって事だ。


「ぷっ、ハハッ……。2人とも、勝手に貢いでくれれば考えるけど?」


「「ハハッ、嫌いじゃないぜ(よ)? そういうとこ」」


 やはりこの2人は双子だからか感性が似てる。

 こんな俺が自分を偽らずにいられることには、感謝しかない……。


 それはそれとて、美女幽霊に関して第三者の意見が聞きたいのは確かだ。

 

 この生活を続けるため。

 俺の『青春』のために……。


(……借りは作りたくないが、“アイツ”に頼んでみるか……)


 俺は義妹に「一緒に登校してくれ」とお願いする事を決めた。



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